1-3 目覚め
無数に広がる異世界、そしてそれぞれの世界に連なる並行世界……。
この世界、“地球”もその一つであり、そして無数の世界の中でも珍しい部類に入るのではないかと推測されている。
推測、なのは様々な研究が進められているものの、未だ時空物理学の研究は発展途上であり、他の世界の状況を掴むのが主にそれらの世界からの来訪者達から得た情報に頼っていることが大きい。
さて、なぜ珍しいのか?
それはこの“地球”がかつて起きた異変により、様々な異世界、並行世界といった別世界が融合し、それらの住人やモンスターが転移で現れる等の事態が発生した結果、あらゆる人、文化、種族、世界が時に衝突しつつ混ざり合い、新生した世界だからである。
かつて西暦という暦が使われていた時代。
ある時“地球”では世界を巻き込んだ二度目となる悲惨な大戦が勃発した。
長く続いた大戦の終盤、科学の発達から生まれた新型爆弾が二発、日本にて使用され――大戦の終結と、大いなる恐怖を世界に与えることとなった。
『核』という名の新型爆弾が持つ破壊力と人体への悪影響から、この技術に対する研究を進めることに反対の声が上げられ、小国は賛成多数で研究開発の廃止、破棄を協定で結んだ。
一方、東西の大国は当初これを一笑し、独自に研究を進めながらにらみ合う冷たい戦争を続けた。
そしてにらみ合いの緊張が最高峰に達した時、互いに一発ずつミサイルに搭載されたそれを相手に向かって発射。
互いに威力と恐ろしさを知ったことでようやく全面的な廃止を決定した(実は秘密裏に研究をさらに進めていたらしいが、両国とも後に実験で大事故を起こし、本当に廃止した)。
これで世界は平和の道を歩んでいったのであれば、この物語は書かれなかったのだろうが、そう上手くはいかなかった。
未曾有の大戦が終わっても、科学を基にした兵器の脅威を目の当たりにしても、各国は手を取り合うことが出来ずにいたのだ。
それぞれが他国よりも優位に立とうと手段を模索し、結果たどり着いた先はとある敗戦国の独裁者が研究を進めさせていたオカルト、即ち魔術などと呼ばれているモノだった。
科学に押され廃れて来てはいたが、魔術、錬金術、占星術、陰陽術、仙術――呼び名、系統は違うが細々と続いていたそれに再び光を当て、発展させ、新たな武器として戦争に取り入れようとしたのだった。
それから40年余り、各国は互いに牽制し合い、時に密約を、時に小競り合いをしながら戦力を増強させ、ある予言者が滅びを予言していた年の7月に愚かにも三度目の大戦の火ぶたが切られた。
そして――その異変は起こった。
開戦と同時に突如世界を隔てる時空の壁がそこかしこで破れ、本来交わるはずのない多数の異世界、平行世界の一部である大地や人、モンスターや種族がこの世界に現れ、逆に時空に空いた穴に飲み込まれ多くの地球の人や土地が行方をくらましたのだった。
世界中で同時に多数の魔術師が魔術を詠唱した事が偶然何かの召喚式や術として形成されてしまったのではないか、或いは何処かの世界で発生した世界収縮現象か何かに巻き込まれたのでは等、原因は様々な推測が立てられたが、未だはっきりとは解ってはいない。
だが『アンゴルモア・ショック』、『大時空異変』又は単に『大異変』と後に呼ばれるようになったこの異変により、世界は大戦などしている余裕が無くなり、三度目の大戦は一日で終結。
各国は国内外の混乱、そしてこの事態の収拾のため何とか出来る限りのことをするしかなかった。
やがて年月が経ち徐々に大時空異変の影響がある程度であるが治まっていくに連れ混乱も下火となり、新たな世界は争い以外に新たな出会いを、新たな文化を、新たな社会構造を生み出した。
『大異変』の起きた年を新たな世紀、多元歴と改められてからおよそ80年の歳月が経った。
多数の世界が融合した事で地形も国境も変化し、未だ紛争の絶えない地域や、大規模な転移こそ治まったが未だ並行世界を中心に人の転移は続く不安定な時空の壁、世界の至る所で発生するダンジョン、人里から少し離れればモンスター達による被害、異世界からの来訪者に平行世界からの漂流者による犯罪行為等々問題はまだまだあるものの、現在の“地球”にはある程度の秩序が形成されつつあった。
◆
●多元歴79年 4月27日 9時12分 日本連邦 桂木市 カタギリ邸客間
クロノが目覚めると、そこは温かなベッドの上だった。
「う……? ん? んん??」
身を起こして視線を右に左に、上に下に、きょろきょろと周囲を見回す。
「どこだ? ここは」
