第2話 自己紹介

 

 …ふと、考えた。



 オレって自縛霊じゃん。壁とか地面とか別にして、基本的には

接触判定が無いじゃん…要するに素通りしてしまうってこと。


 さて、ここにこうして、活動限界まで頭を道路側に持って行き、

大の字になって寝てみよう。


 普通の人間なら、人や車に踏み潰されるが、オレは無傷でスルー可能。


 そして、スカートを履いた女性がオレの上を通ると…



 ぐへ…ぐへへへへ… 



 自縛霊たるもの!これくらいの役得があってもいいのではないか?


 おお!さっそく向こうから、女子がやって来るではないか!



 わくわくわくわくわくわく…………



 グシャ



 ぐああああっ、痛い!痛い!痛い!!靴底がオレの顔面をマトモに圧迫

している!!スルーしてないぞ!!一体何が起こっているんだ!?



 「ちょっとー、いくらなんでも、寝相が悪過ぎるわよ」



 聞き覚えのある声が…まさか……



 そう、それは、昨日知り合った霊能者の少女。とてもアヤシイ宗教の手先

であり、オレを認識し、接触できる唯一の存在。ちなみに、中二病ではないが、

「ぼっち」らしい。


 今は、学校帰りか?…やっぱ制服だと結構カワイイな。昨日の衣装はもう

やめてもらいたい…ホントあれは醜かった。



 「こんなところで寝てないで、おとなしく私の作った結界の中に居なさい!」


 顔はカワイイのに言葉はキツイ。オレを足蹴にする態度も気に入らない。



 「なんだよ!タダでさえ狭いオレの活動範囲が、ますます狭くなるじゃないか!」



 「今夜、きちんと送ってあげるから、そこで大人しくしていなさい。結界の中なら

 他の霊能者には見えないし、気配も感じないから、不意に除霊されることもないわ」




 不意に除霊ってなんだよ?…と思ったが、どうせ逆らっても無駄なので、彼女の

言うとおりに結界の中で夜を待つ事にした。



 そもそも、成仏できれば、あの娘でなくても誰でもいいんだ!別に、ただの

通りすがりの霊能者だって……ブツブツ…


 オレは不機嫌になっていた。



 「もしもし…」



 「ああ゛~~??」


 急に声をかけられて、振り返ったオレの顔は、さぞ恐ろしかったに違いない。

声をかけた女性は、のけぞって5、6歩、後ずさった。


 よく見ると…あ、美人。…… 一転してニヤけ顔になるオレ。



 「もしもし…あの…」


 イカン!おびえている!!ここは安心させなくては!!!


 不自然な笑顔を作るオレ。女性は不安な気持ちを顔に出しつつも続けた。



 「あなたは、ここの自縛霊さんですか?」



 「そうですが、なにか?」


 答えを聞いて彼女は安心したようだった。



 「私は通りすがりの霊能者です。ちょっと気になった事があって……」


 年齢はおそらく23~24歳。ナイスバデーに清楚な顔立ち。オレが

最も好きなお姉さんタイプの超美人!!ああ~もう言う事ないわ~



 「はいはい、なんでしょう?」


 いつのまにか揉み手になっているオレ。



 「この落書きを描いたのはあなたですか?」


 指差す先には、あの小生意気な女が残した落書き…いや結界…



 そういえば、これって、霊能者からオレを見えなくするんだっけ?

丸見えじゃん…全然効いてないわー。



 「ここは公共の道路ですよ。いくら自縛霊だからって、勝手に落書き

 してはいけませんよ!」


 女性は少しお説教モードで話すが、美貌にメロメロなオレには

まったく意味をなさない。



 「え?あははは…そうですね…そうですよねーー!」


 オレはニコニコ満面の笑みを浮かべながら、両足で落書き…

もとい…結界のようなものを必死に消していた。



 ゴシゴシゴシゴシ……はい元通り。



 意外と素直な対応に、女性はさらに安心したようだった。



 「ねえキミ。成仏はしたくないの?」



 「ハイ!とっても成仏したいです!」



 「そう、じゃあ私の手を取って…」


 …こんな展開、昨日もあったな…それも1回や2回じゃなくて…

まあいいや…後のことは考えず、このお姉さんに、さらっと成仏

させてもらおう。



 「まずは自己紹介しましょうか」



 「…は?」



 あれ?…昨日と違う?……だって、この後、あやしい呪文が詠唱

されるんじゃなかったっけ??



