そりゃ極楽ですよ魔王さま
「これがこたつです」
「ふむ? ……ふむ」
レイラは低めのテーブルに綿入りの布団がかぶった暖房器具――この世界では「こたつ」と呼ばれているものに目を落として、うなずいた。
新しいもの好き、好奇心の旺盛な彼女にしては珍しい、と俺は思う。いつもなら目をギラギラさせながら「どうやって使うんだ! すごい、すごい!」と食いついてくるのだけれど。
その日の魔王さまは「そうか。中に入って暖を取る。そういた器具なのだな」と納得したきり、言葉を続けなかった。
珍しいぜ、魔王さま。
外では今年一番の空風が吹いて、びゅおんと鳴って、窓を揺らした。
〇
「みかん」
「ん」
俺は促されて、俺の身体の左に積まれたみかんを掴み、手渡してやる。レイラはけだるそうにテレビを見ていた。彼女自慢の赤い髪も、最近の乾燥した風でところどころでちりちりしていて髪が痛んでいるようだった。
「寒いな」
「そうですね」
「……風呂に入るか」
「溜めてきます?」
「頼んだ」
俺はこたつから出て、風呂場におもむき、蛇口をひねって戻ってくる。レイラの表情は変わらず。視線も変わらず。体勢も同じく。
「怒ってます?」
「怒ってないぞ。……この番組は退屈だな」
「他番組の焼き増しらしいですからね。俺は昨晩も似たようなのを見ましたよ」
まあ、その時間レイラは仕事をしていたわけだから。
しゅんしゅん、とストーブの上に置いたヤカンから、蒸気が漏れ始める。
「お湯が沸いた。お茶でも飲みます?」
「熱めで」
「分かってますよ」
……。
……。
「ちょ、ちょっと待ってくださいレイラ。
もしかしてコタツから出たくないんですか?」
「な、な、な、なにを言っている。
そんなことはないぞ。ちょっとお前が優しいから、甘えてるだけだ!」
胸をはって言うけど、そっちの方がよほど恥ずかしい……、照れるし。
「それならいいんですけど」
「だろう? だからいいんだ」
「……」
「……」
「ねえレイラ」
「なんだ」
「いや、何でもないです」
そして俺は出会った頃の彼女のことを思い出す。魔族らしく(何を持って魔族らしい、というのかは分からないが)露出の高い服の上にローブを羽織り、玉座の上から俺を見下ろしていた。その時の眼光の鋭さたるや、今の彼女から想像もできないが……。
ええと、そうではなく。
魔族は露出の多い服を着ている。それは彼らなりのポリシーだと思っていたが。ええと、そこでもなくて。……彼女らは寒さを感じないのだろうか? うん、もう少し。……俺は必死に記憶のムービーをたぐりせると。
確かあの玉座の裏に、必死になって謁見の間を温める「火の魔人」の姿が。そう、彼らは上司たる魔王さまを必死に温めるべく、さらに適温に保つべく、魔法と労力を使って室内を適温に保っていたのであった。
そしてそこから導き出される結論。
「レイラ。……寒がりだったんですね」
「そ、そんなことはないぞ。今だって暑いぐらいだし」
「どうしてそこで見栄をはるんですか」
「見栄じゃないし」
「じゃあコタツから出てくださいよ」
「それは断る」
「お湯がたまったから、止めてください」
「それは困る」
「困ることはないでしょう。お湯が流れっぱなしで水道代ガス代がかさむ法がよほど困ります」
「それも困る」
「でしょう? レイラが生活費を担っていると言っても、そう余裕のある暮らしでもないわけですし」
「そう、余裕などない」
「分かってもらえましたか」
「みかん」
「……どうぞ」
「なあ、もし私がぐうたらになっても、変わらず居てくれるか?」
「そうですね、もちろんです」
「なら、コタツ出不精になってもしかたないじゃないか」
「それとこれとは話が別です。
自分のことはしっかり自分でやるように。この世界にきたとき、約束したでしょう?」
「お姫さま」として崇められていた彼女は、生活能力が著しく欠如していた。
だから。
俺がいちから教えたり、したのだが。
「でもコタツは好きだ」
「そうですね、温かいですものね」
「それは違う。
……いつもより、その、近くに居られる気がするから」
その台詞は反則ですよ、魔王さま。
さ、今日も今日とてごはんです。
寒くて甘えたがりな魔王さまが、あったまるように、
今日は鍋にでもしましょうか?
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