1-2 プロローグ2
日時や時間の表現等の一部を除き、一桁の数字は基本的に漢字で記載していきます。
読み辛いと感じてしまうようでしたらご意見をいただければと思います。
●多元歴79年 4月26日 23時52分 日本連邦 桂木市 カタギリ邸地下室
ややホコリ臭さ漂う地下室で、シロナ・カタギリ・マクレガー(片桐・白那・マクレガー)はとある魔術の準備をしていた。
因みに地下室には彼女以外に男女が三人いたが、シロナの作業を手伝う気配は無い。
三人の内、眼鏡をかけた少年は携帯端末からずっと目を離しておらず、浅黒い肌をした大柄な少年はつまらなそうに壁に寄りかかっている。
暗緑色の髪が毛先に行くにつれ色が抜けたように変色しているという特徴的な髪色をした少女は、地下室に設置された棚や床に置かれた箱の中に大量に溜め込まれ、整理されていない怪しげな物品の数々を眺めていた。
「ここが……繋がって……ここは? ……あぁ、印を刻むのね……」
シロナもまたそんな三人に頼ることなく、魔術書の記述と照らし合わせながら一画ずつ丁寧に床面に不可思議な文様を描いていく。
彼女が手元で開いている魔術書は西アメリカの魔術の名門大学で歴史学科の教授を務めている祖父が残していった蔵書で、表紙がかすれてしまって題名は読めなくなっているが彼女の目的としている魔術――すなわち召喚魔術について詳しく記述されていた。
「最後にこれを……こうして……よしっ! 完成っ!」
多数の複雑な図形が組み合わされた陣を描き終わると、シロナは魔術書と自分の描いた陣を何度も見返し、ミスが無いことをチェックした。
「合っている……わね。良し、そうしたら……」
「終わった? 魔術ってのは準備が面倒くさいな」
召喚陣の外に立ち、集中を始めようとしたシロナに横から声がかけられた。
声をかけたのは先ほどからずっと携帯端末を弄っていた眼鏡をかけた少年だ。
「もう、ここからが大事なんだから集中を乱さないでよソーマ。しかも準備が面倒くさいって酷いじゃない。――そりゃ貴方やアサギみたいな人から見ればそうかもしれないけど、魔術っていうのはそもそも神の奇蹟や悪魔の業、精霊の秘儀とかを人の手で……」
「ねぇシロナちゃん。兄さんの相手しているのは良いけど早くしないと零時になっちゃうよ? 召喚魔術は時間も大事って言ってなかったっけ?」
「う、そうだったわ。ありがとアサギ。集中、集中……」
ソーマと呼んだ少年に反論し話を続けようとしたシロナに、今度は地下室に置かれた物品を眺めていた少女――アサギが注意を促す。
ソーマを兄と呼ぶ以上、兄妹なのだろう。
実際ソーマによく似た風貌をした彼の双子の妹、アサギはシロナにそう声をかけた後、地下室の棚に手を伸ばそうとした。
「ってアサギそれは触っちゃダメ! お爺様の大事なコレクションだから! ……もう、エンジ! ちゃんとアサギを見ておいてよ!」
集中し直そうとしていたシロナだが、アサギが不思議な輝きを放つ宝石に手を伸ばそうとしている事に気づき慌てて注意した。
アサギが手を引っ込めたことを確認すると、シロナはずっと無言で壁に寄りかかっていた大柄の少年――エンジに矛先を向けた。
向けられた側のエンジは不機嫌そうに答える。
「……は? 何で俺が? 俺はこの兄妹に無理やり連れてこられたんで正直帰りてぇんだが」
「え~! そんなこと言わないでよエンジさん。折角シロナちゃんが召喚魔術なんて珍しいモノを見せてくれるっていうんだし、一緒に見ましょうよ」
「興味ねぇんだって言ったろうによ。俺は俺で夜中忙しいって事は知っているだろ? 何で連れて来たんだよ」
「いや、シャイでコミ障なエンジに少しでも社会復帰してもらおうと思って」
「ざけんな馬鹿ソーマ。ていうか人を勝手にボッチみてぇに呼ぶんじゃねぇ」
「え……でもエンジさん、学園じゃ番長扱いで怖がられていますし、友達って私達以外にいましたっけ……?」
「アサギもその認識か!? ぶっ飛ばすぞこの馬鹿兄妹!」
「……取りあえず本当に集中したいから、大人しく静かにしてくれないかしら三馬鹿達」
「「「纏められた!?」」」
