第7話 日常の終わり


 悠理は家事に忙殺されていた。



 それまで、得田家の家事を一手に引き受けていた悠理母が、

あの世に逝ってしまったのである。


 それにしても、霊は物体を透過してしまうので、家事などは

不可能だと思うのだが、悠理母クラスになると、霊力が桁違い

に強いので、これがどうも可能らしい…



 悠理は、たまにオレのところへ来たかと思うと、やれ父親が

だらしない…とか、やれ父親が家事を手伝わない…とか、

愚痴をこぼして帰って行く…もう、オレの浄霊とか、どーでも

良くなってない? 



 オレも…なんか疲れたわ…寝る、寝る………ぐう。



 「界斗さん!」


 最初に、異変に気付いたのは、美衣ちゃんだった。



 「どうしたの…美衣ちゃん…」



 「界斗さん…体が透けていますよ!」


 霊というのは、もともとそんなものだろう…別段オレは

気にしない。



 「以前はもっと、ハッキリしていたのに…」



 「美衣ちゃん、心配し過ぎだよ。」


 オレは、何でもないと言い…笑って美衣ちゃんを見送った。



 …が、何でもなくは、無かったようだ…



 次に、異変に気付いたのは、奈々子先生だった。


 「界斗くん、体の具合は?」



 「なんか、全身にチカラが入りません…」



 「困ったわ…霊がこんな症状になるなんて…」


 オレは自分が結構大変なことになっている気はしていたが、

今は、奈々子先生が診察してくれていることに、舞い上がって

いた…ああ…ずっとこうしていたい。




 悠理が気が付いた時には、オレの透明度は、ひと目見て重症

と、ハッキリわかるレベルになっていた。



 「どうしたの界斗!何か腐った物でも、拾って食べたの?」


 この娘は、なぜこうも発想が貧困なのだろう?霊なんだから

食事は取らないっつーの!



 いつのまにか、3人の霊能者がオレを囲んでいた。



 「このままだと、いずれ霊力が完全に消えてしまうでしょう…」


 え?…奈々子先生…それって、どういうコト?…オレ死ぬの?

…あ、もう死んでるんだっけ…



 「霊力を完全に失うと、もう天に昇ることも、地に落ちることも

 かなわない…チリや空気と同じような存在になるということ…」


 マジなの?…それ?…なんかヤバくない?



 「うう…界斗さあん…」


 美衣ちゃん…泣くの早過ぎ…でも、優しいイイ娘だなー。



 「今、ここで浄霊しましょう!」


 奈々子先生の決断に、二人とも従うようだ…まずは、悠理から…



 「界斗…お願い…成仏して…」


 失敗…まあコイツは、失敗するのが普通だからな…


 …つぎは美衣ちゃんだが、悠理に気を使って遠慮がちだ…

あのね…美衣ちゃん…そいつは無視していいから…



 「界斗さん…ごめんなさい」


 美衣ちゃんも失敗した…そして、やっぱり泣くんだ…ホント…

美衣ちゃんは優しいなあ…誰かと違って…



 「界斗くん…」


 奈々子先生…ついにこの日が来たんですね。あこがれの奈々子

先生に浄霊してもらえる…ああ、もう死んでもいい!!



 …………


 「そんな?…奈々子先生でも駄目だなんて…」


 悠理は頭をかきむしっている。…かゆいの?…なワケないか…


 とにかく、これで万策尽きた…オレはチリになるのか…




 路地にタクシーが止まった。…降りてきたのは…妖怪????


 …じゃないですね…だって夜中の悠理とおんなじ格好してるん

だもん……中年男性か…きっと悠理パパだな…



 「お父さん!!」


 悠理の父…カルト教団の教祖…ついにラスボス登場?…でもコレ

…どうやって倒すの?



 「お父さん!!界斗を浄霊してあげて!!」


 悠理は必死に懇願する…オレとしては、最後の相手が、こんな

オッサンだと思うと…なんかスッゲー悲しいんだが…



 「ふむふむ…」


 悠理パパ…冷静だな…でも、その格好で恥ずかしくないのか?



 「彼は、放っておけば、いずれ成仏するだろう」


 そうなの?…いろいろ苦労した挙句の結論が、放置プレイなの?