クロノが目覚めたのはそれ程広くはない部屋だった。
中央には小さなテーブルと椅子、壁際には箪笥と棚がいくつか置かれている。
調度品には見慣れない物が多かったが、雰囲気から察するに何処かの寝室であるらしい。
ただ生活臭のようなものはあまり感じられず、部屋の隅や調度品の上に薄らと埃が積もっていることから、普段は使用されていない部屋なのだろうとクロノは推測した。
「それにこの服は……?」
続いてクロノは自分の身体を見下ろした。
そのためか着ている服は不思議な光沢をもった艶やかな布でできたローブのような物に変えられていた。
部屋のテーブル上には愛用の鎧や剣がまとめられており、休まされる際に外されたようだ。
「(これ程良い生地なら王国で買うとすれば金貨が必要になるな……)」
さらにクロノが驚いたことは、自分の負傷の具合だった。
ローブをはだけてみると魔女からの魔術を何度も受けていたにも関わらず、幼少期からの訓練で刻まれた古傷以外は残っていない。
そのためか現在の体調は空腹感と魔力を一気に消費した際に良く見られる気怠さがやや残る程度で、動けなくなるほどでは無かった。
「誰かが回復魔術をかけてくれたのか? いや、それにしてもこれ程高位な術を施せるとは……」
クロノ自身の記憶では、魔女イシュリアと彼は謁見の間で戦い、魔女の言葉に激高して斬りかかったことまでは覚えていた。
限界を超えた魔力を放出した事と負傷のためにその後意識を失ってしまい、謁見の魔の封印を破った騎士や冒険者などが自分を助けてここに運び入れてくれたのだろうとクロノは思い、ベッドから降りて立ち上がった。
しかし王国の魔術師や教会の僧侶が治療してくれたとしたら、城内の騎士宿舎の部屋か治癒術に長けた僧侶のいる教会の一室どちらかで目覚めるはず。
それにあの襲撃の在った日、王都には高位の回復魔術を扱える魔術師も僧侶も皆、魔女の討伐隊に付いて行ってしまった筈で、自分をここまで癒すことのできる術者に心当たりもなかった。
「どうなっているんだ?」
まさか気を失っている間に異世界に転移――より正確には召喚されてしまったとは流石にクロノは思いつかなかった。
ましてや化学繊維など知らない彼には、先ほど感心していた上質のローブとやらが単なる量販店で購入された予備のパジャマ(セール品、上下合わせて9G)だった等と解るはずもなかった。
考えても答えの出なかったクロノは仕方なくもう一度部屋を見回した。
ベッドは一つ。
ドアと窓もこの部屋には一つずつ。
調度品は見慣れない物ばかり。
テーブルが一つあり、その上にはローブ(パジャマ)に着替えさせる前に脱がせたらしい愛用の鎧、剣に盾。
そして握りこぶし以上の大きさをした輝く宝石――。
「母さん……! 取り戻せていたのか……!」
魔女の儀式の光と合わさり最後は何も見えなくなってしまったが、その時手に何かを掴んだ感触を覚えていた。
無我夢中で放った渾身の一手は魔女に届いていたのだと、クロノはほっと胸を撫で下ろす。
続いてクロノは窓を開けて顔を出してみた。
一先ずここはツィアマッド王国の何処なのか知ろうとしたのだが――。
「え……? 此処……は……?」
クロノが居たのはカタギリ邸の一室、普段は使われていない客間だった。
その部屋の窓から見える風景は当然、“地球”の日本連邦は桂木市の風景である。
周囲を山に囲まれた盆地に広がる街には、駅を中心として至る所にビルがそびえたっている。
異世界の文化が入っているため、住宅地の家並みはデザインも木造石造問わず混在し、雑多という言葉が似合う。
アスファルトで舗装された道には自動車やバイク、自転車に乗った人々に交じって馬車やモンスターらしきものに引かせた車が通っていく。
空には飛行船が浮かび、ゆっくりとカタギリ邸の上を通っていく所だった。
クロノは視界に入るモノに戸惑うばかり。
そしてそれ故に後ろでドアノブが回され、誰かが部屋に入って来る事に気づくのが遅れる事となった。
「あら? もう起きていたの?」
「……!!!?」
突然背後からかけられた声にクロノは驚き、慌てて窓から離れると同時に反射的に身構える。
そして――そのまま心奪われた。
現れたのはクロノとそう歳の変わらない少女、シロナだった。
小柄なクロノに比べスラリと背が高く、さらに日の光を反射し煌く白銀色の髪が切れ長の眼と合わせて端正な顔立ちに映える。
その美しさにクロノは見惚れたのだった。
「おはよう、もう起きていたんだ。魔力の枯渇が原因かしら……衰弱していたようだったし無理はしないでね。傷に関しては治したと思うのだけど……」
