精神分裂病

いば

精神分裂病


「お前は間違っている」

 彼はまっすぐな瞳で僕を見つめてそう言った。


僕は初めて意識を持った時、暗く閉ざした部屋の隅で布団をかぶり、息をひそめて死にたいと思った。僕は生まれたときから死にたがりだ。

自分が嫌いで嫌いで、いつも、いつも死ぬことばかり考えている。これまで人にかけた迷惑、かけている迷惑、負わせてしまった傷のことを思うと死んで償いたい。こんな僕でもまだ見捨てないでいてくれる大事な人たちのことを思うと、その人たちのために死にたい。死んで役に立ちたい。

もちろんこんな僕の自暴自棄が誰の役にも立たないなんてことは分かっている。僕を学校に行かせるのに、生かしてくれるのにお金をかけてくれている両親の負担を死んで減らしたい。でも、もし僕が死んだら両親は、そんな経済的負担のことなんてどうでもいいほどにひどく悲しむなんてことは言うまでもない。そして誇らしいことに僕には大事に思ってくれる友達も何人かいてくれて、強いて言うならそれらが僕の生きている最もそれらしい理由だ。

そう。僕は良くも悪くも恵まれていた。優しい家族がいて、励ましてくれる友達もいる。それにそこそこ悪くない顔に産んでもらったおかげで女の子にモテたり、周囲から優遇されるような場面も多々あった。

そんなに幸せで何が気に食わない?そう言われてしまいそうだ。でもそれらの幸せはみんな、自分で努力して手に入れたものではない。みんな、人から授かった幸せだ。自分の手で掴み取った幸せ以外は要らないなんて傲慢なことを言いたいのではなく、それに見合った対価を払わずして得た幸せの重さに耐えきれず、潰れてしまったのだ。

何もしていないのに幸せな目に遭いすぎた。だからその幸せが眩しすぎて、自分の醜さや愚かさが顕著に表れざるを得なかった。その結果、行き過ぎた自己嫌悪という歪んだ形の反省心を持って、何者かに許しを請わずにはいられなくなった。

さながらジェイムズにとってのレッドピラミッドシング、阿良々木暦にとっての忍野扇のように自分を罰してくれる存在が必要だった。こんなに自分の愚かさをわきまえて悔やんでいるのだから、どうか許して欲しい。こんなに自分を追い込んで苦しい思いをしているのだから、どうか許して欲しい。そんな深層心理が僕を生み出した。そしていつしか僕は、彼の身体をまるごと乗っ取ってしまっていた。


その彼が今、面と向き合って僕の目の前にいる。その迷いのない表情は僕のお役御免を察させるには十分だった。いつか彼が成長して僕の前に現れる時、それが僕の最期ということはなんとなく分かっていた。


「お前は間違っている。卑屈になっていいことなんてひとつもなかっただろ?」

「こんな自虐が間違いだなんて分かってるよ。それでも僕は、どうにかして、この罪を償いたかったんだ」

頭のいい反論はできなかった。恐らく僕の方が一方的に間違っているから……こんなことだからいつも、僕はダメなんだ……。僕はまた自分の間違いを恥じて自分を嫌った。彼はそれを見透かしたように言った。

「間違ったことを悔やんで更に間違いを積み重ねるな。間違いだって生き恥だって全部、俺が受け止めてやる。そしてその度、一緒に傷つこう。お前がいくら自分を嫌ったって代わりに俺が愛してやるよ」

…………………

なんだ、そのくさいセリフは。そう思ったけれど、わかったような口をきかれてムカついたけれど、今目の前にいる彼は記憶も気持ちも共有している僕自身だ。自分のことは自分が一番よくわかっている。自分を嫌うために生まれてきた僕なのだけれど、本当はそれが一番聞きたかった言葉なんだと言われて初めて気が付いた。

「幸せなことに後ろめたさなんてないんだよ。そう思ってしまうのはお前がきっと優しくて謙虚だからだ。優しくて、脆くて、無防備だ。だからこれからは俺が守ってやる」

そんなに僕を肯定するなよ…。存在意義が薄れて消えてしまいそうだ。でも、それも悪くないかもしれないな。

「辛い思いをみんな引き受けさせてしまって、死んでしまいたくなるまでに自分を責めさせてしまってごめんな。これからはお前だけにそんな思いはさせないよ。文字通り一心同体で同じ道を歩んできた親友として、これからも共に生きていこう」


 そして僕はいなくなったんだと思う。でも不思議と、本文を果たして寿命を全うしたかのような穏やかな気持ちだった。

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