第6話 浄霊


 得田悠理には悩みがある。



 学校の進路希望に、堂々と「家業を継ぐ旨」記載したものの、

父親が「待った」をかけたのだ。



 「浄霊も出来ない者に、教祖になる資格は無い!」


 しごく、もっともな意見である。



 悠理はこれまで、一度も浄霊を成功させたことがない。悠理本人が

突かれて一番痛いところである。


 霊力そのものは、決して低くはない…霊力で劣る美衣ちゃんでさえ、

過去に20人以上の浄霊をこなしている。



 思うに、あのキツイ性格が災いしているのだろう…ときに少女

らしい一面を見せることもあるのだが、やはり、精神修行がまだまだ

足りないということか…



 最近、霊能者の知り合いが増えて、悠理は浄霊のアドバイスを

受けているようだ…オレとしては、「ぼっち」だった悠理に、話相手

ができた事の方が嬉しく感じる。…ちなみに、悠理のコミュニティ

にはオレも含まれる…たぶん…いや、ちょっと自信が無い。



 ともかく、悠理は今日もこの電柱の下へ…情報収集にやって来る

のであった。



 「あんたの未練について語りなさい」



 「決まっている!オレは、奈々子先生とデートがしたい!!」


 奈々子先生とは、オレや悠理の学校の保健の先生で、

ナイスバデーに加えて、圧倒的な美人である。霊能者としても

優秀で、まさに非の打ち所が無い。



 「はあ?…それは、ただの願望でしょ!!未練じゃないわ…」



 「…そこんとこ…もう少し詳しくお願いします」



 「願望も未練の一種と言えないコトもないのだけれど…

 浄霊においては区別されるの…それは魂を繋ぎ止める力が

 全然違うから…」



 「資産家が、死後も自分の財産を気にかけるのは未練…

 貧乏人が、ただお金を欲しがるのは願望…」



 「親が、死後も家族を気にかけるのは未練…

 単身者が、結婚したいと思うのは願望…」



 「生前に恨みを持った人物を殺したいと思うのは未練…

 誰でもいいから人を殺してみたいと思うのは願望…」


 最後のは願望どころか、タダの殺人鬼だな…とどのつまり…

悠理の言う未練…てのをオレに当てはめてみるとだな…



 「ない」



 「…………」


 悠理はポカンとした。そして怒りはじめた…こーゆーところが、

人間の器が小さいというか、浄霊が出来ない要因なんだよなー。



 「ない?…わけないでしょ!!まして自縛霊なんて言ったら、

 その土地に因縁があるとか…他にも、家族の事とか?いろいろ

 あるでしょー!?」



 「無いものは無い!…この場所は、タダの交通事故現場で、

 家族は…兄も弟も優秀なので、何の心配もしていない!」


 きっぱり、言い放ったオレ。…呆然とする悠理…



 「ちょっとー…何でもいいから思い出してよー…ぐすん」


 なんと、泣き出してしまった。これは予想外。



 悠理は今夜浄霊に来ると告げて、がっくり肩を落として

帰っていった。…さすがに、ちょっと可愛そうだ。


 …しかし、こういう場面で、気の利いた言葉のひとつも

掛けてあげられないのが、オレの残念なところでもある。



 いつものことだが、オレは悠理が帰ると、もうする事がない。

浄霊の時間まで、寝るとしようか………ぐう。



 「あらあら、もう寝ちゃったの?」


 背中を軽く足で小突かれている気がする…この足癖の悪さは

オレのよく知っている人物なのだが…


 チラリとその顔を見た。



 あ………美人。


 オレは飛び起きた!「おはようございます!」



 「夜だから、「こんばんは」なんだけど…」


 歳は奈々子先生より少し上…26、27歳くらいか…体は

スレンダーで、かなり痩せている感じ。顔は…美人なんだが…


 …どっかで見たことあるような……?



 「あなたが、界斗さんね…」


 なぜ?オレの名前を知っている?…



 「娘が、いつもお世話になって…」


 …娘?…娘がいるの?…まあ、いてもいいだろう…その若さ

だと…きっと小さな子だろう。オレの知り合いでは、…悪霊の

少女ぐらいしか、思いつかないが…。



 「悠理の母です」



 「えええええーーっ!?」


 その若さで、高校生の子持ちですかー?一体、いくつの時に

産み落としたんですかーー!?


 言われてみれば…似ている…たしかに親子…なんだろうな

…ああっ!でも認めたくない!!



 「びっくりしました…お若いんですね…」



 「あらやだ、もうーお世辞が上手ねー…ボカッ」


 悠理母はニッコリ照れて、オレに一撃を喰らわせた…しかも、

かなり痛い…この無意識に暴力を発揮する点…間違いなく親子だ。



 「ほ…ほれで…本日は…どのようなご用件で?」


 オレは、さっきの一撃のダメージをひきずりながら少し

たどたどしく聞いた。



 「だって、悠理にボーイフレンドができたって言うじゃない!