「………」
「あれ? ひょっとして自動翻訳モードが機能してない? 機種変更したばかりだったから操作間違えたかしら? 『設定』から入って『一般』を押して……OSの更新とかしとかないと駄目だっけ?」
「………………」
それにしても本当に美しい少女だとクロノは思った。
華に例えたとしても鑑賞用としてのそれだけではなく、野に咲く一輪の華のような生命力の発露から来る美しさとも違う。
言うなればその両方を併せ持つような――と、そんなことを考えているうちにじっと眺めてしまっていた。
「完全に未知の異世界からの来訪者なのかしら……? でも昨日解析した時空変動パターンから適合率92%ってなっていた言語に設定してあるし……?」
「……………………はっ! いや、すまない! 決して自分はそんな……! そ、それでここは王国の何処なのだ? 見慣れない調度品が多いがもしや城の何処かだろうか? 見覚えが無いのだが貴女のような方なら一度見かけたら忘れては……ち、違う!」
「え? ……何?」
通話機能やマップ検索等、様々な機能を追加できる腕に装着していたハイフォンと呼ばれる携帯端末にインストールした筈の、異世界の言語も自動解析し翻訳してくれる機能について確認していたシロナは、突如慌てた声を出したクロノにきょとんとした顔を向けた。
「あ、いや……何でもない、忘れてくれ……」
「なら良いのだけれど……それはそうと自動翻訳ちゃんと機能していたみたいね。貴方の居た異世界が物凄く“地球”と位相が離れていたりして、解析不能な程未知の言語を使っていたら駄目だったかも知れないけど、通じる様になって良かったわ」
「う、む……言葉が解るなら話も出来……ん!? ……今、何だって? ……異世界?」
シロナの話の中に聞き捨てならない単語があった事に気づいたクロノの胸中に嫌なものが広がる。
意識を失う直前、クロノは召喚された元の世界に『帰る』ために儀式を行っていた魔女と戦っており、そこで魔女の儀式が完成する寸前に全力で技を放ち割り込んだ。
そして目覚めてから目に入る見慣れない調度品や部屋、窓から見た風景、不思議な魔道具(ハイフォン)を操作する少女……それらが合わさることで導かれる答えがクロノの頭の中をぐるぐると廻っていた。
顔を蒼白くし動きを止めてしまったクロノに対し、シロナもやや罪悪感を覚えた。
故意では無いもののある意味では自分が召喚してしまった事が原因でそうした反応をさせてしまった……という訳である。
しかし彼も薄々気づいた様子だし、ここで誤魔化しても意味が無いと判断したシロナは立ち上がると、「古典的な方法だけど……」と言いながら部屋に置かれていたテレビに机の上から取り上げたリモコンを向けた。
当然ながら真っ黒だった画面は次の瞬間映像を映し出す。
突如板に人間の上半身が現れたと、テレビなんて物を見た事の無かったクロノは驚愕することになった。
「なっ!? 板の中に人が!? これは……魔術で閉じ込めているのか!? 何てことを!」
「見た事無い人って本当にそんな反応になるのね……」
小説等でテレビを知らない者がそれを見ての反応そのままに、クロノが慌ててテレビへ駆け寄ろうとするのをシロナは制止する。
そんなやり取りをしている間にも画面の中では丁度始まった芸能ニュースの映像が流れていた。
『――ミズキさんは多元歴48年、100歳現役記念として宇宙でのライブイベントを行う為試作型の光子力ロケットに乗り込み衛星軌道上に上がった所、次元境界層を抜けた先で未知の宇宙線を浴び肉体が特異な進化を果たしました。その結果御年131歳となった今でも精力的に歌手活動を継続しています。今回の新曲発表ライブでも決め台詞の「ゼェーット!」は健在。新曲以外にも多くの歌を熱唱しまだまだ衰えることのない帝王としての姿を見せてくれました。今回発表した新曲は来週公開の映画「カイザーZERO vs 真・エンペラー ~衝撃!光の二大皇帝大決戦!宇宙最後の日~」の主題歌として使用される予定で――』
「こ……これは……?」
「テレビって言うモノよ。 ……異世界から“地球”へようこそ。来訪者の騎士君」
テレビというものがどういったものなのか、そして画面の中でリポーターが何を言っているのか意味は解らなかっただろうが、自分の全く知らない技術のものであることは理解した様子のクロノに、シロナはここが別世界なのだと告げるのだった。
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