第3話 オレが死んだ理由
霊と霊能者が親睦を深めるのは、浄霊を成功させるのには
とても良い事である。
例によって、助言を求めた悠理に、父親はこう返したらしい。
ついでに、霊が死んだ時の様子や悩み事などを聞いてあげると
さらに良いらしい。
悠理は携帯を持ち歩くようになった。
他の誰でもない、オレと話すためである。
なるほど。自縛霊の声と姿は、一般人にはスルーであるから、
ハタから見れば、単に電話をかけている様子にしか見えないわけだ。
…で、さっそく会話というか、尋問…が始まるわけだが、やはり、
最初に尋ねられたのは、オレが交通事故にあった時のことである。
「悪いがオレは、事故の前後については、まったく記憶がない」
あの…悠理さん…目がアヤシイですよ…明らかにオレを疑っている。
「界斗…べつに、怒ったりしないから正直に言ってごらんなさい。
美女に見惚れてボケーっとして轢かれたとか…落ちていたエロ本を
拾おうとして轢かれたとか…そんなんでもいいから…」
たしかに、そんなハズカシイ理由で死んだら、口が裂けても言いたくない。
いや、もしかしたら本当にその理由で死んだ為に、オレは無意識に
自ら記憶を封印してしまったのかも?
ある意味、この女はオレの本質を見抜いているのかもしれない。
…が、知らないものは知らない。どうしても思い出せないのだから
仕方が無い。
とにかくオレは、「知らぬ存ぜぬ…」で、その場を乗りきり、
今度はこっちが質問を返せる状態にした。
「ところで、悠理は今までに、何人くらい浄霊してきたの?」
「…………」
あれ、固まった。
小声で…「お願い…それは聞かないで……」
ゼロ?…ゼロなの??…もしかして、一度も成功したこと
無いんですかあああ????
じゃあ、あの自信たっぷりな態度は、一体何だったのーーー???
オレは、悠理を追求できなかった…彼女が可哀想だと思ったからではない、
逆ギレされたらどうしよう?…と思ったからだ。
こうして、学校帰りのおしゃべりタイムは終了した。ちなみに悠理は
今夜も浄霊に来るらしい。ご苦労なことで…。
オレは、しばらく考えていた。自分が死んだ時の事を…。
あの事故は、ほぼ100%、オレに非があったようだ。警察も調べていたが、
何より、トラックのドライブレコーダーに映像がしっかり映っていたのが
決め手だった。
ただ、ぼんやり残っている記憶には小さな女の子のようなものが…
いやいやいやいや!!オレは断じてロリコンではない。美人のお姉さんなら
まだしも、ガキに見惚れて、トラックに轢かれるような男ではない!!
いつまで考えていても、結論は出無い。そろそろ日も傾いてきた。
今夜の浄霊に備えて寝るとしよう………ぐう。
真夜中…なにか寒気のようなものを感じて、目を覚ました。
生暖かい風が吹いた…なんか出そう…。
おいおい、自縛霊のくせに、コワがってどーする?
「…お兄ちゃん……」
暗い夜道の向こうから、小さな女の子がボーっと姿を現す…小学校
1、2年生くらいだろうか?
背筋が凍るような感じがしたが、すぐに冷静になれた。お兄ちゃん…
と話しかけてきたのだから、こっちが見えているのだ。
この子も霊能者だろうか?
「…お兄ちゃん…パパがいないの…」
そのセリフ…聞き覚えがある!突然オレの記憶がよみがえった!!
そうだ!事故に会うほんの少し前、オレはこの子と出会っていた!!
「…お兄ちゃん…パパがいないの…」
「迷子か…よーし、お兄ちゃんが一緒にパパを探してやろう。…で、パパは
どんな感じのパパなのかな?」
「パパはねートラックの運転手なの!」
トラックの運転手か…それだけじゃ探しようが無いな……
その辺ぐるっと探してみて、いなかったら交番に連れて行くか…
「あっ!パパだー!!」
女の子は俺の手をつかんだまま、突然、道路に飛び出した!!
危ない!!トラックが来る!!
