第2話

記者会見で教授が質問攻めされるのを、私は研究所の食堂のテレビでぼんやり見ていた。

「古池教授、どのようにして害蟲を殺す方法を見つけたのですか!?」

記者の前のめりな質問に、古池教授はできる限り誠実に答えようとしていた。

「ええー、害蟲と同時に各地に現れたインセクトガールの力です、インセクトガールにもよりますが、彼女らには害蟲を倒す力があるようです」

また別の記者から質問が飛んだ。

「しかし彼女らは『博士』という存在の言う事しか聞かないと公言していたのではありませんか!?」

他の記者たちも我先と声を上げた。

「『博士』が見つかったのですか!?」

「『博士』は誰なのですか!?」

教授はその全てに、

「現段階ではお答えできません」

とお茶を濁すような返答をしていた。

そう、私が『博士』であることをマスコミから隠して、面倒な記者会見などから、全部シャットアウトしてくれているのはすべて古池教授だ。

オオムラサキが、私にコーヒーを持ってきてくれた。

「良かったね博士、教授が全部マスコミ引き受けてくれて」

「……うん」

コーヒーを受け取りながら、私は複雑な思いでオオムラサキを見た。

私は、なんで自分の作ったインセクタイセンの世界じゃなくて、グリセンのパクリゲー、インセクトガールズの世界に来てしまったんだろう。


この世界は、害蟲とインセクトガールがいる以外はもとの世界とあまり変わらないらしい。

インセクタイセンでもパクリゲーでも、舞台背景は最小限しか語らない形を取っていたけれど、もとの世界とそう変わらなくても矛盾のない設定にはしていた。

教授のお陰でマスコミからは逃げられても、政府や自衛隊、警察のお偉方からの質問攻めからは逃れられなかったので、私はだいぶげっそりしていた。

強面の男たちに囲まれて答えようのない質問ばかりされるのだ。

自衛隊のお偉方には、

「なぜインセクトガールが害蟲に対抗できると分かった?」

と聞かれて

「え、ええと、なんとなくとしか」

としか答えられず、

警察のお偉方には

「なぜインセクトガールは君の言うことだけは聞くんだ?」

と聞かれて

「さ、さあ」

としか答えられず、

政府のお偉方に

「君は一体どこの誰だ?」

と聞かれるに至っては

「この国の人間だとは思いますが、研究所の裏の丘で目が覚めたとき以前のことは何も覚えてません」

と答えざるを得なかった。

まさか、この世界は自分の作ったゲームのパクリゲーだとはとても言えない、言った時点で正気を疑われるだろう。

ため息をついていると、オオムラサキが心配そうに私を覗き込んだ。

「ねえ博士、元気ないね?どうしたの?」

私は返事に窮した。

「……何でもない」

いくら心配そうな顔をされても、こいつは自分の作った、自分の愛したゲームをパクッたキャラだ。

いくら純粋な好意を向けられても、純粋な好意を返せない。

どうして私は、あれだけの精魂をつぎ込んだ自分のゲームの世界ではなく、それをまるごとパクったゲームの世界に来てしまったのだろう?

私は、オオムラサキに悟られないように、小さくため息をついた。


この世界がゲームの通りなら、セカンドステージの敵となる害蟲は、アブラムシをモデルにした吸汁害蟲だ。

アブラムシは植物の汁を吸い上げて、果樹園や野菜の成長を阻害するだけでなく、植物間でのウイルス病も媒介する。また、糖分を多く含むその排泄物は、植物の病気、すすカビ病のもとになる。

インセクタイセンでもインセクトガールズでも、ゲームでは害蟲を倒し尽くせばクリアだった。

けれど、アワヨトウモチーフの害蟲では、倒した後の死体や、害蟲が生きているうちに出した大量の糞の扱いに苦慮している。舞台背景が無駄にリアルなこの世界だと、害蟲が起こす可能性のあるすべてを考えなくてはいけないかもしれない。

この世界では、私は家族もない、身よりもない、戸籍すらない。せめて対害蟲で役に立つところを見せないと、この世界に寄って立つ所がなくなってしまう。

私はコーヒーを流し込み、オオムラサキに聞いた。

「この研究所、ショクガタマバエも、クサカゲロウも、ナミテントウも、コレマンアブラバチもいるんだよね?」

「うん、いるよ! みんな博士に会いたがってる!」

アブラムシを直接食べるのは、ショクガタマバエ幼虫、クサカゲロウ幼虫、ナミテントウの成虫と幼虫だ。そしてコレマンアブラバチはアブラムシに寄生して食い殺す、カリヤコマユバチと似たところがあるハチだ。

