転生したら自分が作ったゲームのパクリゲーの世界でした 最終話

現実世界にいた頃、ゲーム雑誌に載ったインタビューを、腹立ちまぎれに引き裂いたことがある。

『大人気ゲーム、インセクトガールズの父、粟林たろうに聞く!』

それには、ゲームシステムやユーザーインターフェース開発を、あたかも自分たちだけでやったかのように語っている巨漢が写っていた。

悔しくて悔しくて泣いた。どうしてパクった側がこんなに堂々としているのか。どうしてオリジナルがこんな日陰の身なのか。

そう、巨漢だった。オオムラサキ一人くらい、難なく車に詰め込める程度に。

私は、改めて教授に確認した。

「私の以前に、インセクトガールを束ねるものという意味で『博士』を名乗る男がいたんですね?」

教授は頷いた。

「ああ、いた。大きい男性だったよ。だが博士号を持っているわけでもなさそうだったし、インセクトガールの知識も半端だったし、何よりインセクトガールたちが『博士』だと認めなかった」

「知識が半端ですか。そうでしょうね」

ゲームに表出する情報が1だとしたら、作り手が持っている情報は10は必要だと思う。インセクタイセンのパクリだけやっていた男では、1の情報しか身につかないし、それでは中身はインセクタイセンとほぼ同じであるインセクトガールズの世界ではとてもやっていけないだろう。

「今、その人はどうしてるんですか」

「結局、戸籍の無い住所不定の人間ということになって、一定期間はどこかに保護されていたと思うが、今はどこで何をしているかわからない」

食い詰めた無職ということらしい。インセクトガールたちが私を慕って言うことを聞いてくれなければ、この世界で戸籍も係累もない私も同じ末路を辿っていたわけだから、だからあの男はインセクトガールに慕われる立場である『博士』になれば、と思ったのだろうか?


他の研究所から呼んだケシハネカクシはすぐに来たが、色黒でちんまりと小柄な彼女の後ろには、なぜかスワルスキーカブリダニ、スワルスキーカブリダニと姉妹のように似たチリカブリダニとミヤコカブリダニ、ついでに黄色い服に黒い斑点が特徴のハダニアザミウマまでいた。

「ど、どうしたの? なんでこんなに来たの?」

私が聞くと、スワルスキーカブリダニは微笑んだ。

「ハダニの害蟲がいるんだろ? その攻撃のために来たよ。その途中で、うっかりオオムラサキを見つけたり、オオムラサキをさらった犯人にかぶりついたりするかもしれないけど、些細なことだよ」

チリカブリダニが拳を振り上げた。

「私はハダニの害蟲以外にはかぶりつくの下手だけど、気持ちはスワルスキーと一緒だから」

ミヤコカブリダニも言った。

「私はハダニの害蟲以外にもかぶりつけるんだからね。他の害蟲がいてもかぶりつけるから。それがオオムラサキをさらった犯人でも些細な事だよね」

ハダニアザミウマも言った。

「私はハダニの害蟲の卵も食べるよ! うっかりオオムラサキをさらった犯人の大事なところも噛んじゃうかもしれないけど、些細な事だよね!」

ケシハネカクシが親指を立てた。

「で、私はハダニの害蟲にやられた植物の匂いを追いかければいいんだよね! 大丈夫、みんな博士とオオムラサキのために頑張るから!」

そこまで言われて、私は不覚にも泣きそうになった。

「ありがとう……。でも、くれぐれも無理はしないでね。位置を確認できるだけでもいいし、警察も追いかけてきてくれるから」

「うん!」


車に皆を載せて出発すると、ケシハネカクシはさっそく風を探るように触覚を動かし、運転席の私から見て右斜め方向を指差した。

「あっちのほう、たぶん10km位先。近づけばもっと詳しくわかる」

「わかった」

私はアクセルを踏み込んだ。

見えてきたのは果樹園らしき整備された木々だった。よく見ると、葉の色がところどころ白っぽく抜けていた。現実世界のハダニは小さい上に葉の裏にいるので見えにくいが、葉の汁を吸った跡が白く残るのですぐわかる。ハダニの害蟲は現実世界のハダニより大型だろうが、その辺りは同じようだ。

