夏 ~ Pleasant days ~
夏だ出店だ魔王さま
夏だよ、魔王さま。
季節は夏。どんどん、という太鼓の音が部屋の外から聞こえてくる。
魔王さまはテーブルにつっぷして暑さに耐え忍んでいた。
「どうして魔法を使わないんです?」
「省エネだ」
彼女の答えは要領を得ないものだったが――、要するにこういうことだったらしい。
彼女の勤め先ではエアコンをがんがんつけて部屋の快適さを保つより、電気? 消費量を減らすために、窓をあけたりすることが推奨されるらしい。「世界温暖化」の理屈はよくわからないが、彼女は家に帰ってきても、律儀にその考えを守っているのだ。
「いいじゃないですか。世界が暖かくなったら」
俺の記憶によれば、温暖な気候の土地ほど作物もよく取れ――繁栄していたように思う。果実も食べ放題だし、冬に寒波に巻き込まれて死ぬ、ということもなかったら。
けれどレイラは悲痛な顔をした。
「部長が言ってたんだ。今のこの暑さは異常だって。……昔はエアコンなんてなくても過ごせるくらい涼しかった」
つまり、世界に異変が起きてるらしい。一概に「暖かければオールオッケー」というわけではなさそうだ。でも、彼女なら――
「それでも。別に耐えられないぐらい熱くなったら、冷やせばいいじゃないですか。
極大冷却呪文(アイスフォースブリザード)で」
そう、彼女は大陸1つを冷やすぐらい、できるはずなのだ。なんせ魔王さま。そのくらいのポテンシャルを秘めている。
かつて俺の住む大陸に「レーダ」という村があった。そこは山奥にある村で、旧き勇者の鎧なんかが封印されていたわけだが……年中冷気がすごく、村人の心と生活はすさんでいた。確かに標高は高いが、それでも俺の暮らした大陸には四季がある。通年通して雪が降りっぱなしとは、これいかに?
俺の質問に、長老は答えた。
魔王じゃ。魔王の仕業じゃ。
そしてその後、俺は彼女に聞いた。どうしてそんなことをしたのか。
暇だったから。……勇者の鎧を封印する村が、雪まみれだったら、ドラマチックだろう?
というわけで、それは止めさせた。
もっともこっちの世界にきてからの話だから、レーダの村人がどうなったかは知る由もない。……できれば平穏に暮らしていて欲しいが。魔王さまのことだ、「暮らしやすいように」と妙な気をきかせてカンカン照りの熱帯にしている可能性も考えられる。
と、少々脱線した。
彼女はそれぐらいのことは、容易いはずだった。
けれどしかめつら。
「……ううむ、それな。
村1つくらいならまだしも……大陸となると、なんていうか。
疲れるのだ。だからやりたくない」
「……」
「……」
「……ま、ズルはよくないですよね」
ちりん、と風鈴が鳴った。
外から聞こえる太鼓の音は、さらにそのにぎやかさを増していって――。
「そうだ、祭りに行ってみませんか?」
俺は1つ、提案をしてみる。
このまま家に居ても、不毛なやりとりが続くだけだ。今日は夕食の準備もしていない。魔王さまは夏バテ気味だから、今夜はそうめんか冷やし中華ぐらいにしておこうと、思っていたから。
ばっ。
と。
彼女は顔を上げる。目はキラキラと輝いていた。さきほどまでの苦痛そうな表情はどこへやら。そしてまるで子供のような無邪気な表情で、
「行く!」
と叫んだのだった。
〇
魔王さまが浴衣を着ていた。
どこから持ってきたのだろう?