 「自縛霊さん、お名前は?」



 「あの?どうして自己紹介なんですか?」


 我慢できなくなって、思わず聞き返してしまった。



 「どうして?って…お互いをよく知っている方が、浄霊が成功し易いから

 なんだけど…」


 そういえば…………………………何かがフラッシュバックした……


 気付いたらオレは深々と頭を下げていた。


 「すいません。浄霊は先約がありますので…無理です。」


 なんで断るんだオレーーーー!!????



 「わかったわ。浄霊…上手くいくといいわね」



 美人のお姉さんは去ってゆく…ああ…うしろ姿も美しい…。


 ものすごい後悔の念が襲う。悲しくて涙が止まらない。うるうるうるうる…



 落ち込みつつ…しばらく考え込んでしまった。どうして断ったのだろう…



 しかし、人間…いや、霊は眠くなると、そんな事はすっかり忘れて、

寝てしまうものなのだ…おやすみなさい………ぐう。




 真夜中…草木も眠る丑三つ時……と言いたいが…


 オレは時計を持っていないので、正確な時間はわからない。


 ちなみに霊は食事も取らないので、腹時計なるモノも存在しない。



 今夜も少女はやって来た。



 やっぱり、その格好ですか…だろうなー…とは思っていたんだが、

やっぱ気持ち悪いわ…


 今夜はさらに、唐草模様の大風呂敷を背中に背負っている。ちょっとした

魔界のサンタクロースである。



 オレは彼女に対して、何か言うべき事があった気がしたが、それを思い出す

前に、彼女の行動は早かった。



 「見て、見て、今日はすごいアイテムをたくさん持ってきたわ!!」


 大風呂敷を広げて、あらわれたガラクタの数々!!……なにコレ?



 「実は昨日、浄霊が失敗した原因をお父さんに相談したの!そうしたら

 私の霊力が足りないんじゃないかって…それで、お父さんがパワー

 アイテムを貸してくれたの!」



 「スイマセン…お父さんって誰ですか?」


 彼女の言葉から、例の宗教の関係者とは察しがつくが、あえて聞いてみた。



 「お父さんは、ドクダミネ教の現教祖!!そして私は、次期教祖になる予定!!」


 あー、親子でカルト宗教の神祖ですか。大変ですねー。



 「まずはこの霊感を高める壺から使ってみましょうか?」


 これはまた悪徳霊感商法の代名詞のような壺が登場した。



 「これ、いくらすんの?」



 「お父さんは、信者さんに配るときは800万円のお布施をいただくと

 言っていたけど…実は、まだ1個もあげた事は無いんだって」


 よかったな…詐欺師になる前で…くく…涙。



 ハッキリ言って、このガラクタの数々を、オレはまったく信用していない。

だが、彼女は効果があると確信している。だって瞳がキラキラしてるんだもん。




 …ま…気が済むまで…やらせてみるか……




 …数時間後…力尽きた少女の姿を見た。…そういえば、昨日も見たな。



 はてさて…なんと言って慰めようか?


 泣いている娘に語りかける。



 「オレは界斗…これからはカイトって呼んでくれ」



 「どうしたの?」


 少女は、泣きじゃくった赤い目をこすりながら、不思議そうに

オレを見上げた。


 これ…この上目遣いはヤバイ。…昨日もそうだったが、

思わず惚れてしまいそうだ…。



 「通りすがりの霊能者が言ってたんだが、お互いをよく知っていた方が

 浄霊は成功しやすいって…だから名乗った……それで、君の名前は?」


 我ながら照れくさい。正面から女子に名前を聞くなんて経験が無い…

しかし大切なことだ。



 「ユウリ、得田悠理……」



 「そうか、悠理か…普通だな」


 オレは少し微笑んだ。彼女はすぐに反応した。



 「ちょっと!!なんで笑うの?」 



 「格好が普通じゃないのに、名前が普通だったからな」


 悠理はちょっぴり不機嫌そうだった。



 「界斗はフルネーム言わないの?」



 「言わない…下の名前で呼んでほしいからな…オレも これからは

 得田さんじゃなくて、ユウリと呼ばせてもらう!!」


 悠理の顔が赤い。「ぼっち」には刺激が強かったか?



 「格好…変かな?」


 そのセリフだけなら可愛らしい。しかしオレは正直な男だ。



 「気持ち悪い、変すぎる、この世のものとは思えないほど醜い」


 その後、オレは、激怒した娘に、その衣装の、格調高い歴史と

宗教的な意味について、小一時間ほど説教され、夜明けと共に

開放されたのだった。

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