第3話
サードステージはアオムシと、小さくて世代交代が早く、なかなか根絶しにくいコナガの幼虫をモチーフにした害蟲が出るはずだった。
どちらの害蟲もアブラナ科、特にキャベツを食い荒らすことが多い。
だから、今度どこに害蟲が出るかは見当がつくし、どのインセクトガールをぶつければいいかもわかっている。
の、だけど。
「古池教授、アオムシサムライコマユバチのインセクトガールがまだ見つかってないって本当ですか……」
インセクトガールズの研究の大家である彼は、苦々しげな顔で頷いた。
「これまでの知見と、あなたが言うことが正しければ、昆虫のアオムシサムライコマユバチがいそうなところで発見されると思うんだが、今のところ発見・保護されてはいない」
彼には、私がインセクトガールに詳しい理由を、ある程度説明してあった。
と言っても、まさか異世界から来ました、とまでは言っていない。自分が作っていたゲームシステムと、今の状況がそっくりで、試しにゲームシステム通りにインセクトガールを動かしたらうまく行った、とだけ言ったのだ。
アオムシサムライコマユバチは、アオムシに寄生して食い殺す寄生バチだ。アオムシモチーフの害蟲にぶつけるにはぴったりのインセクトガールなのだけれど。
私はつぶやいた。
「ゲームなら、マップ探索するうちに出会うよう作ってあるキャラだったのに……ファーストステージもセカンドステージも最速でクリアしちゃったから出会う機会がなかったのかなあ」
私の後ろにくっついていたオオムラサキが口を開いた。
「博士、アオムシサムライコマユバチちゃんってどんなところにいそうなの? 私、空飛んで上から探してみるよ!」
「それはありがたいけど……これまで見つからなかったのがすぐに見つかるとは限らないよ?」
「大丈夫! 私、博士のこともずうっと空飛んで探して、それで見つけたんだもん!」
「……じゃあ、とりあえず東のキャベツ畑の方見て来て」
「ラジャー!!」
オオムラサキは会議室の窓を開けて、そのまま飛んでいってしまった。それを見て、教授は溜息をついた。
「あの子には、ドアを開けてそこから外に出るということを徹底しないといけないな」
確かに、そのとおりかもしれない。
「オオアトボシゴミムシと、ウヅキコモリグモのインセクトガールは発見されてるんですよね、教授」
私は、コナガの天敵の昆虫の名前を口にした。
オオアトボシアオゴミムシは背中に黄色い紋を背負った昆虫だ。ゴミムシと言うと汚い感じだが、実際は他の昆虫を食べる肉食性だ。
ウヅキコモリグモはその名の通り腹部で子グモを保育する習性のあるクモだ。
「ああ、二人とも九州で保護されてる。君に会いたがってるそうだ。害蟲防除のためにインセクトガールズを指揮するのは君にしかできないようだから、今こちらに向かわせているよ」
「そうですか、よかった」
「ただ、君の言うとおりアオムシに相当する害蟲が出たとして、アオムシサムライコマユバチのインセクトガールが見つからなかったらどうするか……」
私は考え込んだ。確か、どのステージでもある程度使えるオールマイティな肉食昆虫として、アシナガバチとスズメバチを用意してあったはずだけれど……。
「アオムシ専門じゃありませんけど、アシナガバチやカマキリのインセクトガールを代わりに呼ぶっていうのはどうでしょうか。立派に役目を果たしてくれると思いますけど」
そう言うと、教授は何故か顔をしかめた。
「彼女らは、いるけれど……いるけれど、そういうことに使いたくない」
私はキョトンとした。
「え? なんでですか?」
「……愛護団体がうるさいんだ」
「愛護団体!?」
私は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「害蟲に!? 愛護団体がいるんですか!? この世界!!」
そんな設定、ひとかけらも作ってない。グリセンが、そんな設定を付け加える手間をかけたとも思えない。あそこは美少女のキャラデザだけで一杯のはずだ。
一体、どういうこと?
