電柱の下の日常

しふしふ

第1話 電柱の下で


 交通事故で死んで2週間になるが、そろそろ人間観察にも飽きた。


 ヒトが死んだらどうなるか?…死んでみなけりゃわからない…っていうけれど、

よりにもよって自縛霊になってしまうとは…


 せめて浮遊霊にしてくれよ! 自縛霊なんて、事故現場の路地の電柱のそばから

半径3mしか動けないんだぞ!!


 …以来こうして2週間。…もう現場に花を持ってくる者もいなくなった。

ずっと電柱を背にして座っているだけ。


 あああああっ!!! 退屈でしょうがねー!!!


 人間観察っつっても、この路地は人通りも少なく、通行人も、それこそタダ通過して

いくだけで面白くもなんとも無い!


 こうしてストレス過剰になり、やがて人を呪うタイプの悪霊になっていくのかオレ?




 あっ、ちょっと、そこの美人のお姉さん!! なんか落としましたよ!!


 聞こえてねーし……あーあ、行っちまった。


 財布だなコレ……きっと困るだろうなー…届けたら感謝されるだろうなー…

ついでに、お礼と称してあのキレイなお姉さんと恋に落ちてみたりして……。


 ぐふ…ぐふふふふ……


 いかん…過剰に妄想が膨らんでしまった。…とにかく財布をこっちに引き寄せよう。

このままだとクルマに轢かれてペシャンコにされかねない。 



 あ…触れない。



 地面とか電柱とか路地の壁とか、どーでもいいモンには触れるくせに

肝心なモノには命中判定がない!くそっ!!手でダメなら足ならどうだ!!!


 くそ!くそ! なんでスルーするんだ!? 財布のくせにヒトをバカにして!!




 「ちょっとそこのキミ。霊になってまで、お金に執着するなんて見苦しいですよ」



 は?…なんか背後から女子高生に話しかけられた。


 「見たところ、この財布はキミのものではなさそうね。私が警察に届けてあげるから

 さっさと成仏しなさい」


 そう言うと、女子高生は財布を拾って去っていった。オレと同じ学校の制服で、たぶん

歳もそう違わない。


 そこそこカワイイ気もするが、態度が横柄というか、上から目線で、なんか感じが悪い。



 …………?



 ……ちょっとまてよ??



 今……オレに話かけてなかったか???



 ……もしかして、オレのこと見えてた????



 ああああああ!!!!!カムバーーーック!!!!!!戻ってきてー!!!!!!!!




 呼べど、叫べど、少女は来ない。…疲れた。…やがて今日も日が暮れる。



 夜もふけ、すっかり日は落ちて、我が電柱に、申し訳ばかりに付いている小さな外灯に

明かりが灯る。


 まったくヒト気の無くなった路地で、ゴロリと横になった。


 霊とは本来、夜行性のイメージがある。しかし霊とて、眠いものは眠いのである。

今日のお仕事はここまで…ではまた明日………ぐう。



 「やっぱり、まだここにいる…成仏できなかったのね」


 うーん…なんか聞き覚えのある声がする。



 「こうなったら、私が成仏させるしかないわね」



 「おきろー、おきろー」


 なんか背中を軽く足でこづかれている気がする。



 昼間の娘が来てくれたのか?こんな真夜中に…


 振り返ってチラリと見た。



 あ…………。



 オレは寝た。正確には、起きていないフリを続けることにした。 


 理由はその服装にあった。いわゆる神社の巫女装束…だけなら

まだわかるが、そこに植物の根のようなものが大量にからみついている。


 ハッキリ言って気持ち悪い。…つーか、かかわってはイケナイ気がする。



 「こらー!タヌキ寝入りすんなー!起きろボケー!」


 容赦の無い蹴りが入る。さすがに目を覚まさない訳にはいかなくなった。



 「すいません。中二病なら間に合ってます。」



 とたん彼女が赤面した。



 「だ…だれが中二病だ!?私はぼっちかもしれないが、断じて中二病などではない!!

