戦え、勇者さま 中

「ゆーしゃさま、どうしたの?」

 俺の顔を見上げてくるのは、近所に住むリエちゃん、まだ義務教育も始まってない年齢の少女だった。彼女とは行きつけの公園でよく顔を合わせる中であり、俺が「流星剣」で素振りをしているときに目をキラキラさせながら近づいてきて、「私にも教えて!」と声をかけてきた。さすがに女子に真剣を使っての剣術はどうかと思ったし、よくよく話を聞いてみれば日曜の朝からやっていたテレビ番組に酷似していたから真似たくなったというのが本音らしいし。ただそれ以来、彼女は俺のことを「ゆーしゃさま」と呼んで、なついてくれる。


「そうですね、少し疲れて」


 人間生活に馴染めなくて。

 などとは言えない。言っても理解できないだろうから。……いや、それは失礼か。けれど少女に分かりやすく語る言葉を今の俺は持っていない。いや、どんな人間も自分の負けざまを上手に説明することなんてできやしない。


「うちのお父さんもよく同じ顔をしてるよ」

「大変ですね」

「ううん、でもリエのこと見ると笑ってくれる!」


 我が子とはそんなにかわいい者だろうか?

 レイラのお腹には――確かに自分の子供居て。

 あと一年もしないうちに生まれるだろう。それが楽しみではないといえばうそになるが、正直にいえば自信がない。父親になる自分。家族の一員である自分が想像できない。そしてそれ以前に「働いて一家を養う」というこの世界ではごく当然のことが、俺にはできないのだった。

 俺が黙っていると、リエちゃんが不安そうに顔を曇らせたから、俺は笑顔をつくり、手を振る。それを見て満足したのか、彼女は「ばいばい!」と元気よく手を振って、母が居るであろう方角に駆けていった。


 理由は分かっている。分かっているのだ。レイラは気をつかって明言こそしなかったものの、何度も仕事を首にされたことで、俺にだってぼんやりと事情が分かってきた。


 要するに、黙って居られないのだ。

 不合理で非効率的なやり方で。もっと成果が出る方法があればそれを口にしてしまうし、立場を利用して嫌がらせをしていれば、それをとがめてしまう。仕事中に困っている人が居れば仕事を中断して助けてしまうし。ああ、なんてこの世の中には弱者が多いものかと俺はなげくのだった。

 そんな俺のことを「お人よしの馬鹿」と、昔レイラに言われた。自分の事情を放り投げてまで相手のために動くやつがどこに居るのかと。それはもう「いい人」とかの範疇を越えて「ただの馬鹿」だと。まったくもってその通り。お人よしで飯が食えればいいのだが。

 どうしてレイラは1つの仕事を継続できるか、と言えば。彼女の「必要なことはとことんまで突き詰める」という負けず嫌いな性格もあるけれど、彼女は徹底した個人主義だからだ。自分に厳しく、他人にも厳しい。魔族は他人を思いやらない。死んでも自己責任だし、不注意などもってのほか。仮に自分の力量不足で命を落としても「そりゃ見極められなかったお前が悪かった」と笑い話になるだけである。そんな彼女だから不必要に他人を手伝ったりせず、干渉せず。必要であれば関係を持つけれど。そのスタンスが「冷たく」見えるけれど、どうもこっちの世界にはそれが適しているようで。


「はあーーーー…………」


 自分で思ったよりも長い溜息が出た。



 強いものが勝つのではない、勝った方が強いのだ、と剣の師匠は言った。

 世の中の理(ことわり)を、感じるのではなく、言葉にしなさい、と魔法の師匠は説明した。

 感覚派と理論派の二人が、お互いを認めるわけもなく。会うたびに言い争いをしたり、……死闘を繰り広げたりしていたが。今にして思えば、仲がよかったのだと思う。

 相手と自分との関係に頓着せずに、自分の意見を言える。

 自分はああだと、おまえはこうだと好きなことが言える。それが仲の良さの裏返しでなくて、なんだというのだろう? 行きつく先が喧嘩だっだとしても、それさえできない自分には。


 ……自分は、レイラと喧嘩できるだろうか?



 できない。

 無理だ。


 関係が壊れるのが怖い?

 それは信頼してないからではないか?

 ぐるぐると疑念が頭の中を渦巻いて。

 答えを出せなくて、考えるのをやめる。

 向いてないのだ。

 考え込むのに。

 体を動かそう。汗を流そう。そうすれば悩みも汗とともに流れて、モヤモヤも晴れるはずだった。


 俺は物干しざおと化した「流星剣」を正眼に構え、師匠に教わった壱の型から、順に体を動かしていく。刃先を斜めに振り下ろし、すかさず手元を返す。後ろに下がり、しかし相手の急所から切っ先はずらさない。


 体にしみ込んだ動きを繰り返す。

 そうすることでまるで瞑想をしているように、気持ちが落ち着いていくのが分かるのだった。



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