第6話 作品の読み返しをしていない

「予告通り今回から『技術の基本編』をお届けするゾ〜」


「はあ」


脳内親友イマジナリーフレンドの胸毛ことフェルナンド・木村さんがその日は妙に張り切っていた。気のせいか、額に「Z」のマークが書いてある。油性マジックで。



「おいおい。もっと気合い入れてけよアミーゴ。そんなんじゃハードな修行についていけないぜ?」


「ええ。勘弁してよ木村さん。今までだって結構キツかったのに、これ以上したら壊れちゃうよぉ」


「なにエロマンガに出てくる奴みたいなこと言ってんだ。人間がそんな簡単に壊れるかバカ」


「でも仕事もあるし、それ以外にもしてることあるからキツいよぉふぇぇ」


「パワーウェイッ!」


「うわ!なんだ!?」


「パワーウェイッ!」


「うわ!臭っ!なにこれまた手汗?!」


「いや、単純に叫んでるだけだから唾が飛んでんだろ」


「きたなっ!『飛んでんだろ』じゃないよ!汚いよ!」


「だまらっしぃ!」


「ひぃ‥‥」


「言い訳ばかりして怠けるな!いいかアミーゴ。他の誰に言い訳しても良い。だけどな。脳内親友オレにだけはするな。自分自身オレにだけは言い訳しちゃダメだ。それはダメだ」


「うん‥‥わかったよ」





「よし。それで、だ。技術に関してだがな」


「まあぶっちゃけ木村さんて僕のイマジナリーフレンドだから戦闘力テクニック自体は僕と大差ないよね」


「そうだな。しかし己を省みることは大事だぞ。そして今日はまさに、そんな話だ」


「ほいほい」


「なあ。お前、長編短編に関わらず誤字脱字が多すぎやしないか」


「ギクッ!?」


「ギクッ、じゃねえよ。なんであんなに間違いが多いんだ?」


「いやあ‥‥なんていうかその‥‥なるべくスピード投稿しないとさ。せっかく着いてくれた少ない読者が離れていっちゃうじゃん?」


「誤字脱字が多くても離れてくだろ。基本的な技術クオリティの低い作品は多少内容が良くても読む気が失せるって人が多いんだぞ」


「ま、まあねえ。気を付けてはいるんだけどねえ‥‥なんでだろ。あははは」


「お前、ズバリ、投稿する前に見直ししてねえだろ?」


「はうあっ!!」


「バッキャロウ!そんなことだと思ったぜ!」


「いやあ‥‥まあねえ‥‥しようしようとは思ってるんだけどつい‥‥」


「こんな基本的なことがどうしてできないんだ。みんなごく当たり前にやってることだぞ?」


「う、うーん。耳が、心が痛い」


「それだけじゃない。誤字脱字をしてしまうのは百歩譲って仕方ない。だがな。お前が一番いけないのはその間違いをそのままにしてることだ。やる気あんのか!?」


「だって‥‥仕事の合間とか投稿してるからなかなか見直ししてる暇ないし。それに、一度投稿しちゃったらなかなか自分では読まないから気が付かないよ。多分こういう人多いと思う」


「パワーウェイ!バーンナッコウ!」


「グアバッ!!」


「クソったれ!このウジ虫野郎!言い訳ならもっとマシな言い訳しろ!だいたい、なんでお前一度投稿した作品を読まないんだ?」


「いやあ、なんかね。読みたくないっていうか」


「なんかねじゃねえ!書いてるお前が読みたくないもん他人に読ませんな!お前ホントに人様を舐めすぎだぞ!」


「いや別に舐めてるワケじゃないけどさ。なんていうか、読むの怖いっていうか、もう興味ないっていうか、次にいこうとしてるっていうか、面倒臭いっていうか」


「どう考えても最後のが本音だろ」


「へへへ」


「ヘラヘラしてんじゃねえこのマダーファッカー!」


「マダーファッカー!?」


「いいか。お前にとっては投稿した作品は過ぎ去った過去になるかもしれない。だがな、ユーザーにとっては何年前に書かれた作品であっても、出逢った瞬間が最初なんだ。ファーストコンタクトなんだ。いつも新鮮な出逢いなんだよ」


「う、うん」


「その最初の出逢いが誤字脱字にまみれてたらどう思う?」


「印象最悪、だね」


「そうだろう。もう二度と読んでもらえない可能性だってある。絶対じゃないがな」


「投稿する前もした後も、作品を読み返すのって大事なんだね」


「そうだぞ。誤字脱字の発見はもちろんだが内容にだって再発見がある。物語の運びや、やり取りに不自然さがないか。今後の展開にだって、新しい閃きが産まれることもある。作品の質を上げるなら読み返しは必要不可欠な作業のひとつだ」


「大切なのは分かってたんだけど、書いて投稿することに重心を置きすぎてイマイチスルーしてたよ」


「一見些細なことに思えるかもしれないが、実はそういう些細なことほどつまずくと大怪我する。よく覚えとけ」


「勉強になったよ」


「うむ。だけどやはりこういうことは、もっと真に迫る体験談的なやつがあるとより深く心に刻まれるよな」


「え?うん、ああ、まあね」


「そうだと思ってな。今日はゲストを呼んでいる」


「え!?」


「もうそろそろ来るはずだ」



コンコン



その直後、見計らったかのように木村さんの部屋の扉がノックされる。


「はーい。どうぞー」


「じゃまするでえ」


扉を開けて入ってきたのは黒のスーツに信じられないくらい派手な花柄のシャツを合わせ、金のネックレスをジャラつかせた30代くらいの男だった。髪型はテカテカのオールバック。眉毛無し。色眼鏡の奥から覗く眼光は、とても素人のものと思えない鋭く刺さるようなものだった。


