1-4 "地球"にて

●多元歴79年 4月27日 9時37分 日本連邦 桂木市 カタギリ邸客室


「使い魔を召喚しようとして自分を召喚? 何故そんな事に……」

「召喚の儀式が発動する寸前に介入? 良く五体揃って世界の境界を渡れたわね……」


 テレビを見て驚くクロノにここが異世界であるとシロナが告げてから、少々の時間が経過した。


 その間にクロノは改めてシロナからここが“地球”という異世界である事。

 シロナが使い魔を召喚しようと召喚魔術を行った所何故かクロノを喚び出してしまったという事。

 そして元の世界に帰るには容易ではない事を知らされた。


 一方シロナはクロノが異世界系の別世界から転移して来た、即ち“地球”でいうところの来訪者である事。

 更に転移してくる前には別世界より召喚されていた魔女と戦っていた事を二人はそれぞれ相手から聞き出した。


 因みにその際、次のような一幕が有ったりした。


「あ、そういえば自己紹介まだしてなかったっけ。私はシロナ・カタギリ・マクレガー。魔術師として修業中よ」

「む。これはどうも……自分はクロノ、ツィアマッド王国騎士団第二隊隊長のクロノ・リンクスだ」

「……一応、召喚には成功していたのかしら?」

「は?」


 召喚しようとしていたのはケット・シー(黒猫希望)だったからなどと説明してもややこしいだろうと、その場はシロナが何でもないと話題を逸らしたのだった。


 さてそれは兎も角、今も二人の話は続いていた。

 今二人が話していたのは当然というべきか、クロノが元の世界に帰るのは容易ではないという件についてだったのだが――。


「そ、そうだ! あの女は!? 何処にいるんだ!?」

「えっ、えっ? 女?」


 突然ハッとした顔になったクロノが慌てた様子でシロナに詰め寄った。


「魔女だ! イシュリアは何処にいる!? 自分がこの世界に来ることが出来たのだ、あの女も来ているのではないのか!? あの女は危険だ!」


 クロノが気づいたのは転移する直前に彼と戦っていた魔女イシュリアについてだった。

 件の魔女は地球という別世界から来たと言っていた。

 ならば魔女は自分同様この世界に来て、いや魔女から見れば帰って来たのではないか、そう思ったのである。

 だがしかし。


「あぁ……その件だけど、たぶん大丈夫だと思うわよ?」

「えっ!? ど、どうして……」

「え~と、貴方が簡単に帰れないっていう話と関係は深いのだけど……映像と合わせて説明すれば解りやすいかしら」


 クロノの危惧を心配ないと言うシロナは、腕に装着したハイフォンを操作した。

『異世界系からの来訪者向け説明用プログラム:初級編』なるアプリから『別世界への転移について』の項目を選ぶ。

 空中に映し出された立体映像を元に、シロナはクロノにその根拠を説明していった。



 ◆



 シロナがクロノに説明したその内容を、例えて簡略化するなら以下の様になる。


 先ずは『海』に浮かぶ一つの『島』をイメージして貰いたい。

 この『島』が自分の暮らしている世界であり、周囲を取り囲む『海』は世界と世界を隔てる境界である。

 そして、この『海』の向こうには自分の暮らしている『島』以外にも多数の『島』が存在している。


 自分のいる『島』と良く似た形、環境や文化をした『島』もあるだろう。

 その『島』が並行世界――創世された始まりは同じだが、何処かで分岐した歴史を歩んできた良く似てはいるが違う世界である。

 逆にそれまで暮らしていた『島』とは住んでいる人種も、文化も環境も大きく違う『島』もある。

 こちらが異世界――世界として生まれた時から全く異なる、別の歴史を歩んできた世界である。


 この別の『島』に行こうとするのだけであれば簡単である。

 要は『海』へ出て別の『島』へ泳ぐなり何なりして向かえば良い。

 ただ、それで望んだ『島』へ無事たどり着けるか、と言われれば簡単では無いだろう。


『海』には天候があり、それにより荒れ狂う事もあるし、海流という名の時空の流れも存在している。

『島』と『島』の間は離れており、『海』に出た自分の体力が続くとは限らないし、更には『島』はそれぞれが浮島であり、一定の法則はあるが『海』の上を移動しているのだ。

 海図もコンパスも無しに向かおうとするのはただの自殺行為以外の何物でもないだろう。


 さて、ではどうすれば良いか。

 自分で泳いでいくのが難しいのであれば『船』を造る方法がある。

 この『船』とは即ち世界を渡るための手段であり、魔術を使った儀式等である。

『船』の大きさや航海能力は製作者である魔術師等の力量に依存するが、腕のいい魔術師であれば『海』を渡る航海に耐える『船』を造り出せるだろう。


 とは言え『船』が出来たからと言ってまだ安心はできない。

 上記の通り『海』は荒れることもあれば、海図やコンパス等を持っているかは別の話だし、『島』も動いているのだ。

 目的とする『島』に辿り着くためにはその『島』がどういった周期で動いているのか、一番自分の居る『島』に近づくのは何時なのかを把握し、その時期を逃さないことが重要になるだろう。

