失踪初期

第1話 二〇一五年十月二日

 目覚めるといつもの自分の部屋だった。起き上がると吐き気と頭痛がして、足下がふらつき上手に歩けない。床に二週間分の使用済み睡眠導入剤のシートが散乱していた。

 這いつくばってトイレに入り、便器にしがみついて吐いた。常温で放置してあったペットボトルの水を飲みながら、ケータイを確認すると翌日の午前二時だった。二十時間ほど昏睡していたらしい。

 着信履歴がすごい量だった。LINEの文字が見える。「辞めるなら辞めるでいいけど、挨拶ぐらいしろよ」私はケータイの電源を切った。

 八階にある窓を開けて外を見下ろす。吸い込まれそうで恐ろしくなり、下着と靴下、Tシャツをバッグに詰め込み、逃げるように部屋を出た。


 小雨の降る暗い道を傘も刺さずに駅に向かって歩いていると、腹が鳴った。

「こんな時なのに腹は減るのかよ......」

 近くの松屋に入り定食を食べて今後のことを考える。死のう。でもどうやって?その時たまたまテレビで見た北陸の東尋坊という自殺の名所を思い出す。海の美しい場所もいいな。目的地は決まった。

 コンビニで金をおろして、ゴミ箱にケータイを投げ捨てる。十時十分発のひかりに乗り、米原で特急のしらさぎに乗り換える。不思議と心は穏やかで、焦らずに物事を考える事ができた。昏睡して久しぶりに眠れたおかげだろう。

 芦原温泉駅に着いた。雲一つない快晴で暖かく空気もうまい。近くに山が見えた。

「首吊りでもいいな」

 予定を変更してバスに乗らずに歩く。地元の下校途中の小学生に挨拶されて戸惑う。ただの不審者にしか見えないと思うのだが......

 県道の脇に林を見つけて中に入り、目的の木を探す。幹と枝が太く、自分の体重を支えられそうな木はなかなか見つけられない。それでもなんとか、坂に面して斜めに生えている大木を発見した。

 これでようやく......そこで遺書を書いていない事に気づいた。

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