第4話 霊と霊能者の恋

 

 得田悠理は女子高生である。



 故に学生の本文は勉強である。



 連日の深夜のバカ騒ぎは、さすがに肉体的にコタえたとみえる。


 今朝方、登校途中の悠理から「しばらく深夜の浄霊はお休みしたい」

との申し出があった。


 もちろんオレはOKである。あの衣装は、似合う似合わないを

通り越して、犯罪のようなモノだ。


 学校帰りの情報収集タイムは続けるそうだが、それだけなら女子高生

との、たわいのないおしゃべりである。特に苦にならない。



 悠理が持参した「霊でも使えるお掃除セット」で、昨夜の残骸の清掃を

終えたオレは、久々にのんびりできそうだった。



 今日もいい天気……じゃないぞ……雨か………。



 気にすることは無い…霊にとって雨は存在しないのと同じである。


 雨粒は体をすり抜けるし、水たまりの上だって忍者のごとく

スイスイと歩ける。水面を揺らすこともない…むしろ、そうで

なければ、周囲から違和感たっぷりな目で見られてしまう。


 暑いも寒いも関係ない…霊は死んだ状態で時間が固定されて

いるので、春夏秋冬同じ服装でいられるのだ…つーか…この

学生服…脱ごうと思っても脱げないし…。



 「まったく便利なのか、不便なのか…」


 オレはブツブツ言いながら、いつの間にか眠ってしまって

いた………ぐう。



 …………



 どのくらい寝ていたのだろうか?…気がつくと、オレのすぐ隣に

誰かが立っている。


 セーラー服…この制服は中学生か?


 少し起き上がって、その娘の顔を見た。なかなかに可愛いでは

ないか……おっと、念のために言っておくが、相手が中学生なら

ロリコンではない。


 彼女は赤い傘をさしていた…しかし肩が濡れている。オレのために

傘を半分わけてくれているのだ。



 「あー、霊能者さんですかー?」



 「はい」


 オレの質問に少女はニッコリ微笑んでみせた。



 「オレ…雨は平気なんで、傘はどけてもらっていいですよ」



 「知ってますよ…でも、霊の方々は、こうすると、とても

 喜んでくれるんですよ」


 ああ…たしかに、涙が出るほど嬉しい…この娘のセリフを、

どっかの暴力霊能者に聞かせてやりたい…。


 もし妹にするのなら、まさに理想的なタイプだ…胸だって、

どっかの暴力女子高生より、よほど発育が良い…ムフフ。



 「…でも、君が濡れては可愛そうだ…」


 オレは立ち上がって、傘を彼女の方へ押してやった。



 「ありがとう。やさしいんですね。」


 どうやら好印象を与えた様である。オレ…ナイスッ!!


 さらにオレは、彼女の名前を聞きだす事に成功した…

「牧葉美衣(まきばみい)」…中学2年生…家は寺院で、

代々霊能者の家系らしい。



 「あのー、自縛霊さん、質問してもいいですか?」



 「オレなんかが、答えられるコトなら、なんなりと…」



 「霊と霊能者の恋愛は、可能でしょうか?」



 「…………は?」


 なんだ!!この質問は!?…まさか、オレに一目惚れした

とか!?…ええ…しかし、なんて答えればいい?????