私はオオムラサキに言った。

「今後のことがあるから、その子達に会っておきたいんだけど、古池教授の許可いるかな?」

「大丈夫だよ!」

オオムラサキはない胸を張って、羽をパタパタさせた。


インセクトガールズたちが集まっているという休憩室に入ると、とたんに誰かが抱きついてきた。

「博士! 博士だねぇ! 会いたかったよぉ待ってたよぉ、これで私達いくらでも戦えるねぇ!」

どのインセクトガールかは、すぐわかった。ぽっちゃりして丸っこい顔と体、背中の赤地に黒い斑点の羽。

……インセクトガールズではこの羽一種類だけど、インセクタイセンでは変異種も合わせていろんな羽の模様を作って、コレクション要素も入れてたのにな、と私は切ない気持ちになった。

ふと、部屋の隅に目をやると、スレンダーな体と透明で柔らかそうな羽を持つ少女が、怯えたような疑うような目でこちらを見ていた。

「本当に博士……? また偽物じゃないよね……」

薄緑の服、長い羽を見るに、彼女は多分クサカゲロウだろう。

パクリキャラに、偽物だ何だと疑われるのは心外だったが、ここでそれを言ってもしょうがない。私は、彼女を安心させるように言った。

「私は、多分この世界の誰よりもあなた達のことを知ってる。あなた達に注目して、この研究所に集めた古池教授よりもね。だから、信用して……」

そう言い終える前にブーンと羽音がして、今度は後ろから誰かが抱きついてきた。

「はかせ! あそんで! あとおなかすいた! あまいもののみたい!」

振り返ると、透明な羽をもった小さい女の子がいた。

コレマンアブラバチ成虫とショクガタマバエ成虫は一見区別がつきにくいが、ショクガタマバエ成虫はアブラムシの排泄物を糖として摂取する。

甘い物が好き、ということは。

「あなた、ショクガタマバエ?」

そう聞くと、彼女は大きく頷いた。

「ねえはかせ、じどーはんばいきにいこうよう、ネクターがのみたい」

私の袖を引っ張る幼女を、私は慌てて制した。

「ちょっと待って、もう一人、コレマンアブラバチにも会いたいんだけど」

「アブラバチちゃんはねえ、そとでさんらんかんみがいてるよ」

オオムラサキが補足するように言った。

「今度こそ、本物の博士にこの鋭い産卵管見せるんだって、いっつも張り切ってたから」

休憩室の窓から外を見ると、なるほど、ショクガタマバエと同じ様に透明な羽を生やした幼女がいた。

ショクガタマバエと目立って違うのは、尻から鋭い針が突き出ているところだ。彼女はそれを一生懸命手で擦っていた。

私はその子に声をかけた。

「あの、あなたコレマンアブラバチだよね? ちょっと話したいことがあるから、中に入ってきてもらえないかなあ」

コレマンアブラバチは顔を上げ、びっくりしたような目で私を見た。

「……はかせ? ほんとうにはかせ? こんどこそはかせ!?」

彼女は外から窓を開けて、背中の羽で飛び上がって窓をくぐり、私の首ったまにかじりついてきた。

「はかせだ! こんどこそほんとうのはかせだ! はかせ! はかせ!」

まさか、ここまで歓迎されるとは思わなかった。コレマンアブラバチをなんとか引き剥がし、私は皆に座るよう促した。

「えーとね、皆さんに集まってもらったのにはわけがあります。多分、今度くる害蟲は、果樹園か野菜につく、アブラムシモチーフのになると思うのね。それで、対アブラムシに強い皆さんに集まってもらいました」

そう言うと、みんな目を丸くした。

「どぉしてわかるのぉ、博士ぇ」

「そんなこともわかるの……ホントに博士なの……?」

「ネクターのみたい!」

「さんらんかん、いつでもつかえるよ!」

約一名を除いては、ちゃんと話を聞いてくれているようだ。

わたしはオオムラサキにネクターを買ってきてもらって、ショクガタマバエに与えてから話を仕切り直した。

「で、害蟲を待ち伏せられるのであれば待ち伏せたい。ここにいる皆は、少しずつ害蟲に対する攻撃方法が違うから、待ち伏せ型と直接攻撃型に分かれてほしいんだ」

この虫毎の役割分担も、ゲームのシステムに組み込んだものの一つで、グリセンが丸パクリしたものの1つだった。

ショクガタマバエ、クサカゲロウは、幼虫がアブラムシを捕食する。なので、アブラムシが出そうなところに予め卵を産み付けさせる。ナミテントウも幼虫がアブラムシを捕食するが、成虫もアブラムシ捕食するので、産卵させるだけでなく常駐させる。

翻って、コレマンアブラバチは成虫がアブラムシに卵を産み付け、寄生して食い荒らすので、アブラムシが発生してから出ないと攻撃に出しても効果を発揮しない。なので直接攻撃に徹してもらう必要がある。

