お花見ですか、魔王さま

さ、魔王さま帰りますよ。

 え? 今来たばかりだ?

 そんなことはないですよ。たっぷり日も暮れてるし、終電もなくなっちゃいます。

 ここで寝るからいい? そんなこと言わないでくださいよ。風邪ひきますし、第一心配です。……なんで嬉しそうな顔してるんですか。そんな顔するなら、ほっぽって帰りますよ。俺だって明日、朝早いんですからね。


 え? なに? 愛してる? って、俺に言えってことですか?

 ……。

 ま、続きは帰ってからにしましょう魔王さま。

 そしてお酒が抜けたらね。



「春だ!」

 叫びながらレイラは窓を「ばん!」と開けて、遠くの方を眺めている。すんすんと、まるで動物のように春の匂いを嗅いで、「春だな!」とまた叫んでこちらを振り返った。赤い彼女の視線がまっすぐとこちらを見据えていて、背後から差し込む柔らかな光に照らされて、彼女の輪郭がぼやけて見えた。

「そうですね」

 俺は答えて、とぽとぽと急須からお茶を注いだ。春だし温かいし、なんだか気分もいいが、それはそれとしてお茶を飲む俺である。お茶はうまいし、団子も食べたい。それは人の性としてしょうがない。


「花見に行こう!」

「えっ……、あっ」


 思わぬ言葉が聞こえて、俺は手元を狂わせてお茶をこぼしてしまった。


「なんだ大丈夫か。治癒魔法をかけてやろうか」

「いえ、火傷するほどではないので。

 それより花見と聞こえましたが」

「言葉通りの意味だ。隣駅から歩いてすぐのところに、桜が満開の隠れスポットがあるらしい。せっかくの休みだし、花も満開みたいだから、そこに遊びに行くっていうのはどうだ」

「そりゃ素敵ですね。けど」

「けど?」

 俺の言葉に、不安げに顔を曇らせて。

「けれど、お花見と言えばお酒を飲むものでしょう?」

「なんだ、私が酒に飲まれることを心配してたのか。

 安心しろ! 魔界随一と言われた酒豪だぞ!」


 という彼女の言葉を信じた私が馬鹿でした。




 魔界で一番、と例えたのは誰だったか。おそらく間違いないであろう。目の前の惨状を見て頭に手を当てて、俺は確信する。

 ただ問題なのは一番だったのが「酒の強さ」ではなく、「酔ったあとの暴れ方」だとは。


 最初は、ふつうだった。二人で桜を見ながら歩き、桜のトンネルをくぐり、遠出に見えるボートを魔王さまが羨まし気に見つめ、後で乗りましょうかとか、そんな恋人ちっくな会話をしてる中だった。出店でりんご飴を買ったり、たこ焼きを買ったり。飲み食いしてる中だった。その店はぽつりと、通りから離れた場所にたたずんでいた。恐らく未成年に考慮してのことだろう。

 ワインバー。

 と看板を掲げていた。

 たった一杯だけだと思った自分も甘かったのだ。


 まさかその一杯でワインと同じくらい、顔を真っ赤にしてしまうとは!



「レイラ。あなた酔ってますね。

 実は弱いんでしょう」

「うむ……うむ!

 ヒトというのはすごいな! 実に知恵に溢れてる。

 こんなに美味なものを作るなんて! 

 向こうの国では「ワインは神の贈り物」などというらしいが、間違いない。

 まさに天の恵みに乾杯!」

 そう言って、彼女は二杯目を一気にあおる。

「……そんなこといって誤魔化したってダメですよ。

 自分の足で歩けなくなったら、おいてきますよ」

「なんでだ! このヒトでなし!」

 魔王であるあなたに言われたくは――と思ったが、それは止めておいて。

「だって今日は久しぶりのデー」

 二人きりの日なんだから。


 と言いかけて。

 なんだか気恥ずかしくて、その先をいうのをやめてしまう。


 その一瞬の隙を縫って、レイラが三杯目を一気に喉に押し込んだ!



「いやあ姉ちゃん、いい飲みっぷりだなあ」

 近くにいた中年男がレイラに声をかける。その声に気をよくしたのか、「もういっぱいだ!」とワインをオーダーする。すでに俺の中には嫌な予感しかしない。


「どうだい、俺ら飲み比べやってるんだけど、姉ちゃんも参加しないかい」

 その男はよからぬ企みに誘い込もうとして

「レイラ、もうその辺にしたほうが……。明日もあることですし」

 俺が止めようとすると、

「私が負けると思ってるのか!」

 とこちらを睨んできた。


「絶対最強凶悪無比の魔王が、こんな舐める程度の酒ごときにやられると!」

「いや、勝つとか負けるとかじゃなくて。その、お酒を飲むだけなら家に帰ってもできるでしょう? 自分のペースで飲みましょう」

「嫌だ! 私も参加する! そして勝つ!」

 そう言い切った時の彼女の目は、すわっていました。



 そしてなんやかんや。


「うぐ……、ね、姉ちゃんもなかなかやるじゃねえか」

 と、男がグラスをあける。

「おまえもらからかだなあ」

 おまえも中々やるな、と言いたいらしいレイラさま。

「俺の地元魂にも火がついたぜ。飲兵衛の安ちゃんと呼ばれたあだ名にかけて、この勝負まける わけにはいかねえ!」

「おお、それでこそ!」

 レイラが人差し指を立て、何事かをつぶやいて……。

「バーンナックル」と。


 彼女の手のひらが炎に包まれる。

「私も火がついたぞ! 負けられない!」



 向こうが言ってることはそういうことじゃないですし、衆目の面前でおおっぴらに魔法なんて使わないでくださいレイラさん。



そしてお酒に酔って飲んで飲まれた魔王さまは大暴れして、ワインバーのワインをひとしきり飲み干し、顔を真っ赤にして大の字に地面に伏せた。


 それを担ぎ上げて、帰路につきながら冒頭のシーンへと戻る。


「……こんなときだから言うけどな、ちゃんと好きだぞ」

「……こんなときに言わないでくださいよ」

「私は口下手だ。恋愛経験も豊富じゃない。

 気持ちの伝え方も、もしかしたらつたないかもしれない。

 けれどちゃんと好意はあるし、それを言葉にしないと」

 俺の耳元で、レイラがボソボソとつぶやいていた。

「たまには言葉にしないと、消えてしまいそうなんだ。

 好きだ。うん。好きだぞ。こんなときでもないと、言えないけどな!」


 そういって彼女は、いつもの笑顔を浮かべているのだろう。

 「だろう」といったのは、恥ずかしくてレイラの顔を見れなかったからだ。

 俺もですよ、とは。

 何分、俺はシラフなもんで。


 俺だって似たようなもんですよ。

 けれど今度はシラフの時に聞きたいものです。

 一眠りして、きっと二日酔いになるであろうあなたの世話をして。

 お腹に優しいうどんでも食べながら。

 さ、ごはんですよ、愛しの魔王さま。


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