「害蟲が、半端に人間に似ている姿なのが災いしていてね」
教授は渋面のまま話してくれた。
「寄生して捕食……捕食寄生性のインセクトガールズに害蟲が殺されると言うのは、現場に疎い愛護団体には想像がつかないらしくて文句は来ていないが、アシナガバチやカマキリだと生きたまま肉団子にしたり何だりだろう、残酷だと散々叩かれるのが予想されるんだ。インセクトガールズが使えると知らなくて、森ごと生きたまま焼き殺したときも、人と似たような声で叫びながら焼け死んだんで、随分騒がれた」
だとすると、小人のような大きさの害蟲だったとは言え、アブラムシモチーフの害虫をナミテントウに生きたまま食わせたのも良くなかったかもしれない。
「気をつけますね、これから」
「よろしくお願いしたい。ああ、そろそろオオアトボシアオゴミムシの子とウヅキコモリグモの子が来るよ」
「はい。迎えに行きましょう」
私は会議室のパイプ椅子を立った。
応接室に来たのは黒に黄の紋の羽を持った少女と、灰色のパーカーのお腹のポケットにずっと両手を入れている少女だった。
「ホントにホントの博士……やっと会えた……」
オオアトボシアオゴミムシはボソボソと喋って私の手を取った。
「私ゴミは食べないからね……害蟲なら食べるけど……博士なら分かってくれるよね……」
どうしてパクリゲーの世界のキャラクターに信頼を寄せられるんだろう。私は、どうせ別の世界に行くなら自分が作ったゲームの世界に行きたかった。
けれど、流石に全幅の信頼で目をキラキラさせている女の子の手を振り払うこともできなかった。
「大丈夫、植物に上るのが得意で、小さな幼虫の捕食が得意だってことは分かってるよ」
「ホント……嬉しい……」
「ねえ、博士のこと独り占めしないでよね」
ウヅキコモリグモがオオアトボシアオゴミムシをつついた。
「ねえ博士、あたしの元の虫はスパイダーで、昆虫じゃないけど、私はインセクトガールだからね、博士ならわかってくれるよね」
昆虫の英訳がインセクトだが、昆虫の定義は胸から脚が三対生えていることだ。四対のクモは正確に言えば昆虫ではない。ないが、一般に馴染みがある虫として、一緒くたにしてインセクタイセンにぶち込んだのは私だ。フォローが必要だろう。
「うん、もちろんわかってるよ。害蟲退治よろしくね」
「うん!」
ウヅキコモリグモは、元気よく頷いた。
その時、ガシャンガシャンと音がして、応接室の窓が開いた。入ってきたのはオオムラサキだった。
教授が、オオムラサキを咎めた。
「建物に入るときはドアから入りなさい」
「そんな場合じゃないよ! 大変! 西のキャベツ畑に、小さいワーム形の蟲と、大きいワーム形の害蟲が来てる!」
私達は顔を見合わせた。小さいワームは、多分コナガモチーフの害蟲だ。それはオオアトボシアオゴミムシとウヅキコモリグモで対処できる。けれど、大きいワームは……。
教授が言った。
「何もしない訳にはいかない。御白さん、二人に指示を出してくれるか」
「はい……あの、二人とも。小さい害蟲だけでいいから、確実に倒して。大きい方は、こっちで何とか方法を考えるから」
オオムラサキが元気よく言った。
「じゃあ博士のことはいつもみたいに私が運ぶね!」
教授が言った。
「オオアトボシとウヅキの二人は車で近くまで送るよ」
キャベツ畑はひどい有様だった。
大きく結球した緑の球は無残に食い散らかされ、青臭い匂いがプンプン漂っていた。
上半身が女性、下半身が芋虫の害蟲が、猫ほどの大きさのものが数え切れないほど、人より大きいものも何頭もいた。
私は上空でオオムラサキに抱えられながら、オオアトボシアオゴミムシとウヅキコモリグモの二人に声をかけた。
「ムリしないで! あなた達は大きい害蟲に対応できるようにできてない!」
たとえモチーフが芋虫でも、芋虫は外敵を攻撃するし種類によっては共食いまでするのだ。アオムシは比較的おとなしい種類だったと思うが、用心に越したことはないと思う。
オオアトボシアオゴミムシが、小さい害蟲をがっしり掴んだ。
「私の大顎に敵うなんて思わないで……」
彼女はそのまま害蟲の首元に齧り付く。黒緑色の体液がほとばしる。害蟲は身をくねらせて逃げようとするが、次第にその動きは緩慢になっていく。
「あたしの糸から逃れられると思うな!」
ウヅキコモリグモは俊敏に動き、あっと言う間に糸で巣を張った。次々に小さい害虫が絡まる。
「さあ、ゆっくり汁を吸ってあげましょうかねえ」
