メリークリスマス魔王さま 恋人編

メリークリスマス魔王さま



食材の買出し途中、往来を照らすやけに眩しいライトを見る。赤と緑を貴重に、ちかちかと明滅を繰り返しているそれは、なんだか生まれたばかりの幼子の泣き声のようで微笑ましい。そんなことを考えながら歩いていると、「メリークリスマス」と、赤い服を着た若い女に声をかけられた。

「めりーくりすます?」

 俺が首をかしげていると、女は、手元にあった金色のベルをガランゴロンと鳴らしてみせて「今ならうちで福引やってますよ。どうです? 一等賞は温泉旅行!」と俺を勧誘した。女のむき出しのふとももに、寒そうだな、とか場違いな感想を持ちながら俺は、そういえばと商店街でもらった福引の補助券の枚数を数えてみる。いち、にい、さん……全部で、10枚ある。女は俺の手元をのぞきこんで、笑みをつくった。

「なんだあお兄さん、「持ってる人」じゃないですか」

「持ってる? 補助券を?」

「じゃなくて、福引を引く権利を、です。

 さあ気合入れていきましょう。どりゃーって」

 俺の内心の戸惑いなどどこふく風、女はマイペースに俺の右手を箱の中へと誘った。福引というものにあまりいい思い出はなかったが、今回くじを引くデメリットは特にない。指先にあたる硬い感触を感じながら、魔王さまと温泉旅行も乙なものだと考えながら腕を引き抜く。

「出ました! よっ!」

 女がはやし立てる。妙に勢いのある女である。俺は気圧されながらも、紙片の端をななめにめくってみると、するとそこにはーー。


 ガランゴロンガラン、と女がベルを鳴らす。

 そしてそれはまるで始まりを告げるような。

 ……それでいて、どこかトラブルを思わせるような不吉な音だったと言わざるを得ない。



「クリスマスというものを知ってるか」

 はじめに切り出したのはレイラだった。仕事終わりの彼女は帰ってくるといつものように風呂に入り、ほかほかした体で発泡酒に手をかけた。実に嬉しそうな表情で彼女は、「ぷしゅ」と炭酸の抜ける音に耳を澄ませていた。

 クリスマス、という単語を頭の中に巡らせて、今日あたった旅行券のことを切り出そうと思ったが、俺が口火を切るより先にレイラが口を開いた。

「クリスマス、というのはだな」

「はあ」

「聖人の誕生日らしい。つまり、めでたい。いわく、祝うべく日であるらしいのだ」

「えぇと、私の知っている知識でも、おそらくそんなところかと」

「だろう?」

 なぜか勝ち誇った笑みを浮かべて、レイラは缶ビールを傾ける。

「まあ聖人とやらを祝う、というのはだな、魔族としてあるまじきことかもしれないが。

 それよりも私は騒ぎたい。楽しみたいのだ」

 上目遣いになりながら、「分かってくれるか?」と彼女は口ごもる。俺は「分かってますって」、と冬になるにつれて伸びた彼女の髪を撫でながら、感情をなだめてやる。

「誰も魔王さまになんて文句を言いませんよ」

「う、うむ……。誰かに言われるというよりはな、その……」

「もちろん、私だって言いません。お祭り。めでたい。いいじゃないですか。

 浮かれましょう。騒ぎましょう。この国のそんな能天気なところは、見習うべきところです」


 俺のもといた世界にも宗教はいくつかあった。統一神を信じるヨセフ派、より規律の厳しい聖ヨハエル派、多神教のゴモントス教、といった3つの宗教が主なところだろうか。俺はヨセフ派として洗礼を受けたが、最終的に「聖女」となった幼馴染は聖ヨハエル派に属していた。もちろん戒律が厳しい分だけ使える解放される魔法の質と量が桁違いで、それが彼女を「聖女」たらしめる要因の1つであったといえなくもないがーー。