いよいよ時間が差し迫って来たシロナはギャアギャアと騒がしい友人達に釘を指すと、魔術の準備に頭を切り替えて集中し始めた。
手にした愛用の杖を通し、陣の端から徐々に魔力を流して行くと、シロナの魔力は地下室の床面に描かれた線にそって淡い光を放ちながら進み、やがて陣全体を照らし出す。
日付が変わり午前零時。
最も適した時間となったことを確認し、シロナは目的のものを召喚すべく呪文の詠唱を始めた。
◆
もう今更説明するまでもないだろうが、シロナは魔術師である。
中世の魔術師狩りから逃れ、当時の魔術を伝え続けていた魔術師としては名門生まれの祖父譲りの高い魔力、魔力の量はさほどではなかったが多数の魔術を習得できた父譲りの魔術制御力、そして母の容姿をそれぞれ良い方向に受け継いだらしく、同世代の魔術師の中では上位の方に挙げられても遜色はない実力を持っている。
残念ながら生まれつき魔術の系統変化【貧攻豊生】のために攻撃系の魔術はからっきしと言ってよかったが、それ以外の魔術、例えば補助魔術や防御、回復用の魔術や生産系の魔術といった物であれば様々な魔術を制御し、高い精度が必要な魔術すら操ることができる。
容姿のほうも素晴らしい。
胸元のふくらみとウエストから下にかけての曲線のラインは十二分に女性らしさを感じさせるボリュームがありながら、長身である分全体的にスレンダーな体型に見える。
四肢はスラリと長く、特に高い位置から伸びる美脚は身長の半分以上もありそうで、まるでモデルのよう。
強い意志を秘めた切れ長の眼と、輝くばかりのシルバーブロンドの髪が端正に整った顔立ちの美しさをより際立たせていた。
学園での成績も常に上から10番台以内に入っているという、才色兼備と言っていい彼女だが……ただ一つだけ欠点があった。
それは現在のカタギリ邸内の惨状を見てもらえば一目瞭然だろう。
寝室の床や机には魔術の研究で使用した魔術書や機材が転がり、何か計算式や文様の描かれた紙が散らばっている。
脱衣場の洗濯機には衣服がクシャクシャの状態で詰め込まれ、しかもそれを洗った様子が無い。
キッチンの流し台には水に浸かっただけの皿が積み重なり、ゴミ箱にはコンビニ弁当やインスタント食品の空き容器が溢れ、さらには口を縛っただけの同じような状態のゴミ袋がその側にいくつも捨てられずに残っていた。
食堂ではゴミ袋に入れることすら億劫だったらしき飲み終えたジュースの缶や、通販とデリバリーのピザ等の段ボールが散乱していると等々。
カタギリ邸は順調にゴミ屋敷への変貌を遂げている最中といってよかった。
要するに――シロナは片づけとか、料理といった家事能力を持っていないタイプの残念な美人だった。
今回シロナが召喚魔術などに手を出したのもそれに起因している。
事の発端はカタギリ邸に住んでいた、現在この地下室にはいないもう一人のシロナの友人、リラと言う少女が諸事情により四ヵ月家を空けなければならなくなったことから始まった。
カタギリ邸は広い。
シロナを溺愛する祖父が継ぎ込んだだけでなく、元々シロナの母の実家のカタギリ家が桂木市における旧家の一つだったためでもあった。
そんな広い邸内で家事関係のほとんどを行ってくれていた彼女から、出発前にシロナは何度も掃除、片づけ、整理整頓と耳にタコができるほど言われていた。
そして「大丈夫、大丈夫。心配しないで」と言って送り出して数日はシロナもちゃんとやっていたのだが、その後四ヵ月あまり大きな事件も無かったため、いい機会だと魔術の研究やターミナルからの仕事の依頼に没頭してしまっていた。
時が経ち、リラから「後数日すれば帰れそうです」と連絡が届いたそこで、シロナが惨状に気づいた時には手遅れの状態だった。
一応、ふとした瞬間に片づけようとはしていたのだが、「まだ大丈夫」と先延ばしにし続けた結果である。
シロナは自己分析の結果、早々に自力での片づけは自身の家事能力では不可能と察し、その案を放棄した。
そこで魔術師ではないが、それぞれ特異な能力を持っている事から市内で自警団的な活動を共に行うチームを組んでいるソーマ、アサギ、エンジら友人達に手伝いを頼んだのだが、これは「いや、自業自得だろそれ」とにべもなく断られる結果となった。