ウヅキコモリグモは絡め取った害虫に近づこうとしたが、それができなかった。大きな害蟲が、彼女の目の前をゆっくりと横切り、彼女がせっかく絡め取った害蟲を押しつぶしていってしまったのだ。
大きい害蟲は、悠々とキャベツの玉にかじりついている。
「あー! ムリ! あの大きいやつどうにかしないと無理!博士、何かないの!?」
ウヅキコモリグモは騒いだ。私は必死で自分が作ったゲームの記憶を洗い出した。そしてインセクトガールズが私のゲームを細かいところまで丸パクリしていることを初めて祈った。
何かなかったか。アオムシサムライコマユバチを見つける方法。アオムシモチーフの害蟲を倒す方法。アシナガバチやカマキリを使わずに……。
ふと、私は思いだした。ここに来てすぐ、カリヤコマユバチが言っていたこと。
『害蟲がトウモロコシのはっぱかじるにおいがぷんぷんしてた!』
におい……植物の匂い。害蟲に齧られた植物の匂い。
私は叫んだ。
「サイレン物質だ!!」
オオムラサキがびっくりした声を出した。
「ど、どうしたの博士!?」
私は構わずオオムラサキに聞いた。
「ねえ、キャベツ畑からみて風向きはどっち?」
「え? ええと、南に向かって流れてるけど」
「そっちだ!そっちから多分アオムシサムライコマユバチが来る!」
「ええ!?なんで!?」
「匂いだよ、匂いにつられてくるはず」
「そんな、都合よく来るわけ……ええ!?」
キャベツ畑のはるか向こう、南の方から、なにか黒いものが飛んでくるのが見えた。
風に乗って、飛んでくる相手の声が聞こえてきた。小さな女の子の声。
「キャベツがよんでる! たすけてってよんでる!」
私は彼女、アオムシサムライコマユバチに向って叫んだ。
「こっち!こっちに寄生するのにちょうどいい害蟲がいるよ!あの害蟲に困ってるの、早く卵産み付けて!」
「ふわあー! キャベツに呼ばれてきたら、はかせにもあえたよおー! よーし、がんばっちゃう!」
アオムシサムライコマユバチはまっすぐにキャベツ畑に急降下していき、噛み付こうとする害蟲を華麗に避けて、害蟲の体に産卵管を差し込んだ。
全部の害蟲が倒れ、その死体処理に消防がやって来たあと、オオムラサキが私に聞いた。
「ねえ博士、サイレン物質って何? キャベツが呼んでるってどういうこと?」
「ああ、それは……」
アオムシサムライコマユバチが割り込んだ。
「キャベツがたすけてーってよんでるんだよ!」
「余計わかんないよ!」
私は二人の肩を叩いた。
「まあ落ち着いて。あのさ、キャベツに限らず葉っぱって、傷つくと匂いがするじゃない」
「うん」
「植物って外敵に齧られても逃げられないけど、植物も考えたものでね、虫に齧られたときは、普通に傷が付いたときには出さない独特の匂いを出すの。これがサイレン物質」
「サイレン出してどうするの?」
「自分を齧った虫の天敵に向けてサインを出すの。ここにあなたの餌がありますよー、倒してくださいー、助けてくださいー、って」
アオムシサムライコマユバチが得意げに言った。
「だから、わたし、キャベツをたすけにきたんだよ!」
もう少し早く来てほしかったな、と私は思った。ほとんどのキャベツが食い荒らされている。店で売れる品質のキャベツはもう、一つもないだろう。
すると、教授の声がした。
「お疲れ様、御白さん。アオムシサムライコマユバチの子も無事に見つかってよかった」
「あ、お疲れ様です。新しく見つかったインセクトガールは、発見の報告と保護の手続きで色々大変なんですよね」
これはインセクタイセンでもインセクトガールズでもなかった設定だ。
ユーザーに向けて語る設定は、想像力を掻き立てるために最小限にしていたので、二次創作をやるような人がもしいれば、そんな設定を思いついた人がいるかもしれないけれど。
教授は、なぜか疲れたような顔になった。
「発見もそうなんだけど、保護をしておかないと大変でね……戸籍があるわけでもない、親がいるわけでもない若い女の子を、放ってはおけないから」
「そこの派手な羽の子は男の子ですけど」
オオムラサキは頬を膨らませた。
「心は女の子だってば!」
インセクタイセンの生みの親だというのに、私自身も女だというのに、私は気付かなかった。
戸籍もない、親もない、人権もない、顔かたちだけはきれいな女の子達の立場というのが、どれだけ微妙なのかということ。
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