 さて、それは過去。問題は現在である。

 レイラリア・スプラウト。もといた世界のどの宗教にも属さず、あまつさえ「宿敵」として認知されていた彼女は、真っ赤な瞳に好奇の炎を灯らせてこちらを見ていた。アルコールでほんの少し朱が刺した頬は、心なしかいたずらをたくらんだ子供のように緩んでいる。「勝負だ。勝負をしよう」。いったのは彼女で、発した内容はとうとつだった。

「勝負って……一体何を、どうやって」

「ふむ。クリスマス、とやらの知識が同程度だ、ということはわかった。

 だからどちらがよりクリスマスらしいことをするのか、勝負をするんだ。

 負けたほうは、勝ったほうの言うことを一日きく。それでどうだ!」

「どうだって言われても……」

 結局勝負するしかないんでしょう?

 俺は苦笑しながら首肯した。

「分かりましたよ。いつもながら、レイラは強引ですね」

「お前は少し受身すぎる。この国の言葉で言えば、雨降って地固まる、というやつだな!」

 どちらかというと「割れ鍋にとじ蓋では?」と思ったが、わざわざ口に出してレイラの機嫌を損ねることもない。俺はニコニコと頷いた。



 クリスマス当日。

 俺はレイラの帰りを待っていた。部屋の中にはクリスマスツリーと呼ばれる、様々にデコレーションを施されたツリーの模造品が鎮座しており、食後にはケーキも準備してある。あと、シャンパン。俺の仕入れた知識ではクリスマスとやらは、そんなとこらしい。恋人とケーキとシャンパンを飲む。正式にはブッシュドノエルと呼ばれるものを食べたり、七面鳥を食べたりするらしいのだが、それはあとになって知ったことだった。


「ただいまー、帰ったぞー!」


 玄関口から、いつものようにレイラの声が聞こえた。出迎えるべく、俺はエプロンを畳んで、立ち上がる。けれど玄関にたどりつくころには、レイラの姿はどこにもなかった。

 ぽん、と肩を叩かれる。ははあ。テレポート(異相転移魔法)でも使ったのだろう、俺の意表をつくために、わざわざ魔王さまは部屋の中へと瞬間移動したらしい。

「なんですかレイラ、今さら転移魔法ぐらいじゃ驚きませんよ……って」

 言いながら振り返り、驚かないと言った俺は驚いていた。

 そこに居たのは真っ赤なコスチュームに丈の短いスカート、頭には帽子まで被り、帽子の先には白い綿毛のようなものまでついている。クリスマスに出没すると言われているサンタクロース。それがもし女性だったら? とかそんな格好をしていた。

「た、ただいまルーク。ごはんにする? お風呂にする? そ、それとも」

 レイラはゆでダコのような真っ赤な顔をしながら、

「妾にする?」


 ぱああん、とどこかで何かがはじけた音がした。

 レイラが自分のことを「私」じゃなくて「妾」と呼ぶのは魔王さまだったとき以来だ。つまりレイラは何かをたくらみ、自分の照れを押し隠して、結局隠しきれなくてどこかで魔力を暴走させてしまったのだろう。ぱああん、という爆発音は断続的に、俺がいろいろと準備した部屋の中から聞こえる。


「れ、レイラ。とりあえず部屋の中に……」

「嫌だ! 動かない! 妾は、ルークの返事をもらうまで!」

「そうじゃなくて……、ケーキが、シャンパンが……」

「これがクリスマスだ! だってそう教わったもん!

 ルークが馬鹿なんだ! 妾がここまでしたのに、オスらしくないぞ!」




 ごめんなさい、魔王さま。あなたの思いに答えられないダメな男で。

 ……でもね、とりあえず部屋を片付けて、冷静になってくださいよ。

 そんなことしなくても十分魅力的ですから。ね?

 ……さ、今日もごはんですよ魔王さま。いつもよりちょっと遅めのね。


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