頼みの綱だった友人達に断られたシロナは次の手段を取る事にした。
それこそが『召喚魔術を用いて片付けのできる使い魔を召喚し掃除してもらう』という……結局はある意味で他人頼みな手段である。
◆
「台所とか見てきたがアレはヤバイよな流石に。兄弟もそう思うだろ?」
「兄弟と呼ぶな馬鹿ソーマ。だがまぁそれは確かにな。たかが四ヵ月程度でよくあそこまで汚したもんだ」
「散々言われていたのに……この状態でリラちゃんが帰ってきたらどんな反応しちゃうのやら」
「そう思うならお前ら兄妹が片付け手伝ってやれば良かったじゃねぇか。実際一度は頼まれたんだろ?」
「いやいや兄弟よ。誰が楽しくて知り合いとはいえ他者が汚した家を片付けるんだ? 原因はそいつの自堕落っていう自業自得だっていうのに。せめて金か何か発生すれば話は多少違うが」
「ボクはエンジさんの部屋定期的に片付けに行っているけど?」
「ほほぅ。もう通いな感じかね妹よ。兄弟も中々隅に置けないな……」
「いや、馬鹿ちょっと待ておい!? 何故そうなる!? とゆうかアサギもわざわざ片付けに来るなって言ってんだろこっちはよ!」
「もう、照れなくていいのにエンジさんは。ボクは構わないのに」
「ちなみに俺や母も気にしていないからな。どうする? 婚姻届と印鑑の用意母にしてもらっておくか?」
「死ね! 馬鹿兄妹!」
友人達が後ろでヒソヒソと好き勝手なことを話しているが、集中しているシロナは気が付かないまま詠唱を続けて行く。
シロナが召喚しようとしているのは、猫の妖精として伝えられるケット・シーだ。
二足歩行する猫の姿をしており、言語を理解し会話もでき、また人間とも友好的な者が多く、独自の魔術を使用して主人と認めた者をサポートしてくれるとされる。
さらに召喚しようとする対象によって難易度が大きく変わる召喚魔術であるが、ケット・シーは召喚の難易度もそれ程高く無い事が、今回チョイスした理由の一つだった。
ちなみにそれ以外にも理由があったのだが、それについては彼女の友人達の先ほどから続いていたヒソヒソ話に出てきていた。
「家事系が使えないなら別系統の魔術で代用すれば良いのよ! 自分で出来ないなら出来る者を召喚して使役すればいいじゃない! ……とか何とか言っていたがそれはそれで才能の無駄遣いってやつじゃねぇか?」
「使い魔と言ったら黒猫よね、モフモフできるし可愛いし……ともシロナちゃん言っていたよね」
「あいつ魔道具作りしながら俺と同じくらい深夜にアニメとか見ているからな。旧暦時代のアニメ復刻チャンネルで美少女戦士ものとか見ていたようだし」
「多分それの影響なんだろうが……召喚する理由も召喚対象をチョイスした理由も、実は馬鹿ソーマと同じレベルってのはちょっとな」
「ま、まぁシロナちゃんも女の子だし……そうゆうのに憧れはあったんだよきっと」
……先ほど才色兼備と紹介した事を撤回したくなるような、他の魔術師が聞いていたら色々と激怒しそうな理由であった。
さて、そうしているうちにシロナの詠唱は終わりに近づいていた。
召喚魔術における最大の山場である『何を呼び出すか』を設定する詠唱を終え、後は魔術の発動キーともいえる『力ある言葉』――即ち使用する魔術名を唱え、術の制御に成功すれば完成となる。
「我の呼びかけに答えいざ現われよ! <召喚(サモン):ケット・シー>!」
シロナがその『力ある言葉』を唱え終えると、陣が一際大きな光を放った。
「よしっ! 成功ね!」
召喚魔術の成功を確信したシロナは一瞬グッとポーズを取って喜びを表現し、続けて呼び出す者を強くイメージしながら魔力の供給と術の制御を行っていく。
シロナと話すのをやめていよいよか、と注目しだした友人達の視線の先で、陣の中心から溢れる魔力の光が強くなっていった。
その光が最後に一際強く輝き納まった時、そこには召喚されたものがいるはずだった。
光が強くなり……
光が溢れていき…………
さらに光が強くなっていき…………
さらにもっと光が溢れていき………………
さらにさらに光が強くなっていき………………
………………………………………………………………?