 「でも…とても苦しそうです…できれば今すぐ浄霊を…」


 さすが、奈々子先生…でも、オレ、もーなんか覚悟できたっぽい

から…気遣ってもらわなくてもいいですよ…



 「さすがに、私も生霊を浄霊する事は出来ない…」



 「生霊!?」


 三人が口をそろえて聞き返す…あれ?…オレ、死んでないの?



 「彼の肉体は、駅前の病院で生命維持装置につながれている」



 「でも、生霊で自縛霊なんて…聞いたことがありません」


 奈々子先生が悠理パパに聞き返す。



 「極めて、まれなケースだが…おそらく彼は、もともと霊感体質で、

 トラックに轢かれる寸前に、遊体離脱して、魂だけが電柱にしがみ

 ついたのだろう…やがて、肉体は病院に運ばれたが…魂は、その後

 もずっと無意識に自己を電柱に縛り続けているのだろう…」

 


 「じゃあ、この現象は?…」



 「肉体が限界に近付いているのだ…じきに生霊から死霊になる。

 彼は、この世に未練は無いのだから、自分で成仏するだろう…」


 なるほど…オレはもうじき死ぬのか…とっくに死んでたと思って

いたから、イマイチ実感が無いなー…だって、現場に花とか置いて

あったら死んだと思うじゃないですか…つか、花供えたの誰だよ?



 「お父さん!!界斗を助ける方法はないの?」


 悠理が父親に、助けを求めている。…オレを救いたいのか?



 「魂を肉体に戻せば、少しだけ体力が回復するが、それでも生還

 できるほどになるかは、わからない…」


 気持ちはありがたいが…オレは自縛霊…電柱から3mまでしか

離れられない。



 「肉体の方をここへ連れて来てはどうでしょう?」


 美衣ちゃん!ナイスアイデア!なんか、ホントに生き返りそうな

気がしてきた。



 「無理だな…生命維持装置を外したら、ここに来るまで肉体が

 持たないだろう…」


 あれま…望みはあっさりと絶たれた。…おとなしく死んで

成仏するか…



 「まてよ…」


 お父さん…まだ、なんか言う気ですか?せっかく覚悟を決めた

ところなんですけど…



 「界斗くんが、消えかかっている今なら、ここから連れ出せる

 かもしれない…もともと自縛霊は、自分自身の霊力で、その

 土地に霊体を縛りつけているもの…弱っている今ならば、霊能者が

 手を引いてサポートすれば、抜けられるかもしれん?」



 せっかくですけど…オレもう、立ち上がる元気もありません…

このまま死なせてもらえませんかね?



 「界斗!!生き返れるかもしれないよ!!」


 悠理…オマエなんで?そんなに嬉しそうに言うんだよ…



 「界斗さん…希望を持ちましょう!!」


 美衣ちゃんもそっちに賛成なのか…ほっといても成仏するって

いうのに…



 「界斗くん…あなたなら…できるわ!!」


 奈々子先生まで…オレに生き返ってほしいの?…三人とも

そうなの?…




 ……じゃ、多数決で、オレの負けじゃん……




 生き返り…とやらに賭けてみますかな…どっこいしょ…と…

あ…フラフラするな…


 さて、オレの目の前には三人の霊能者がいる…あーこの際

悠理パパは、抜きということで…三人…



 誰の手を取るか…なんかゲームのヒロイン選択みたいだな…



 美人で、優しくて、スタイル抜群の奈々子先生…



 ちょっと幼いけど、とっても優しい美衣ちゃんも捨てがたい…



 …でも、やっぱメインヒロインは…オマエなのか?…悠理…




 …オレは悠理の手を取った…



 オレは、悠理に手を引かれてヨタヨタと歩き出した…

美衣ちゃんと奈々子先生も、左右からオレを支えてくれている…


 電柱から 1m…2m……3m…………



 …ついに壁を越えた。



 3人に支えられながらヨロヨロと歩いていくオレ…病院までは…

結構あるなー…これは途中で死ぬかも?



 たとえ、肉体に戻れたとしても、生き返る可能性は高くない…

それでも、三人があきらめない限り…オレは進み続ける…



 やれやれ…助かるにせよ、死んで成仏するにせよ…もう、この

電柱の下に戻って来ることは無いな…




 こうしてオレの、電柱の下の日常は、その幕を閉じた…。

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電柱の下の日常 しふしふ @shifu2

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