 しかも自縛霊ですって…これは、もう実物を見に来るしかない

 じゃない!」


 この親は、ただの自縛霊をボーイフレンド扱いするのか…さすが

に霊能者の家系は伊達ではない…



 「ふーん…なるほど…なるほど…」


 ジロジロとオレを観察する悠理母…まるで娘の彼氏を見定める様…

オレ達そーゆー関係じゃないんですけど…



 「…そういうことね…」


 悠理母…何をひとりで納得しているんでしょうか?…不気味で

仕方がないんですけど…



 「あなたの事は、亭主にも言っておくわ…きっと良いようにして

 くれるでしょう…」



 あーもう、言っている意味がわからない…



 「…ところで、ウチの子とは…どこまでいったの?」


 急に、耳元で囁くように聞いてきた。…オレちょっとびっくり…



 「はひー?どこまでも、なにも、オレ自縛霊ッスよ」



 「キスはしてみた?」


 なんてコト聞くんだあああーー!?…そんなの物理的に不可能…お?

…でもないのか…まあキスまでなら…


 …変に納得してしまったオレ…



 「お母さん…天地がひっくり返っても、そんな事にはなりません」


 …大体、今夜にも成仏して、天に昇るかもしれない霊に、真っ当な

恋が出来る訳無いでしょーが…実際、真っ当な恋をして天に昇った

霊を見たこともあるし…



 「あら、まあ、それは残念ね…そのうち、また会いましょう」


 去って行く悠理母…だから、成仏したら、もう会えませんから…

この人とは、どーも、噛み合わないなー。



 ところで…ちょっと考えてみた…



 キスはOKなのか…別に相手は悠理と限定されたわけではない…

奈々子先生とか…美衣ちゃんとか…


 ぐふ…ぐふふふふ…


 ああ、なんか、すげー空しくなった…あらためて寝るとしますか

………ぐう。




 …………真夜中…………




 「でたな、妖怪変化!」



 「誰が妖怪よ!」


 悠理はいつもの不気味コスチュームで現れた…故に妖怪と

言ってやったまでのことである。…ん?だが、この返しは…

普段より少し、おとなしい…悠理ってば…やっぱ調子悪いのかな?


 悠理はすぐに、オレの手を取って浄霊をはじめた…しかし…


 

 …なんか違う…



 いつものアレ…そう、あの変な呪文の詠唱が無いのだ。悠理は

沈黙したまま目を閉じて祈る。


 なんだが体がポカポカ暖かくなってきた気がする…ちょっと

イイ感じかもしれない?


 おおーこれは本当に成仏できそうな気がして来た。体が軽く

感じる…



 …………



 しかし、ここまでだった。オレは天には昇らず、悠理の手を

握ったままだった。



 「ドンマイ!失敗したけど、今のは、なかなか良かった!

 もう少しで、あの世まで行けたかもしれない!」


 悠理はうつむいていた。涙ぐんでいた。オレの声も届いて

いない様子だった…



 「うえー!せっかく、奈々子先生や美衣ちゃんに教わったように

 やったのにダメだったー!!」


 ついに、泣き出した…二人に何を教わったかは知らないが、

泣き止んでくれ…オマエに泣かれると弱いんだよ…



 「悠理…」


 これは…悠理母の声…もしかして、ここで、お母さん登場ですかー?



 「お…お母さん!?」


 驚いてワタワタする悠理…しかし、母は冷静に近付く…


 「悠理…浄霊にはならかったけど…やり方は間違って

 いませんよ…」



 「今度は私の手を取って、やってごらんなさい…」


 悠理の手を取る母…あんたら…ちょっと何やってんの?



 「…でも、お母さんは私が結婚するまで、成仏しないって…」



 「結婚式は天国からでも、見ることにするわ…」


 この会話の意味するところ…つまり悠理母は、霊能者じゃなくて、

霊だったって事なの?…それなら、若さの謎は解ける…が…



 「…はじめなさい」


 うながされて、浄霊にかかる悠理…母親の体が光り始める。


 おいおい…このまま成仏させちゃっていいの?…若い姿が固定

されてるってのは…つまり、悠理は、母の霊と何年もの間、共に

過ごしてきたって事だろう!!



 だが、浄霊は止まらない…悠理母は天に昇って逝く…最後に

なぜか、オレを見てこう言った…



 「界斗さん…これからも、この子をお願いね…」


 …お母さん…オレ…もうすぐ、そっちへ行く身分なんですけど…


 ま…最後に一発ボケてみせるあたりが、悠理の母らしいのか?




 …この夜、悠理は、初めて浄霊に成功した…




 その後…オレは、泣き喚く悠理をなだめるのに、朝までの

時間を費やしたのだった。

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