「ねぇ兄さん? 何か……どんどん眩しくなってきてない?」
「おう。それに何かやたら長くないか? ゲームとかだと一回カッと光ってそれが納まったら召喚されたモンスターとかがいるもんだが……」
「ゲームと同じにするな馬鹿ソーマ! ――シロナ! さっきから変じゃねぇか!? 妙な力の流れを感じるが召喚魔術ってのはこうゆうもんなのか!?」
「あ、あれっ!? こんなはずじゃ……!?」
光を見つめていた一行は慌て始める。
光は一向に弱まる気配は無く、今ではその陣の中心から、というより全体から光は溢れ強くなって来ていた。
さらにはいつの間にか魔力が自分からではなく、むしろ陣側から放出され始めていることにシロナは気づいた。
「嘘……失敗!? 陣も詠唱も間違ってなかったはずなのに!」
魔術書に素早く目を通し、召喚の手順や条件付けなどが間違っていなかった事を確認するが、目の前で実際に召喚魔術はシロナの制御を離れようとしていた。
シロナは必死に陣からの魔力を抑え込もうとする。
流石にまずい事態が起こっていると気づいた友人らも慌て始めた。
「まさか、失敗か!? おいおい、召喚魔術もお前の【貧攻豊生】に引っかかるのかよ!」
「ちっシロナ! こっちで何か出来るようなことは!?」
「と、兎に角シロナちゃん! 何とかして~!」
召喚魔術の失敗には大きく分けて二つのケースがある。
一つは単純に術者の力量や魔力が足りない、方法が間違っていた事による召喚失敗である。
これは召喚しようとしたものが現れず、魔力等を無駄に消費するだけで終わる。
もう一つは何らかの形で召喚魔術が暴走し、術者の意に反するものが召喚されてしまった場合である。
術者の力量を超えた存在を偶然呼び出してしまったり、別世界への扉が一時的に開かれ全く未知のものが現出してしまうこともある。
高位悪魔や邪神等を偶然呼び出してしまったりすれば術者の命だけでは済まされず、こちらの世界で暴れ出し大きな犠牲が出ることもあり、召喚魔術の失敗で術者が命を落とすのはほとんどこのケースと言っていい。
そして今現在起きている現象は、このケースの可能性が非常に高かった。
陣からの光は直視できないほどに強くなっていき、やがて――。
「駄目……! これ以上は……もう……きゃああああ!」
「ちょっ!? やべっ!」
「ぬおっ!?」
「ひゃっ! エンジさ~ん!」
シロナの努力も空しく、膨れ上がった光が轟音と共に弾け、魔力が荒れ狂う。
地下室に置かれていた様々なものが砕け、シロナ達も吹き飛ばされた。
やがて魔力は治まったものの、陣の描かれていた部分を中心に吹き飛ばされた品々で地下室の壁際にはガレキの山が出来ていた。
「痛った~! うぅ……何が起きたの……?」
シロナは自分の上に載ったガレキをどかしながら身体のあちこちの痛みを堪え、何とか立ち上がった。
視界は埃が舞い上がっているせいで悪く、自分の周囲以外はほとんど何も見えないが、それでもあれだけの魔力で荒らされた地下室がどんな状態であるかは彼女にも容易に想像がついた。
「あぁ、地下室はメチャクチャ、お爺様のコレクションも……どうやって言い訳すれば――っ!」
地下室の惨状に思わずシロナはぼやきかけたが、その途中でハッと息を呑み、陣の方を警戒する。
ただ召喚に失敗し、噴出した魔力が爆発しただけだったらいいが、万が一ナニカが呼び出されていたとしたら?
そしてそれがシロナの言うことを聞いてくれる保証などどこにもない。
周囲のガレキを漁り、杖を見つけたシロナは身体強化、魔術障壁といった強化系の魔術を幾つも自分にかけていった。
「ゲホッ! ゴホッ! 埃が……」
「グッ……! おい、アサギ……しがみつくな……邪魔だし重いんだよ……」
「エンジさん酷い!」
「っ! 皆、警戒して!」
続いて自分に遅れて先ほどの衝撃から起き上がって来た友人達に警戒を促すと共に、彼らにもシロナは強化系の魔術をかけていった。
「(私達四人でどこまでやれる? 魔術関連は私の担当だけど、私じゃ攻撃魔術はほとんど使えない……場合によっては何とか逃げて『ターミナル』に連絡を取らなきゃ……)」
シロナ達は最大限の警戒態勢を取りつつ、視界の先に何が現れるのか舞い上がった埃が治まるのを待った。
そして視界が開けたシロナ達は、
「――何これ?」
ボロボロの状態で倒れている、鎧を着た見知らぬ人間を召喚陣の中心に見つけ、思わず首をかしげることになったのだった。
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