第5話 悪霊


 夜、一人で眠るのを寂しいと思った事は無い。



 幼少の折には、あったかもしれないが、記憶に残っていないので、

そのような時代は無かった事にしてしまおう。


 さらに、自縛霊になってからというもの…ホームレスのように

電柱の下で寝るのが当たり前になり…いつしか、すっかり慣れた

感さえあった…



 …ところがである。

 


 オレは先日、悪霊に襲われた…危うく、ヤツの体の一部に

取り込まれるところであった。



 …以来ちょっと寂しい。…つーか怖い。


 こんなオレを慰めてくれる素敵な女性は居ないものだろうか?


 なぜ女性限定なのか?…というと、オレはこの数日間…連続して

美女と知り合ったからなのだ。



 中でもイチオシなのが、名前も告げずに去っていった、自称

「通りすがりの霊能者」のお姉さん…スタイルがもう抜群過ぎて、

とても眩しかった。…あの時、自己紹介を拒んだのが、今に

なっても口惜しい。


 次にオススメなのが、中学二年生の牧葉美衣ちゃん…歳の

わりにはナイスバデーで、現在、ココロの中のイモウト候補

ナンバーワンである。


 残っているのは…ゴリラか…まあいい…あいつも加えといて

やるか…泣いた後の上目遣いには、二度も騙されたからな…


 他には?えーと…



 「…お兄ちゃん…」


 いやいや、さすがに悪霊の女の子はちょっと…ロリコンとか

言われそうだし…



 「…お兄ちゃん…」



 ……………?



 「ででで…でたああああああ!!!!!」


 オレの眼前に立つ幼女…言わずと知れた「悪霊」である!!

ビビリまくるオレ。



 「なななな…なぜここに???……」



 「なぜって?美味しい「ごちそう」があるんだもの、食べに

 来たのに決まっているじゃない」



 どうしよう?…どうしよう?…「ごちそう」って多分オレのコト

だよなー…今度は、バクバク喰われんのか?…オレ



 …そうだ!こんなときのために、悠理が「清めの塩」を置いて

いってくれてたんだ!!



 オレはガクガク震えながら「清めの塩」の袋を取り出すと、

無我夢中で悪霊に向かって投げた!!



 「オニはそとーーー!!」「フクはうちーーー!!」


 なんだかセリフが変な気もするが、とにかく必死で投げ続けた。



 「何それ?…ぜんぜん効かないよー」


 悪霊はニヤリと笑った…



 マジでー!?なんてこった!!オレ自縛霊だから逃げられない!!


 悪霊は、ゆっくりと近付いて来る…オレの恐怖心を増幅させる為に

ワザと遅く…と思えるくらいにゆっくりと…



 バチッと火花が散った!!


 オレも驚いたが、悪霊も驚いた!!



 「何これ?結界!?」


 悪霊が前に進もうとすると、強烈な火花が飛んで押し返される。

まるで高圧電流が通る電線がそこにあるかのように…


 「お…おのれーー…」


 悪霊さん声変わってる…また例の男女混合の怖い声になってる。



 「口惜しやー…必ずオマエを喰らいにくるぞ…」


 悪霊は去っていった…震えが止まらない…こわいこわい。



 オレは眠れず一夜を過ごした。そして、登校時の悠理をつかまえて

昨晩の出来事を伝えたのだ…そりゃーもう、ワラにもすがる思いで…。



 「なるほど、これが結界の呪札ね…」


 悠理は冷静だった。電柱に貼られた交通安全のシールを、まじまじ

と眺めていた。


 「これは、よく出来ているわ。私でも、近くで見ないと、ただの

 交通安全にしか見えないもの…」



 「関心するのはいいけど、誰が貼ったの?」



 「知らないわ…きっと、界斗が寝ている間に、通りすがりの霊能者

 でも、やって来て、貼っていったんじゃない?」


 通りすがりの霊能者!!そのセリフにオレは興奮した!もし、あの

お姉さんなら、こんな嬉しいことはない!!



 「でも…コレ…どっかで見た気がするのよね…」


 どっかってどこ?…そこに霊能者のお姉さんがいるの?

いつしかオレは、お姉さんのことで頭がいっぱいになっていた。


 悠理は何やらブツブツ言いながら去って行った。…おーい

お姉さんは…?



 しばらくたって…ふと思い出した。 


 そういえば、悠理がくれた「清めの塩!」…あれ全然!効かなかった

じゃんかー!…やっぱ、カルト教団のアイテムはダメだー。次からは、

美衣ちゃんにでも、頼まなくっちゃ…。


 いずれにしても、あの悪霊は、オレがここから動けないのを知っている。

きっと、また来るに違いない…なんとか悪霊を成仏させられないものか?



 …でも相当に、強そうだからなあ…



 …まてよ?…オレが先に成仏すればいいのでは?


 でも悠理の浄霊じゃなー…もしかしたら、永遠に成仏できないかも?

やっぱり、あの時のお姉さんに浄霊してもらっとけばよかったなー

…いや、今となっては、美衣ちゃんに浄霊してもらうのもありだな…


 そうこう、考えているうちに眠くなった………ぐう。



 「お兄ちゃん…」



 「ギャアアアアア!!!!!」


 オレは飛び起きた!…キター…キター…助けてー!!!!