オレは少女を引き戻そうとした!!あ…あれ!?逆にオレの方が引っ張られ
ている!!何だこれは!?小さな子供の力じゃない!?
かくして、オレはトラックに撥ねられた…だが、女の子の姿はドライブ
レコーダーの映像には残っていなかった。
ここまで思い出して確信した。彼女が霊能者ではなく、「霊そのもの」
なのだと…
「…お兄ちゃん…どうしてパパを探してくれなかったの?…」
「ごめんね、お兄ちゃん死んじゃったから…」
「…一緒に探してくれるって言ったじゃない…」
「…お兄ちゃんは、ここから動けないんだよ…」
おそらく浮遊霊のたぐいであろう少女に、自縛霊というものを
説明してもムダだろうな…
「…お兄ちゃん!!一緒に行こうよ!!」
女の子は、オレの胸ぐらをつかんでグイグイ引っ張る。
「まあまあ…」
オレは、なんとかなだめようとした。だが少女の手は
いつのまにか、胸元から首元に移動していた。
「一緒に行こうよ!!一緒に行こうよ!!一緒に行こうよ!!……」
ぐええええ。苦しい!!なんで首を絞められて、こんなに苦しいんだ!?
霊って一回死んでるから無敵じゃないのか?
なんとか首から手をハズそうとするが、まるで歯が立たない!
同じ霊なのに、どうしてこんなにパワーが違う!?
「一緒に行こうよ!!一緒に行こうよ!!一緒に行こうよ!!……」
声もおかしい…なんだかさっきと違う…一人じゃなくて大勢の男女の
声だ…………………。
……気が遠くなる…………もうダメだ…………幽霊のくせに死ぬのか…
お笑い草もいいところだ……………… ……………あう。
ガシャン…何かが割れる音が聴こえた……………………。
「界斗ー!!界斗ー!!」
…あれ、生きてる?…いや、やっぱり死んでる…
「界斗ー!!界斗ー!!」
悠理がオレの体を揺さぶって泣きじゃくっている。でも…
これ、ちょっと揺すり過ぎじゃね?
「おはよう…悠理…」
その後、冷静になった悠理から、オレは事の顛末について聞くことが
できた。
首を絞められているオレの姿を発見した悠理は、背負っていた荷物から
800万円の壺を取り出し、霊の後頭部めがけて、思いきり叩き付けたのだ
……もし霊でなかったら、完全に撲殺事件だな…
…周囲に割れた壺の破片が散乱している…。
「あの子は…成仏できたのか…?」
「いいえ、これは浄霊ではなく除霊、それも一番荒っぽい手段だから、
霊を追い払っただけで…場合によっては、戻って来る可能性もあるわ」
オレは事故の記憶を悠理に話し、あらためて女の子について尋ねた。
悠理によると、あれは悪霊で、女の子の霊をベースに100体以上の
霊が合体したものだそうな…強いわけだ。
悪霊は、交通事故でオレを殺し、さらに、その魂を自分自身の一部として
取り込もうとしていた…おお、こわいこわい。
「800万円の壺…悪かったな…オレなんかの為に…」
「いいわ…どーせ仕入れ値は5万円だから」
コイツ…真正の詐欺師だ…
一応、悠理の説明によると、5万円の壺は、彼女の父親が十日間かけて
念を込めると、800万円の壺になるのだそうな…でもねー。
「まったく…界斗は女に弱過ぎだわ。もっと警戒心を持ちなさい、
このロリコン!」
「ロリコンとは聞き捨てならん!そもそもオレは、ナイスバデーの
お姉さんが好みなのだ!!そんな貧相な胸には興味が無い!!」
オレはこのセリフを言いながら、無意識に彼女の胸元を指差している
ことに気付いてしまった。…たしかに貧相だが………オレは恐怖した。
荒れ狂う悠理という名の怪物は、持ってきた霊感グッズを
次から次へとオレに叩き付け、ついに全てのアイテムがなくなると、
ようやくその場を去っていった。
そろそろ夜が明ける。オレの周囲には破壊し尽された風景…。
「どーすんだよ…コレ」
無数に散乱するガラクタの破片……オレは霊の手にフィットする
ホウキと塵取りが欲しかった…。
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