戦え、勇者さま 前
戦え、勇者さま
彼の名前はルーク・アストリア。剣を持たせれば天下一。魔法を使わせれば超一流。頭脳明晰容姿端麗、無骨だけれどどこか憎めない無邪気な笑みに、大抵の人間はいちころだという。
が。
そんな人間の長所ばかりを集めたような彼が、六畳のコタツ兼テーブルの上で頭を抱えている。うんうんと、とても分かりやすく悩んでいるようだ。気晴らしに「解呪魔法」でもかけてみようか。とくに私の解呪は魔界一と誉れ高いから、天使族から不死族まで一発で昇天するすぐれものだ。まさかかの高名なルークなら、昇天など起こりはしないだろう。ま、そん時はその時考えよう。私が人差指を彼の方へ向けて、呪文の礼文の第一項を詠み始めた時に。
「ダメだあああああああああああああああ」
と彼は叫んだ。
〇
「何がダメだったんだ。お姉さんに話してみなさい」
私がお茶を淹れて彼の前に置くと、彼はそのまま茶碗を引き寄せて、まるで捨てられたずぶ濡れのケルベルスのような顔でこちらを見上げた。表情は弱弱しく、眉は八の字に垂れ下がり、目にはいつもの光が宿っていない。そんな顔をされるとお姉さんは良くも悪くもドキドキしてしまうが、内心の動揺を押し隠して。
「こりゃあ大分重症みたいだな」
と、相手の気持ちによりそう台詞をチョイスする。
これもこちらに来てから学んだこと。不用意に本音を漏らさない。理屈をぶっとんで、自分の要求を突き付けない。力で相手を従わせない。ルークは気長に、時たま手をぬいたり匙を投げたりしながらも、私が人間世界に適応できるように「教師役」をしてくれた。今の私が居るのも彼のおかげだし、その恩はなんらかの形で返したいと思っている。それは彼に対する好意とは、別の感情だ。
話をするだけでも楽になる、というのは何かの本に書いてあったいわば雑多な知識の1つではあるが、この場合は有用だろう。私は努めてわざとらしくならないように、けれど彼の悩みの本質が何なのかつかめるように全身を「感覚器官(アンテナ)」にして方向を彼へと定める。
「ダメだったんです。また落ちた」
「仕事か? 急ぐことはないさ。必ずお前にあったのが、見つかるはずだから」
その言葉に、嘘はなかった。
……間違いなく本心だった。
ルークは何でもできた。体を使う仕事なら何人分もの働きを一人でこなすだろうし、営業につけば相手に臆することなくトークを繰り広げ、挫折することなく続けられるだろう。それが「勇者」として与えられた彼のステータスでもあり、長所でもあり。
そして欠点だった。
私に人間の社会のことを教えてくれたのはルークだった。けれど彼は致命的に、社交性に欠けていた。……うん、その言葉には語弊があるな。彼は強すぎて、完璧で、努力で何もかもを手に入れられるから、「弱い者の気持ち」が分からなかったのだ。
教えられた仕事は人一倍きちんとこなすし、苦手なことも克服していく。……それも、尋常ならざるスピードで。すると教える側の立場はもちろん、先んじて働いていた人間たちの間に生まれる「嫉妬」「ねたみ」「そねみ」という、魔族にとっては同じみの感情。出る杭は打たれるという言葉があるようだが、ルークの場合は逆だった。出過ぎた杭は引っこ抜かれ、捨てられるのだ。彼が守ろうとしていた「弱い者たち」の中から彼は排除されるとは、なんとも皮肉な結果だが。
「だい、じょう、ぶ?」
「なんで片言になっているのか分からないが、大丈夫だぞ。
私が保証する。魔王さまに太鼓判を押されるなんて、めったにない経験だ」
そりゃそうだ。私は太鼓判なんて押した覚えはないからな。
「だってレイラは世間ずれしているし」
「それがなんだ! 客観的に見たってお前はすごいやつだぞ」
「じゃあどうしてまっとうに働けないんです?」
「う……」
その答えを。
私は持っていない。
「……すいません。少し言いすぎました。
頭を冷やしてきます」
そういうと、ルークは。
馴染みの物干しざおと化した愛剣を手に、部屋を後にした。
私が言いたかったのは、そんなことじゃなくて。
お前がどんなやつでも、
すごいやつでも。
……その逆で、とんでもないダメなやつだったとしても。
ずっと傍に居るよっていう。
ただ、そんな言葉だったはずなのに。
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