第4話

インセクタイセンは基本的に益虫を使って害虫を倒していくゲームだけれど、ステージが上がるに従って補助アイテムの存在も重要になってくる。

その補助アイテムは益虫たちと使うことでより効果的になるもので、とある学問的な考えの元に配しておいたもの、なのだけれど。

その考えについては、ゲーム内で明言していない。インセクタイセンの猿真似をしただけのインセクトガールズで、果たしてその考えを理解して補助アイテムを配していただろうか?


「そーごーてきびょーがいちゅーかんり?」

その考えを代表する言葉について聞いてみると、案の定、古池教授とオオムラサキはキョトンとした顔をした。

「あ、やっぱりご存知ないですか……」

研究所のそばの大学の図書館で、オオムラサキに手伝わせつつ害虫防除に関するあらゆる本をひっぱり出して、それでもその言葉が見つからなかった時点で予想はついていたけれど。

私は教授に聞いた。

「大和皇国って、普通の害虫の防除は基本的に殺虫剤頼りですか?」

「他に何があるんだ?」

教授はますます不思議そうな顔をした。わたしはだいぶ暗い気持ちになった。

「すみません、教授のご専門ってなんでしたっけ?」

「外科だ、インセクトガールは最初、人間の奇形だと思われていたんでね」

「医学博士でしたか……農学、せめて生物博士なら」

私は額を押さえた。


総合的病害虫管理とは、農薬にのみ頼って害虫や病気を防除するのではなく、害虫の隠れ家や病気の伝染源となる雑草を刈り取っておいたり、炎天下にビニールハウスを密閉して病害虫を蒸し殺したり、害虫の天敵を活用したりして、総合的に病害虫を倒そうという考え方だ。

なぜそんな考え方ができたかというと、農薬のみを防除に使い続けると、害虫や病原菌は、いずれ農薬に耐性が出来てしまい、農薬が効かなくなってきてしまうからだ。

農薬に頼りすぎず、別の方法があるならそれを使おうという考え方だと言ってもそれほど間違いではない。

しかし、大学の本で見た限りでは、大和皇国は殺虫剤にのみ頼っていて、天敵を活用するとか、天敵を殺さない殺虫剤を使うとか、天敵のために天敵が住みやすい植物を植えておくとかの考えがないらしい。

だからインセクトガールを害蟲にぶつける発想がでなかったようだ。インセクトガールが、私の言うこと以外聞かないというのもあるとは思うが。

「グリセンのバカめ……せめてそのへんの考えを汲み取ってくれてれば猿真似じゃなくオマージュとして見てやらなくもなかったというのに」

「グリセン?」

グリセンのインセクトガールズプロデューサーの顔を思い浮かべて、怒りを燃やしていると、オオムラサキがまた不思議そうな顔をした。 

「……何でもないよ」

私はオオムラサキから視線を外して言った。

まさか、この世界を作った会社の名前だとは言えない。私が作ったゲームシステムを丸パクリしてこの世界が作られているなんて、言えない。

この時、私はまるで思いが至らなかった。この世界で、私がゲームの主人公たる『博士』としてインセクトガールに慕われているのなら、グリセンのプロデューサーは一体どんな扱いを受けるのだろうか、ということに。

教授が口を開いた。

「御白さん、あなたが二回続けて害蟲を駆除したことで、行政から依頼が来ているんだ。大規模なビニールハウスに湧いた害蟲を駆除できないかと」

「駆除したのはインセクトガールの子達ですよ。どんな害蟲ですか?」

そう私は聞いたが、ビニールハウスと聞いた時点で、自分が作ったゲームの記憶と照らし合わせ、察しがついた。インセクトガールズは、本当にインセクタイセンの真似しかしなかったらしい。

教授は写真を私たちに見せた。

「これが問題の害蟲だ。キュウリのハウスで大発生して、今はハウスは放棄されてしまっているそうだ」

それは、細長い黒い体に女の顔だけがついた害蟲だった。体に合わせたやはり細い羽。一緒に写った定規からすると手のひら大と、害蟲にしてはかなり小型だ。

教授は話した。

「非常に素早く飛ぶ害蟲だそうだ、花について花粉を食べるだけならいいが、葉や茎から汁を吸って苗を弱らせる。とにかくたくさんいるらしい」

花粉を食べ、吸汁性で、小型で素早く、施設栽培で多発するといえば。

「アザミウマモチーフですね、施設栽培じゃたくさんいるはずだ」

雨が少ないとアザミウマは多発する。雨が降りようがないビニールハウスの中は、アザミウマにとって、そしてアザミウマモチーフの害蟲にとって天国だろう。

私はゲームの攻略法を思い浮かべながら話した。

「数はいっぱいいるってことは、こっちも数で勝負ですね。アカメガシワクダアザミウマ、アリガタシマアザミウマ、タイリクヒメハナカメムシ、スワルスキーカブリダニ、ククメリスカブリダニあたりのインセクトガールをぶつけたいところですが、皆、発見されてますか、教授?」

「よくそんな長い名前がスラスラ出るな……問い合わせてみるよ」

「よろしくお願います」


アカメガシワクダアザミウマのインセクトガールは、インセクタイセンでは幼虫の見た目をモチーフにしているためか、赤と黄色の横縞の服を着ていた。

「こんにちは、博士、アカメガシワクダアザミウマです……私は食べないで、食べないでね、タイリクヒメハナカメムシちゃん……」

アカメガシワクダアザミウマは花粉とアザミウマを食べる益虫のアザミウマだが、タイリクヒメハナカメムシは同じアザミウマ扱いでお構いなしに食べる。インセクタイセンでもインセクトガールズでも、益虫キャラ同士が食い合うことはないけれど、どことなく怯えている様子なのは仕方ないだろう。