ケシハネカクシが言った。

「あそこ! あそこだよ、ハダニにやられた匂いがプンプンする!」

けれど、見る限りよく整備されて見通しがいい果樹園なので、オオムラサキやオオムラサキをさらった男、多分栗林たろうが隠れられそうな場所がすぐに見つからなかった。

「……倉庫かな、この規模の果樹園だったら、農機具をおいとくガレージとかあるはずなんだけど」

農道に車を止めて運転席から降り、後ろから追いかけてくる覆面パトカーを見つつ私がつぶやくと、小さな悲鳴が聞こえた。

オオムラサキの声だった。

私は果樹園に駆け込んだ。その後ろにインセクトガールたちが続く。

ハダニの害蟲がたくさん付いて黒く斑点に見える緑の葉の下をくぐり、開けた場所に出ると、そこには、予想通りガレージがあった。

そして、オオムラサキをさらった車と、オオムラサキを片腕で抱えて、もう片手にはナイフを持って立っている大男がいた。

「栗林……やっぱり……」

私がうめくと、栗林は更にオオムラサキの首元にナイフを突きつけた。

「動くな! こいつがどうなってもいいのか!?」

オオムラサキが栗林の腕の中でもがいた。

「博士助けて、博士……!」

がつん、と大きな音がした。栗林がナイフの柄でオオムラサキの頭を殴ったのだ。

「俺が『博士』だと言ってるだろう! 俺がお前たちを作ったんだぞ!」

オオムラサキは叫んだ。

「知らない! あなたは博士じゃない! そこにいる、私を助けに来てくれた人が博士だもん!」

それを聞いて、またオオムラサキを殴ろうとする栗林に、私は叫んだ。

「乱暴しないで! あんたが博士を名乗りたいなら、そんなの私、いくらだって返上するから!」

すると、背後のインセクトガール、主にスワルスキーカブリダニからブーイングが来た。

「そいつは『博士』なんかじゃない! 私は認めない! そいつの言う事なんて聞かない! 私達の博士は、ここにいるこの人だけだ!」

栗林は地団駄を踏んだ。

「黙れ! 俺が『博士』だ!俺が、俺だけがこのゲームの主人公になる資格があるんだ! 俺がインセクトガールズを作ったんだぞ!? なんでお前らは俺の言うことを聞かない!? なんで弱小ゲームの開発者が『博士』なんだ!!」

その言葉に、私は現実世界での憤懣が噴火して叫んだ。

「アホか! あんたは私の作ったシステムに美少女のガワ被せただけでしょ! ゲームの知識もろくにないくせに!」

「黙れ! 異世界転生したら普通強くてニューゲームだろう!? インセクトガールたちにちやほやされるのは俺のはずなんだ! 俺だけがその資格があるんだ!」

すると、オオムラサキが叫んだ。

「ちがう!あなたは私達  の『博士』じゃないもん! あなたは私達の姿は作ったかもしれないけど、それ以外の全部を作ったのは『博士』だもん!」

確かにその通りだった。栗林たろうが誇れるのは、キャラデザくらいだろう。

そして、私も栗林もそこまでは作り込んでいなかったはずなのだけれど、この世界の警察はかなり有能だったようだ。

栗林と私が応酬する間、数人の警官が、ガレージの裏からそっと入って、栗林の後ろに回り込んでいた。

あっという間もなかった。一人が栗林の手からナイフをもぎ取り、一人が粟林を地面に押さえ込み、最後の一人が手錠をかけた。

開放されたオオムラサキが、私の胸に飛び込んできた。

「博士! 博士! 怖かったよー!!」

私はオオムラサキを抱きしめた。

「大丈夫!? 頭殴られたのに平気なの!?」

私がオオムラサキの頭を撫でると、オオムラサキは涙をにじませながらも微笑んだ。

「ちょっと痛いけど平気。頭より、羽を破かれそうで、そっちのほうがすごく怖かったんだよ」

見る限り、オオムラサキの羽はきれいなままだった。

「そうだったの……とにかく無事でよかった」

無事で良かった。

その時私は、所詮パクリゲーのキャラだと思っていた感情がいつの間にか消えていて、心から、このオオムラサキが無事で良かったと思えていることに気がついた。


栗林は逮捕され、盗難と器物破損に加えて、脅迫の容疑でも取り調べられることになった。警察は、インセクトガールの扱いを法の中とはいえ少しでも良くなるように、できるだけ栗林が重い罪になるように念を入れて調べ上げようとしているようだ。そう、教授が教えてくれた。


数日後、私とインセクトガールたちは再び例の果樹園に赴いた。

農協から、ハダニの害蟲駆除の依頼が来たのだ。

カブリダニたちやケシハネカクシ、ハダニアザミウマが張り切って黒緑の害蟲にかぶりつく中、当たり前のようについてきていたオオムラサキがぽつりと言った。

「ねえ、博士」

「何?」

「あのニセモノの博士、私達を作ったって言ってたよね」

「そうだね、それがどうかしたの? 他に何か言われたりしたの? ひどいこと?」

私が心配して聞くと、オオムラサキは笑って首を振り、私の手をぎゅっと握った。

「ううん。あのね、一度、ちゃんと言いたかったの。私たちは、ちゃんとわかってるよって。私達を産んでくれたのは、『博士』だってこと」

「え……」

きょとんとする私に、オオムラサキは更に言った。

「ねえ、私達のこの姿、博士が望んだものじゃないっていうのはわかってる。でも、インセクトガールはみんな知ってるよ、博士がいなきゃ、私達はいなかったってこと」

オオムラサキは、私の目をまっすぐ見た。

「ねえ、これからも、ずっと私達と一緒にいてね、博士」

私は、しばらく目を丸くしてオオムラサキを見ていたが、オオムラサキの言いたいことをやっと理解して、相手の手を握り返した。

「うん、一緒にいるよ。ずっと一緒にいるよ」

そうか。

わかってくれていた人は、ここにいたんだ。

私が作ったのだという事をわかってくれていた人は、ここにいたんだ。

他でもない、ゲームのキャラクターたちが、わかってくれていたんだ。


インセクトガールズのステージはまだまだある。

私が考えていたインセクタイセンのステージもまだまだある。

でも、一緒なら、きっと大丈夫なはず。

きっと。

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