誰かに借りたのだろうか。けれど俺の問いに彼女は答えず「ふふ」と秘密めいた笑みを浮かべるだけ。教えてくれよ、その服の出どころを。いい意味じゃない、犯罪を犯してないか、それだけが心配である。
しかし長身でスタイルもいい魔王さまの浴衣姿は美しい――とは、あまり言えなくて。この口に生きる人はどちらかというと小ぶり体形、胴長な種族だから、あきらかに彼女のスタイルには合っていない。スラリとした足も隠れてしまうし、お尻とか、妙なところが強調されてしまい、全体的にちぐはぐな印象を受ける。
ちらちら、と何かを言いたげな彼女がこちらを見る。……おそらく感想を求めているのだろう。しかし俺とて、思ったことを正直に口にするほど馬鹿じゃない。……そういうのは、幼き頃に学んだのだ。1番目の妻、マディと城のパーティに招かれたときだった。四天王ガオウガを倒し、俺らはその苦労をねぎらうために呼ばれたのだった。たしかあの頃はまだ冒険者としても駆け出しで――、城の作法も全くといっていいほど知らなかった。
俺は着の身着のまま――つまり冒険者のかっこうで行くつもりだった。
けれどマディは違った。村中の服屋に俺を連れてまわり、きらびやかそうな服を体に押し当て「どう? どう? 」と俺の意見を伺ったのだ。俺は正直に言った。若かったし、馬鹿だったのだ。
「どれでもいいんじゃない?
なんならいつも着てるローブのほうが、よく似合うよ」
その言葉に秘められたニュアンスたるや。
「何着ても似合うよ」「大きく変化することないよ」「そのままの君が好き」ぐらいのものだったのだが、その言葉を聞いて彼女は激怒。俺に鉄拳制裁を食らわし、俺は瀕死に、マディは店主とともにどこかへと消えていった。のちに「大聖女」と呼ばれることになる彼女だが、何が聖女たるものか。マディのその怒りはしばらくおさまらず、俺がフロストトードという厄介なカエルの攻撃を受けた時も、一週間ばかり放置していた。このカエルの攻撃は「毒」とともに怪我した部位を「凍らせて」しまうために、魔法以外の方法では解毒が困難である。
俺は一週間苦痛にうなされ、ほうほうのていで彼女に頭を下げた。彼女は解毒魔法を唱えた、あと冷たい目で、カエルにやられた氷傷よりも冷たい目で――女子の服装に関する訓戒を述べたのだった。
というわけで。
俺は正解を知っている。にこりと笑顔を作り、
「似合ってます。かわいいです」
と、口にする。
彼女はぱああ、と分かりやすく赤面して、
「あ、ありがとう」
と口ごもりながらつぶやいた。
「いつもと違って新鮮です」
「そうか。……変じゃないか?」
「いいえ、全然」
「この柄は? 見立ててもらったのだ」
この柄!
この言葉を聞いて、俺の思考は再びフリーズする。
言われてみれば彼女の着ている浴衣には、花びらが待っているような柄があるが――それが何の花だか区別はつかないし、正直「きれいか?」と聞かれてもよくわからない。印象は悪くない。だが、違う柄と比べられても、どっちがいいとは言えない。「違う柄ですね」ぐらいの意見しか言えない。
俺は自分に美的センスがないことを自覚しているし、センスがない俺が選んだほうがつまり、センスが悪い浴衣ということになってしまう。褒めれば柄をけなしたことになるし、けなせば彼女を傷つけることになる。つまり、これは手詰まりだ。
俺が言葉につまったのを見て、レイラが顔を曇らせる――。
と、その時。
ばああああーーーーーーーーん。
と、雷鳴があたりに轟いた。
俺はとっさにレイラの身体を引き寄せて、周囲の反応をうかがう。敵の攻撃魔法だろうか? 光の一瞬の後、音が聞こえたが……。
「花火だよ」
俺の胸元で、レイラがくすくすと笑っていた。
「はなび?」
「火薬をつめて、空に打ち出すんだ。
いろんな火薬があって、燃える瞬間の色が違うから――まるで、空に花が咲いたように見える」
言われて、空を見上げれば。
彼女の言うとおりだった。真っ暗な空に、赤青白、様々な粒がひろがり、膨らみ、落ちていく。……それは確かに花に違いない。
「きれいです」
「きれいだろ?」
俺らは二人目を合わせて笑いあって、
「レイラの浴衣もきれいですよ」
「遅い!」
と、怒られた。
その後彼女は花火を見てテンションが上がったのか、「あれぐらいなら私にもできる」と言い出した。夜空に向けてエクスプロージョン(爆発魔法)を打ち放つつもりだったらしいので、それは止めておいた。
さ、魔王さま。
今夜の夕食は出店で食べましょう。
せっかくのきれいな浴衣を汚さないように。
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