そんな彼女の肩を、黒豹を思わせるスリムなプロポーションの少女、アリガタシマアザミウマが叩いた。

「ビビってるから食われる気がするんだって!大丈夫大丈夫!」

「で、でも……」

大柄で、赤と黒のコントラストが眩しい服を着たタイリクヒメハナカメムシが妖艶に微笑んだ。

「そうそう、そんなに怖がられると、別の意味で食べたくなっちゃうわ」

「別の意味って何!?」

ほうっておくと収集がつかないので、私は両手を叩いた。

「えー、それじゃ問題のビニールハウスに向かいます。カブリダニの二人は現地集合だから、あっちで改めて自己紹介してね」

オオムラサキが私の腕を掴んだ。

「ね、私も行くからね、博士!」

「今回は飛んで上から見る必要ないからいいよ」

「私、博士の秘書だもん! どこだってついてくもん!」

いつ秘書になったの、と言いかけて、私はオオムラサキが全ステージ通して相棒役にして案内役であること、実際この世界に来てから雑用を任せたりお茶を入れてもらったり、確かに秘書と言い張られても仕方のないことばかりやらせていることを思いだした。

「しょうがないな、あんまり害蟲の近くには寄らないように気をつけてよ」

「うん!」

問題のビニールハウスまでは、研究所から車で一時間。カブリダニの二人は、ビニールハウスがある農園の入り口で待っていた。

「こんにちは!スワルスキーカブリダニだよ! スワロフスキーじゃないよ! 博士ならわかってくれるよね!」

「ククメリスカブリダニだよ。小さめの害蟲ならおまかせだよ。害蟲の卵だって食べるよ」

薄黄色の服を着た、よく似た二人はそう自己紹介してくれた。

私は言った。

「えーと、それじゃ説明は受けてると思うけど改めて。この農園で一番大きいビニールハウスに湧いてる害蟲、多分アザミウマモチーフのやつを倒してもらいます。とにかく数が多いので頑張ってね」

しかし、ビニールハウスの扉を開けて、私は自分の考えが甘かったことを思い知ることになる。

ビニールハウスの中の枯れかけたキュウリの苗には、真っ黒になるほどびっしりと害蟲が集っていた。そんな苗が、見渡すほど広いビニールハウスの中に、いっぱい。

インセクトガールはみな、我先にと害蟲にかじりついたけれど、害蟲は半分も減らず、一時間ほどで全員の胃袋が限界を迎えてしまった。

一番よく食べるタイリクヒメハナカメムシですら、その場でひっくり返って呻いた。

「博士、もう無理だわ……他に何か方法ないの?」

……インセクタイセンで言えば、補助アイテムが必要な場面だったかもしれない。けれど猿真似のインセクトガールズの世界で、果たして適切な形でアイテムは置かれているのだろうか。

何かないか。なにか。

私は、その時やっと気づいた。今いる害蟲が、羽のないものばかりであることに。アザミウマの幼虫には羽がない。つまり、幼虫ばかりであることに。

例外がないわけではないが、アザミウマ幼虫は土に潜って蛹になり、しかる後に羽化して成虫になる。

ということは。

「ある! 補助アイテムあるぞ!」

いきなり手で土を掘り出した私を見て、オオムラサキがドン引きした顔をした。

「ど、どうしちゃったの、博士!?」

「メタリジウム・アニソプリエだ! いける! いけるぞ!」

「だからどうしちゃったの博士!?」

わたわたするオオムラサキとびっくりした顔で私を見る害蟲バスターズを放っておいて、私はやっと目的のものを掘り出した。

本来は黒いはずの、害蟲の蛹。足と羽を小さく折りたたみ、不自然についた女の顔も目を閉じたそれは、白いカビにびっしりと覆われていた。

オオムラサキがこわごわと聞いた。

「博士、何、それ……?」

私は答えた。

「冬虫夏草の仲間。学名は多分、メタリジウム・アニソプリエ。蛹になろうと土に潜った害蟲に感染して殺す菌。だから、成虫の害蟲がいなかったんだ」

昆虫寄生菌をモチーフにした補助アイテムはいくつか設置したけれど、その代表的なものをここで掘り当てるとは思わなかった。

私は言った。

「この菌、水さえあれば米粒の表面でも育つ菌だから、この菌を培養して撒いて、害蟲の蛹に寄生させて殺します。蛹になる前の幼虫の相手は、皆にしてもらうことになるけど」


結局、害蟲の幼虫を全滅させるには四日ほどかかったが、メタリジウム・アニソプリエの培養がその間に進み、その菌の懸濁液を撒くことで害蟲の蛹も完璧に駆除できた。

「メタリジウム・アニソプリエは米粒で培養できるので、事前にメタリジウムを植え付けた米を土に撒いておけば、多少アザミウマモチーフの害蟲が出ても、蛹の時点で殺せてそんなには増えないと思います。あと、アザミウマは紫外線に近い光で物を見るので、近紫外線除去フィルムを貼れば、それだけでも撹乱できると思います。それでも気になるようなら、インセクトガールの出番ですね」

私が教授にそう報告すると、教授は感心したようにため息をついた。

「よく昆虫寄生菌なんて見つけたな。インセクトガールたちが君の言うことを聞くわけだよ」

「いやあ、それほどでも」

「やはり、君は本物だ」

私が『本物』扱いされるということは、つまり過去に『偽物』がいたということなのだけれど、鈍い私はそれに気が付かなかった。

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