戦え、勇者さま
幕間 最果ての勇者 たどりついたその先に
戦え、勇者さま。
世界は闇に覆われていて。
世界は混沌に包まれていて。
息苦しくて、生きるのがつらい。
「誰かが救ってくれるだろう」の他力本願が結晶化して。
勇者ルークは生を受けた。
強く、優しく、美しく。
まるで世界の神様(造物主)が「これでもか、これでもか、」と丹精込めて作り上げたかのようなきらびやかな容姿にそれに劣らぬステータス(能力値)。彼はルーク(駒)と名付けられて、生まれた瞬間から戦うことを運命づけられていた。
剣を取れば世界最強。
魔法を使わせれば世界最強。
その矛先は混沌の権化たる魔族へと向いていくけれど、
強くなるたび、
旅にでるたび、
人を助けるたび、
世界を平和に近づけるたびに。
彼の胸に訪れるのは。空虚。空虚。空虚。
からっぽで、影も形もない、音も色もない、ぼんやりとした空洞だけが広がっていく。
理由はあった。答えはなかった。彼が助けるたびに向けられる視線。その中に込められた「畏怖」。強すぎて、理解できなくて。理解できないから、すなわち恐れの対象で。「人間離れした」強さの彼は、いつしか「人間である」とみなされなくなっていった。人のために、戦うのに。そしてまた訪れる空虚。がらんどうになった胸の中に、乾いた風がとおり、隙間からひゅーひゅーと空気が漏れる。自身の声に気づいた彼は、任務を放り出して逃げ出したくなるけれど、それもできずにただその場に崩れ落ちる。本来はしたたり落ちるべき涙も、「勇者だから」と押しとどめて。彼は自分の愛剣を抱いて、うずくまる。
「世界の調整者(ピースメーカー)」と揶揄されていた。
魔王を倒し、世界に秩序をもたらすだけの「機械」だと。血も涙もなく、汗も笑顔もない。歯車じかけの機械だと。
そのとおりであれば。
自分に心などなければ。
世界など簡単に救い。
その後。
その後、どうすればいいのだろう?
「魔王を倒すため」に作られた機械(勇者)は、「魔王を倒したあと」、役目を終えたその世界で。化物と自分を呼んでくる、子羊たちにまみれて。
○
たどりついたその先で、魔王さまは笑っていた。
赤くて紅くて、美しい。
全身全霊を込めよう、とルークは思う。命の限りを尽くして。体中の力を振り絞って。ぞうきんのようにしぼりつくして。……そして消滅できればいい。
互いの技と魔法がぶつかりあい。
世界を崩壊させるほどの力がせめぎあい。
身体がミシミシと音を立てて「滅して」いくけれど。
けれど、死ななかった。
気がつくと、目が覚めた。
身体を起こすと、目の前に居たのは魔王さま。
「なかなかやるな」
と笑ってみせた。
ああ、これじゃ意味がない。
俺の役割はもう終わり。
世界を救えないなら。
魔王を倒せないなら。
全部が剥がれ落ちて――。
「腹が減った」
と、魔王は言った。
勇者は力なく座り込み、魔法で薪に火をつける。
もはや何もしたくないけれど。
腰にぶらさがっている干し肉をあぶり。
それを、魔王に手渡した。
彼女は驚いた表情でそれを見つめ、しばし考えたあと。
一心不乱にかじりついた。
「うまい!」
そうか、と思う。
「お前、才能がある!」
世界を救う才能なら、と。
「違う、おいしいものを作る才能だ!」
そんなもの。
……。
「だ、だからというわけじゃないが、結婚してやる!
別に売れ残ったとか、そういうわけじゃないぞ。
魔族は長寿だからな、そういう意味で妾は結婚適齢期である!
ありがたく思え!」
ふ。
ははは。
そうですね。
魔王さま。
そんな風に結婚するのも、面白いかもしれない。
俺に世界は救えなかった。
魔王は倒せなかった。
仕事を果たせない勇者(道具)に、価値はない。
いつか誰かが別の勇者が現れるだろう。俺はそれに耐えきれず、存在感をなくしていくだろう。俺にそれ以外の生き方なんてないのだから。
そう思っていたけれど。
俺のことを必要としている人が居る。
それだけで俺の生きる意味はある。
もう世界なんて救わなくていいのだ。
道具としての勇者としては使い物ならなくなり。
「人間」としての俺は、この腹ペコ魔王に救われたのだ。
陰陽の対極にある俺らが。
異世界にきて、勇者は役割をなくしてただの男になり、そして魔王と結婚した。喜劇にしたら、少しは笑いが取れるだろうか。悲劇にしては、少し出来すぎているから――。
さ、ごはんですよ、魔王さま。
まずは剣を置いて、食器を持ちましょう。
食べ終わるころには、お互いのことをもっと詳しくなってるはずです。
おいしく食べて。
少し笑って。
今後のことを考えましょう。
――いただきます。
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