これは、我がドクダミネ教の正式なコスチュームだ!」



 …今「ぼっち」って言った?ちょっと聞き逃すところだったわ。


 しかし、「ドクダミネ教」なんていかにもヤバそうなネーミングだ。これが妄想のたぐい

でなかったら、間違いなくカルトだろ。くわばらくわばら…。



 彼女は少し自信を取り戻したかのように、ふんぞり返って説明し始めた。



 「我がドクダミネ教は、古来3000年の昔から…うんぬん、かんぬん……」


 3000年前って、縄文時代だろ、仏教伝来前じゃねーか。それで成仏とかって

矛盾しまくってるよ。…とにかく、ここは、すっとボケて帰らせよう。



 「すいません。夜は眠いので、用事は昼間にしてほしいんですけど…」



 ふたたび彼女が赤面モードになった。



 「バ…バカモノ!!こんな恥ずかしい格好で、まっ昼間に出歩けると思うのか!?」



 へー 恥ずかしいのは自覚していたのか。



 「それに、何も無い電柱に向かって、あれこれ話すのを他人に見られたら、

 頭がおかしいと思われてしまうじゃない!」



 オレは少し気がなごんできた。彼女が人並みの羞恥心の持ち主だったので

安心したのだろうか?


 とにかく、この2週間…誰とも会話することは無かった。それが解消された

だけでも、彼女の存在には感謝しなければなるまい。


 世の中に、うさんくさい宗教は山程ある。彼女のそれも例外ではあるまい。

しかし、このオレとコミュニケーションが取れるという、ただ一点だけに

おいても、この少女に付き合ってみる価値はあるのではないか?



 「本当に成仏できるのか?」



 「まかせて!」



 「何をどうすればいい?」



 「簡単!まず私の手を取って!」


 変なナリをしているが、女子高生の…それも、よく見ると結構カワイイ顔を

しているではないか……の手を掴むというのは、彼女いない歴イコール年齢な

オレにとっては、少々照れくさい。…フォークダンスの時、女子に手をつないで

もらえず、ジャージの袖をつままれていた経験がフラッシュバックした。



 「次はどうするんだ?」



 「目を閉じて成仏したいと念じなさい!」


 彼女は何かブツブツと、お経のような、呪文のような、暗号のような、

なんだかよくわからない言葉を詠唱し始めた。



 とにかくだ…言われたとおりに念じなくては…



 成仏したい…成仏したい…成仏したい…でも、その前にデートがしたい…

いかんいかん、邪念が入ってしまった。…あらためて……



 彼女の手が離れた。ガックリと地面にひざをついた。



 「失敗だわ!なぜ?成仏しないの?」


 おっとびっくり!、今のはオレが集中を切らせたのが原因か?



 「まってくれ、オレちょっと別の事を考えたかも?…

 もう一度やってくれないか?」


 気を取り直してもう一回…今度は集中するぞ……



 だが、二度目も失敗した。…三度目も、四度目も失敗した…。 

こうなると原因はオレではなく、彼女の方にあるようだ。


 彼女はヤケクソのように繰り返したが、何度やっても同じだった。



 ついに、少女は崩れ落ちた。



 「うううう…うううう…」


 ヤベ…泣いてるわコレ。…四つん這いになって地面に涙をボロボロ

落としている……なにか言葉をかけてやらねば……



 「日が悪かったね。また今度にしようか?」



 地面に両手を付いたまま彼女はオレを見上げた。



 「…いいの?」


 涙をたっぷり含んだ目で、上目遣いにオレを見つめる。…うう、

ちょっとカワイイ…いや、だいぶカワイイ。



 「いいも、悪いも、あんたが浄霊してくれなきゃ、オレはずっと

 このままなんだし……そのうち夜が明けるけど、帰らなくていいの?」



 彼女はハッと我に返る。



 「夜明け?それはマズイ!、急がなきゃ…」


 急いで、この場を去るのかと思ったら、どこからともなく木の棒を

取り出して、オレの周囲の地面に魔方陣のようなものを描き始めた。



 ガリガリガリガリ……完成。



 「では、帰ります。また今夜。」



 「ちょっとまて、この落書きは何だ?」



 「他の霊能者が勝手に除霊できないように結界を張ったの。じゃあねー。」



 なんだそれーー!????同情したオレが馬鹿だった。



 少女はすっかり元気を取り戻し、東の方がやや白みはじめた夜空の下を

ルンルンと帰っていったのであった。



 ガックリと膝を落とし、地面に両手を付き、どっと疲労感が込み上げる。

燃え尽きた。…だが不思議と充実感はあった。



 今度また会えたら、名前を聞いてみようかな?



 朝日が昇り、路地に人々の往来が始まる。…だがオレは、眠くなったので

寝ることにした。いつもの電柱の下で…

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