そういうことを話すと、その場の皆は納得したようだった。

オオムラサキが言った。

「外に出て何かするんだったら、一応教授に言わないといけないと思うよ」

それもそうだ。

「記者会見から帰ってきたら許可もらおう。それまでに私、どこで誰が何をすればいいか詰めておくから」

古池教授は、程なくどたばたと帰って来た。

「御白さん、すまない、またインセクトガールズたちに言う事を聞かせてほしいんだが」

「吸汁系の小型の害蟲が、果樹園か畑に大量発生しそうなんですね? 長距離移動してきたらしい有翅個体が見つかったんですか?」

私がそう言うと、教授は目を丸くした。

「そ、その通りだ。西の大規模モモ園に、害蟲の有翅個体が確認された。君は予知能力者か何かか」

予知でも何でもない。そう言うゲームシナリオを書いたのは私だ。そして、そのシナリオをもろパクリしたのはこの世界だ。

私は、考えていた計画を古池教授に説明した。

「では、すぐショクガタマバエとクサカゲロウを産卵に向かわせますね。飛来してくる害蟲や増える害蟲を、あの二人の卵からなる幼虫で捕食させます。ナミテントウは産卵させつつ本人にも捕食させます。コレマンアブラバチは……今いる害蟲に、片端から卵を産み付けさせましょう」

「そんな複雑なこと、あの子達は聞くのか」

「大丈夫ですよ」

私の作ったゲームでは、キャラクターたちはきちんとシステム通りに動いた。そのシステムをそのまま使ったこの世界なら、同じように動くはずだ。

……本当なら、私の作ったキャラクターたちと共に、害蟲を倒したかったけれど。


またオオムラサキに抱えられて、私はモモ園まで向かった。

そこには、漆黒の害蟲がそこかしこにいた。小さな羽を生やした小人。人間の女性の上半身にアブラムシの下半身を持った害蟲。

私は後ろについて飛んできているインセクトガールズたちに指示を出した。

「ショクガタマバエとクサカゲロウはとにかく葉っぱに卵産み付けて! ナミテントウは産卵もいいけど美味しく頂いちゃって! コレマンアブラバチは見える害蟲に、片端から産卵して!」

ラジャー!という元気な返事が返ってきて、それぞれがモモ園に急降下していった。

ショクガタマバエの産み付けた楕円形の卵はたちまち孵化し、オレンジ色の蛆が葉のウラで蠢きながら害蟲に吸い付いて、またたく間に食い荒らしていった。

クサカゲロウの、優曇華に例えられる白い卵もすぐに孵化し、たくさんの節を持つ幼虫は体液を吸い尽くした害蟲の死骸を背中に背負いながら新たなる獲物を探していた。

「おいしぃ! あまぁーい!」

と言いながら害蟲を直接口に運んでいるのはナミテントウだ。

コレマンアブラバチは幼女ながら鋭い目つきで害蟲を見定め、次々と磨き抜いた産卵管を突き刺して産卵している。産卵された害蟲は膨れ上がって金色になり、その体にぱかりと穴が開いて虫のコレマンアブラバチが顔を出し、何処かへと飛んでいった。

モモ園の害蟲がいなくなるのに、半日もかからなかった。

私はオオムラサキに地面におろしてもらい、地上で目と口を真ん丸にしながら様子を見ていた古池教授に声をかけた。

「用心のために、ショクガタマバエとクサカゲロウと、ナミテントウにはもう少し多めに卵産み付けてもらっておきますね。そしたらまた害蟲が来ても、早期対応できると思いますし」

「あ、ああ、うん、そうしてくれ」

教授はハンカチを出して頭の汗を拭った。

「君は……君はいったい、何者なんだ? これまでだれも見つけられなかった害蟲の防除法を見つけて、インセクトガールズたちに言うことを聞かせられて、ここまで的確に支持を出せて……」

それは、この世界が私が作ったゲームのパクリで、おそらく私は、パクリ先の開発者よりも攻略法をよく知っているからです。

……なんて、言えるわけがない。だから、こう言った。

「偶然です。偶然インセクトガールズたちが言うこと聞いてくれて、だから何となく指示だしたら、たまたまうまく行っただけですよ」

すると、オオムラサキが言った。

「ちがうもん! 博士は私達のこと誰よりもよくわかってくれてるもん! だから私達、博士のこと大好きだし、博士の言う事ならなんでも聞くもん!」

それを聞いて、私は少し違和感を覚えた。ゲームでは、インセクタイセンもインセクトガールズも、キャラクターはプレイヤーの命令に逆らうことはない。

けれど、プレイヤーはゲームを進めるに連れて、各キャラクターの特性を理解していくよう作ってあるのだ。

『博士は私達のこと誰よりわかってくれてる』

と、オオムラサキは言った。

……ゲームにおいては、まだセカンドステージだ。そこまで各昆虫の特性を理解できる段階じゃない。

それなのに、オオムラサキはどうしてわたしの知識に全幅の信頼を置いているのだろう?

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