「え‥‥っと。どちらさまで?」


僕の発言を無視して、男は木村さんとハグをする。


「久しぶりやなフェルちゃん」


脱男だつおさん、久しぶり」


男はこちらに向き直り握手を求める。


「ごめんやで。ワシ、フェルちゃんのオトモダチで誤道脱男ごみちだつおいいますねん」


「ゴミチさん?」


「そうだ。脱男さんはお前に誤字脱字の恐ろしさを知ってもらう為に俺が呼んだんだ」


「誤字脱字の?」


「脱男さんは誤字脱字をまあいいか精神でし続けた結果、色々あって道を誤ってしまったお人だ」


「え‥‥そうなんだ。ちなみに脱男さんて‥‥何してる人なの?」


「ヤクザ◯す」


「伏せ字するとこ間違ってるうううううう」


「ごめんやで二文にぶみくん。ワシ、よく間違えるんや」


「いや、あの‥‥名前も違うんですけど」


「ごめんやで。三文さもんくん」


「わざとか?わざとなのか?」


「脱男さん。コイツに脱男さんの誤字脱字人生がどうやって始まったか話してやってください」


「いや、別にいいよ」


「あれは‥‥小学校5年生の時やったなあ」


「いや展開早いな」


「当時学校の授業で、映画を観に行くゆうのがあってな。それで先生が選出しておいた3つのウチから生徒が各自で観たいのを決めんねん」


「はあ」


「でな、そん中に『シックス・センス』があったんや。二文くん、『シックス・センス』知ってるか?」


三文みぶみです。知ってますよ。確かホラーでしたね?」


「せやで。まあワシは内容知らんかったんやけど、ブルースウィルスが出てたやん?ワシ、ブルースウィルスめちゃ好きやったんや。ダイハードカッコよかったやろ」


「ええ。まあ」


「で、ワシは何が観たいか書くアンケート用紙に迷わずシックス・センスを書いたんや。でもな、そこで人生初めての間違いをおかしてしもた」


「なんて書いたんです?」


「セックス・シンス」


「うわぁ‥‥」


「まあ今やったら鼻で笑って終わりやけ。でもそん時は小学生やろ?そん時の担任もアホやから『脱男くんwwこれはないわww』とか言いおってな。クラスの笑いもんになった」


「ひどいですね」


「ついたアダ名が『セックス太郎』やで」


「太郎!?なんで太郎!?」


「とにかく、それがワシの人生の方向が誤りだしたきっかけや。そっからは散々やった」


「まだ続くんですか?」


「聞けや。ワシは中学に上がってようやくセックス太郎の呪縛から解き放たれた。心機一転部活も始めた。吹奏楽部や」


「お、いいじゃないすか」


「うん。おまけに同じ楽器の担当にメチャ可愛い子がおってな。ユリちゃんいうねんけどそりゃもう天使やった。ワシらは同じ楽器だったいうこともあって仲良しになった。いつも一緒やった」


「ちなみになんの楽器だったんですか?」


「サックス」


「嫌な予感しかしない」


「ま聞けや。そんでワシらが部活の帰りに一緒に帰っていた時や。たまたまユリちゃんのオカンに会ってな。俺もユリちゃんもエラい動揺してしもてな」


「確かにその状況は緊張しますね」


「オカンもまたエラいベッピンでな。綺麗な声で『あらユリちゃん。そちらボーイフレンド?』って聞くんや。で、ユリちゃんも顔真っ赤にして俯いてしもてん」


「可愛いですね」


「せやろ。当時まだ付き合ってわけやないし、ワシはユリちゃんに恥ずかしい思いをさせたらあかんと思ってオカンにただの楽器友達ですって言おうと思ったんや」


「はあ」


「で、オカンが『ボーイフレンド?』なんて気取って言うからついつられてしもたんやろな。ワシも横文字を使ってしもたんや。だがここでもエラい間違いをおかした」


「なんて言ったんです?」


「サックスのフレンドですって言おうとして『ただのセックスのフレンドです!』って叫んでしもた」


「全然セックスの呪縛から解き放たれてねえじゃんかよ!!」


「それで新しくついたアダ名が『セックスフレンド太郎』やった。もちろんユリちゃんは次の日から口もきいてくれへんかった」


「なんで太郎!?」


「それで気が付いたら極道やで」


「いや色々すっ飛ばし過ぎだろ!?」


「ありがとう脱男さん。辛い経験をよく話してくれた」


「ええんやで。こんなワシの話でも、世間役に立てるならな。それに、しばらく娑婆には出れへんからフェルちゃんの顔も見たかったんや」


「どう言うことだい脱男さん?」


「しばらくお勤めに行かなあかんのや」


「えっ‥‥なんかしちゃったんですか?」


「ほんの些細な間違いやで」


「冤罪ですか!?」


「いや、普通にオレオレ電話かけたんやけど」


「いや普通じゃねーし」


「聞けや。電話かけて『オレオレ』言うたら『ああ、カズマ?』言われてな。もろたで!思って『せや、カズシやで』言うて詐欺やバレたんや」


「アホ過ぎだろ。一刻も早くブチ込まれろ」


「そういうわけでしばらく別荘暮らしや。ほな行くわ。またなフェルちゃん」


「元気で脱男さん」


「さよなら」


「ごめんやで三文くん。またの機会にや」


脱男さんの後姿はどこか物悲しさを秘めていた。


しかし、誤字脱字がどうとか自らを省みるとか。そもそそういうことじゃなくて。


「ほな、さいまら」


単純に脱男さんがバカなだけなのでは、と思う僕だった。




『理由その6 投稿前と後で作品の読み返しをしていない』

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