 「実は私…告白されたんです…」


 ハア…ハア…びっくりした…オレじゃないのか……ホッと

したような……すごく残念なような……



 「告白されたの?霊に?」


 思わず聞き返すオレ。



 「いえ…告白されたときは、まだ生きていました…」


 話によると、霊能者である彼女は、クラスで「ぼっち」な

ポジションにあったそうだが、一人だけ普通に接してくれる

男子がいたそうな……



 わりと…ありがちな恋愛話ではあるな…



 ほとんど、相思相愛みたいな状態ではあったが、突然の告白に

驚いた彼女は、その場で返事を返せず、少しだけ待って欲しい

と…先延ばしにした。



 数日後、彼は自殺した。工事中のビルから飛び降りたのだ。



 …理由は不明だった。



 …で、彼は今…どうなったのかというと……



 「そこに居ますよ。浮遊霊になって……」


 指差す先は50mほど離れた電柱…その影から、黒い何かが

こっちを見ている…だが、彼女が指差すと、電柱の影にスッと

身を隠した。



 「話はしたの?」



 「いえ、私が近付くと、彼は逃げてしまうんです…かといって

 どこかへ行ってしまうわけではなく、あんなふうに遠くから

 私を見ているんです…」


 もはや立派なストーカーだな。


 「とにかく、ここへ連れてきて話をさせてみよう」



 「でも、私が近付くと、彼は逃げてしまいます!」



 「大丈夫だ!!霊能者なら、もうひとりいる!!」



 …いつのまにか雨はあがっていた。



 学校帰りの悠理は、最初は不機嫌だった。オレが霊能者の

女子中学生を、ナンパしていたとでも思ったのか?…まあ、

完全否定はできませんけど……



 しかし、事情を話すと快く協力してくれた。



 悠理は、霊が見えない一般人のフリをして、霊に近付き

電柱の影で霊に話しかけた。



 少し経って、悠理は霊を連れて来た。…正確には、霊の

首根っこを掴んで引きずって来たのだ。霊はなんと気絶して

いるではないか?……霊なのに…。




 「抵抗しようとしたので、5、6発入れといてやったわ…」


 うわ!…恐ろしい…これをやったのが、自分の知り合いだと思うと

ゾッとする。



 やがて意識を取り戻し、尋問が始まる。美衣さんには、しばらく

姿を隠していただく事にした。



 「浮遊霊、聡(サトシ)お前はなぜ、ストーカーの様に美衣さんを

 つけまわすのか?」



 「だって好きなんだから、仕方ないじゃないか!!もしかしたら、

 どっかの自縛霊にナンパされちゃうかもしれないし…」


 どっかの自縛霊って…おれのコト?…うわっ!!悠理がオレを

スゴイ目で睨んでいる!!…話題をそらさなくては…



 「あーあー…君…もしかして浮遊霊であるのをいいコトに、美衣さん

 の着替えとか…を覗いたりは、しとらんだろうな…」


 少年はあわてて否定する。


 「彼女の家は寺院で、中に入ることは出来ないし、学校の更衣室

 にも 霊除けの結界が張られていて近付けませんから、そんな

 コトできません!!」


 「…じゃ結界なかったら覗くんだー」


 「えっ?ええっ!?」


 コイツ…オレの悪魔のささやきに、明らかに動揺している…

何かボロを出しそうだ…ぐふふ。


 ゴツン!


 悠理の拳がオレの頭を強打した…スミマセン…。



 「ところで…君は、どうして自殺なんかしたんだ?」



 「それが…僕は自殺した前後の記憶が無いんです!!」


 ん…この展開、どっかであったような……



 「かすかに覚えているのは…小さな女の子が…このビルで

 働いているパパを探してほしいって……」


 あーはいはい、アイツの仕業かー…悪霊さんも仕事熱心なことで…



 今度は悠理が質問した。「どうして彼女と距離をとるの?」



 「だって、僕、幽霊なんですよ。いくら霊能者でも、マトモに

 女の子と付き合える訳無いじゃないですか!」


 うむ…たしかにそうだと思ったが…突然、悠理が遮った。


 「どうして?好きなら言ってみなさいよ!!彼女だって、あなたを

 待っているかもしれないのよ!!」


少年は口ごもった…そろそろ彼女の出番だろう…「もう出てきて

いいよ」



 「サトシ君!!会いたかったよー!!」


 …いや、別の意味でなら、毎日会ってたじゃん…


 「僕…幽霊になっちゃった…」



 「そんなの関係ない!!返事が遅れてごめんなさい。私たち、

 お付き合いしましょう!!」



 「美衣ちゃん!!」


 手に手を取って見詰め合うふたり…ここからハグしてキスに

移行しないのは、やはり中坊だからか…もっとも、実際にやられたら、

未経験者のオレは立場がない…。



 「とにかく、ひとつ結論が出たな…霊と霊能者の恋愛は成立する」


 …なのに悠理の顔つきは厳しい…どうした?



 「ふたりをよく見ていなさい…」


 あれ?…男の方が…宙に浮いて…  



 「僕はもう、思い残す事は何もないよ…」


 ちょ!?…霊がそんなセリフ言ったら、ヤバいフラグ立っちゃうでしょ!!



 「ありがとう美衣…」



 「ありがとう聡くん…」


 …光に包まれながら天に昇って逝く聡…ふたりとも笑顔で見送っている…

しかし、泣いている…


 霊と霊能者の恋愛は、たしかに成立した…だが、それは同時に霊が成仏して

天に召されるほんの一瞬の出来事であった。 


 偶然かもしれないが、男の方が、彼女に近付こうとしなかったのは、無意識に

こうなることを予想していたから…かもしれない…



 この結末は、オレにとっては、ハッピーエンドとは言えない…しかし、霊能者

二人には、あらかじめ決められていた運命だと、わかっていた事なのだろう…



 「この結末しかなかったのか?…」


 ぼそっとだが…オレは悠理に聞いた。



 「仮に、私とあんたが恋に落ちたとして…私が年老いて、おばあさんになった

 としても、あんたはずっと高校生のままなのよ!それでもいいの?」


 う…たしかに、それは良くないな?…テキトーなところで成仏したくなるかも…



 「悠理となら、80くらいまでは、ガマンできるかもな」


 オレは冗談まじりにそう返した。


 悠理は赤面した…あれ?冗談のつもりだったんだけど…


 困ったな…なら、もうひとつ冗談を言おうか…


 「今夜は浄霊も無いし、久しぶりにいい夜になりそうだ」



 「なによそれ?」


 悠理は怒った…でも、いつもよりおだやかな怒り方だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る