 「界斗さん…」


 そこに立っていたのは、悪霊ではなく、美衣ちゃんだった…ああ

心臓が止まるかと思った。…何の冗談ですか?まったく…



 「ごめんなさい…でも、こう呼ばれると喜ぶ霊の方も、

 結構多いもので…つい…」


 そりゃ、妹にしたい霊能者NO.1の美衣ちゃんに「お兄ちゃん」

と呼ばれたら嬉しいけど、今のオレはナーバスだから…



 美衣ちゃんの話は、悠理のことだった。今日は用事ができたので、

ここの路地は通らずに帰る…との事だった。


 用件を伝えると、美衣ちゃんは、さっさと帰ってしまった。

世間話くらいしていって、くれてもいいのに……



 まったく、どいつも、こいつも……オレ…寂しい……。



 それまで眠っていたせいか、まったく眠れない…そうこうしている

うちに、夜がまた来る……




 この、よどんだ空気…今夜も出るのかー?




 「…お兄ちゃん…」


 やっぱ、出ちゃったよ…期待を裏切らないなあーもう…

…しかし結界は、まだ有効なハズだ。



 「くくく…来るならコイ!…こここ…こっちには強力な結界が…」


 いきがってみるけど、やっぱりこわい…セリフ噛みまくってる…



 「おじちゃん!来て!」


 へ?…悪霊の後ろからゾンビが出てきた…いや、ただの

ホームレスのおっさんだわ…



 「おじちゃん!あの交通安全の紙を剥がしてほしいの!」


 ちょっとまて!?人間にやらせるなんて、反則じゃんかー!!

くそっ!コイツ一般人だ!オレでは、すり抜けて止められない!!


 ペリペリペリペリ……あーオレの人生終わった。



 「人間なんてちょろいもんね、缶ビール一本で、なんでも

言うこと聞いてくれるんだから…ね…お兄ちゃん…」


 呪札を持ってそのままどこかへ行くゾンビ…じゃなかった

ホームレスのおっさん…勝ち誇り、ほくそ笑む悪霊。


 …もうだめだ…もうだめだ…喰われる…喰われる…



 シャリーン


 錫杖の音が響いた!…その先には…美衣ちゃん!!



 シャリーン


 さらに、錫杖の音が…路地の反対側には…悠理が!!


 イキナリ二人の霊能者が登場!!悪霊を仕留めるべく、

待ち伏せしていたのか!!…ああ、なんてかっこいい!!



 「悪霊さん!除霊させていただきます!」


 美衣ちゃん!いつもと違って、なんかりりしい。



 「界斗…あんた、相変わらず、だらしないわね…」


 悠理…コイツは、いつもと変わらん。



 「ねえ、お姉ちゃん達…半人前の霊能者二人で勝てると思うの?」


 げ…悪霊のヤツ、余裕ある感じだ…なんかヤバイ…

そういえば、アイツは100人以上の魂を取り込んでいるんだっけ…



 「じゃあ、一人前の霊能者も加えてもらおうかしら?」


 シャリーン


 錫杖の音…そして…この声は…忘れもしない、あの時のお姉さん!!

ううううう…感激の涙が…こぼれ落ちる!!



 「あなたが、界斗くんね。私…あなたが死んだ後、あなたの学校の

 養護教諭として赴任してきたの」



 「あの交通安全のシールね、同じのが、学校の保健室に貼って

 あったの…で、聞いてみたら霊能者だったの」


 悠理がすかさずフォローを入れた。だがオレはもっと、お姉さんの

声を聞きたかった…


 …悪霊の様子がおかしい…さすがに、不利を悟ったのか…


 オレの方を向いた…はい?



 「お兄ちゃん、怖いお姉ちゃん達がいじめるよー…助けてよー…」


 なーにが、助けてよー…だ!!オレが悪霊なんぞに味方するわけが

…あ…あ…あれ?…なんか…おかしい。


 気が付くと、両手を広げて悪霊をかばっている…何やってんの

オレーー!?



 「界斗を盾にするなんて、この悪霊!!思い知らせてやるわ!!」


 悠理は激怒した!!錫杖を思いっきり振り上げて、渾身の一撃を

叩き付けたのだ!!……オレに…」


 オレの体は、吹っ飛んで電柱に激突し、オレは気絶した…霊

なのに……



 …………オレ気絶中…………。 



 オレが意識を取り戻した時、全ては終わっていた。悪霊は三人の

霊能者にタコ殴りにされ、霊界に落とされ…いずれは地獄に落ちる

のだという…


 ちなみにオレを殴った悠理の判断は絶妙だった…悪霊はオレを

盾にして時間を稼ぎ、隙をみて逃げ出すつもりだったが、その盾

が一瞬で吹き飛んだので、逆に混乱してしまったのだ。



 …だが、オレは釈然としない…



 「界斗くんと悠理さんは、本当に信頼し合っているのですね」


 があ!…お姉さん…それは違いますよ。いつもオレが一方的に

被害者なんです…オレは心の中で全否定した。



 「そうね、界斗とは…私が一番長い付き合いだからね」


 悠理!!何言ってやがる!!大体お前は…



 「界斗ー、何か言いたいのー?言ってごらんなさーい…」


 …うえ…目が怖い…


 「いえ、何でもありません…おっしゃる通りです…」


 オレは悠理の恐ろしさを知っていた…なぜって、オレと

悠理は、この中で一番長い付き合いなのだから…。

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