 ここでミスをすると、無数にある良く似た並行世界や異世界の『島』についてしまう事もある。

 下手な海流に翻弄されれば時空の影響により望んだ時代とは異なる過去や未来に飛ばされてもしまう。

 当然最悪なのは目的地に辿り着けず『海』の藻屑となってしまう事だが。


 今回、魔女イシュリアは自分の生まれ故郷の世界に帰るべく、その方法が多くの犠牲の上に成り立つものではあったが万全の準備を行った。

 目的の『島』が最もクロノらの居た『島』に接近するのは何時なのか、前回時期を逃してから虎視眈々と魔術儀式を実行するのに最適な日を見定め。

 その『島』に確実に渡るため、180年もの年月をかけて膨大な魔力を集めて考えうる限り最高の『船』を造り上げ。

 自分が召喚された儀式を反転させる事で、移動する航路をかつて転移させられた際の航路を遡る様にして、誤った『島』に着いてしまわぬようにした。


 ともあれ成功すれば彼女は帰ることが出来たのだろうが、それをクロノが邪魔をした。

 言うなればクロノはイシュリアが造り上げた本来一人乗りの『船』が出港しようとした寸前に乗り込んで来た挙句、『船』を壊して航海不能にしたのだ。

 結果『船』は途中で転覆し二人は『海』に投げ出され、その運命は神のみぞ知るところだったのだが……。


 イシュリアの行った様な、自分が望む世界へ自分が渡る術は膨大な力や超高等で精密な技術が必要になり、先ほどまで説明して来たような『船』等が必要になる。

 しかしシロナの行ったケット・シー程度が対象で、更に誰でも良いので呼び出したいという術はそこまで難しくはない。

 言うなれば釣り竿の先にマタタビを付けて『海』に流し、最初に引っかかった獲物を引き寄せるような物だからだ。

 ところが今回はクロノがそれに奇跡的に引っかかる事が出来た為、九死に一生を得た。


 一方もう一人の漂流者、イシュリアの方は――。



 ◆



「ではあの女は……?」

「クロノと一緒に現れなかった以上、『海』に飲まれたか、全然別な方向に流れていったか、魔女の言うところの元の世界に帰れたのか……流石にどうなったか確かめる術は無いわね」


 大体の説明を終えたシロナは映していた映像を切った。

 一方、聞き終えたクロノは複雑な表情となっていた。


「納得が行かないって顔をしているけれど、ある程度は割り切る事も必要よ?」

「それはそうなのだが……やはりどうしてもな」


 自分の住んでいた国を幾度も危機に陥れた魔女が生きているのか? それとも死んでいるのか? それが誰にもわからないという事がスッキリしないのだった。


「まぁ魔女の方はおいおい気持ちの整理をつけてもらうとして……貴方が元の世界に帰るのは難しいって話に移りましょうか」

「む、そう言えば元はその話だったな」

「と言っても先ほどまでの説明を聞いていればそんなには難しい話じゃないわね。クロノは私の術に引っかかって“地球”という『島』に着くことが出来たけど……逆にクロノが元いた『島』がどっちの方角にあるか答えられる?」

「え」


 シロナの言葉にクロノは言葉に詰まってしまう。

 散々今回の転移について『島』や『海』に例えて来たが、それに倣うなら漂流者だったクロノは元の『島』に向かおうにもそれが何処なのか、自分自身把握していないのである。


「例え私が魔女と同じように魔力を集めて『船』を造って貴方を送り返そうとしても、『島』の方角も、いつなら“地球”から渡れる距離にあるのか判断できない訳だから……」

「一か八かの航海になってしまう、そうゆう訳か……」

「そうゆう事。正直成功する確率は全くと言っていい程無いわ。流石にこうして助けた人をそんな冒険に送り出すのは気分が良くないもの。残念だけど……」

「元の世界へは帰れない……こちらについても整理を付けなければ駄目か……」


 薄々感じてはいた事だったが、改めて告げられた現実にクロノはガクリと肩を落とすのだった。

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