転生したら自分が作ったゲームのパクリゲーの世界でした
種・zingibercolor
第1話
序章 害蟲たち
それの上半身は、石膏で作った彫像をそのまま黒く塗ったような生物に見えた。
人間の胴体よりも太い黒い芋虫の体の上に、直角に生えている女の上半身。
上半身の乳房を揺らしながら、彼女の下半身は進み、下半身についた口は地面の緑という緑を食い尽くしている。
蛾そのものの黒い羽を生やした女性が空を飛び交い、木という木の葉に何かを産み付けている。
やはり漆黒の、手のひらに乗るくらいの大きさの女性が何人も何人も木々の新芽にかじりついている。
それを更に上空から見下ろしている、金髪を風になびかせた少女らしき者がいた。
その背に羽ばたくのは、黒紫の地に黄色と白の斑点が散った羽。むき出しの背中から直接生え、動いているそれは、明らかに作り物ではなかった。
少女らしき者は、残念そうに呟いた。
「今日も、いない……」
その時、羽音がして、背中に透明な羽を持った幼女が飛んできた。
「ねえ、オオムラサキちゃん、まだみつからない?」
紫の羽の持ち主は答えた。
「うん、見つからない」
「博士がいなきゃ、わたしたち、なにもできないよ」
「わかってるよ」
幼女は空中で、じれったそうに身をよじらせた。
「博士はいつくるの?あのニセモノじゃなくて、ホンモノはいつくるの?」
紫の羽の少女らしきものは、静かな声で言った。
「待つしかないよ。待つしか。待って、待って……ここに来たら、誰よりも先に見つけに行かなきゃ」
一章 さよなら現実
ゲームアプリ、インセクタイセンが終了したその日、開発会社であるコレンの倒産も決まった。
私がゲームシステムからキャラデザインまですべて担当したアプリの終了したその日に、私が務める会社の倒産が決まった。
朝の七時から夜の十一時まで働いて、楽しみといえば言えの布団に倒れ込む寸前に開けるビールだけの日々、それでも好きな仕事で充実していた日々は、こうして終わった。
ゲームがつまらなかったのなら、まだ諦めもついたと思う。私の作ったゲームシステムと、キャラが魅力的でなかったと言うなら、まだ諦めもついたと思う。
けれど。
「なんでグリセンのインセクトガールズがあんなに売れてんだよ!!!! うちのゲームに美少女のガワ被せただけのくせに!!!!!」
私はビールを一気飲みして、居酒屋のテーブルに音を立ててジョッキを置いた。
隣の先輩が私を宥めた。
「美少女ゲーではグリセンに勝てねえよ、あんな大企業」
私は怒鳴った。
「だからって丸パクリはないでしょ!? コンセプトだけ同じで、いろんな昆虫使ってゲーム進めるだけならともかく、各ステージから相棒昆虫からゲームシステムからおんなじじゃないですか!!!!」
私は銚子ごと日本酒をあおった。
インセクタイセンのリリースから三ヶ月後、発表されたのがインセクトガールズだった。最初はただの昆虫の擬人化ゲームだと思っていた。けれど参考にプレイしてみて驚いた。キャラクターこそ昆虫を模したモンスターから昆虫を模した服を着た少女達に変わっていたが、ゲームの内容は私達が作ったものそのものだったからだ。
「だいたい、季節イベントの内容まで丸被りってどういうことです!? あっちがパクった速さから言って、明らかにこっちの計画を事前に知ってましたよね!? 誰が流したんです!? 誰も疑いたくないけど!! それ以外考えられない!!」
先輩は私の背中を叩いた。
「落ち着け。あのさ、お前、今後の身の振り方考えてるか?」
私は吐き出すように言った。
「そんなものあったら、ここまで荒れてません」
先輩はそんな私をしばらく見つめていたが、やがて口を開いた。
「あのな、俺、グリセンに行くんだ。お前さえ良ければ、口をきいてやる事もできる」
私は、手にした銚子を取り落としそうになった。
「どういうことです……? 先輩、なんでグリセンとつながって……」
酒で火照った自分の顔面から、みるみる血の気が引いていくのがわかった。
先輩の目は、泳いでいた。
「先輩、まさか、私の考えたものをグリセンに流したの、全部……」
「その、なんだ」
先輩はこちらに目を合わせないまま頭を掻いた。
「グリセンはさ、キャラデザはいいけどゲームシステムがちっと弱いんだよ。でさ、お前はいいのが作れるだろう、だからグリセンも歓迎……」
私は腹の底から叫んだ。
「ふざけるな!!!」
私は渾身の力を込めて相手の横っ面を張り倒した。眼鏡が吹っ飛び、慌ててあたりを探る相手の顔に万札を叩き付け、席を立って店を走り出た。
泣くまいと思った。もういい年なのに。泣いて同情されるような歳じゃないのに。
それでも涙があとからあとから溢れてきた。いくら拭いても拭ききれなかった。
コレンに入ってから、ずっと世話になっていた先輩だった。ゲームの企画を初めて出したとき、唯一応援してくれた先輩だった。インセクタイセンがなかなか売れなくても、ずっと励ましてくれていた先輩だった。
信じていたのに。仲間だって信じていたのに。裏ではずっと、私を裏切ってたんだ。
しゃくりあげながら、顔をこすりながら歩いていたので、私は気付かなかった。信号を無視して、横断歩道に突っ込んでくる車に。
鋭いブレーキ音と、体中に走った衝撃。
それからは、何もわからない。
第二章 望まぬ転生
「博士! 博士! 起きて!」
その声に、私は目を開けた。
気持ちの良い風。青い空。柔らかい芝生に、私は寝転んでいたようだった。
その私を、金髪碧眼のきれいな子が覗き込んだ。
「よかった!目が覚めた!博士、私達、ずっと待ってたんだよ!」
その子は背中がむき出しの服を着ていて、背中からは黒紫に、白と黄色の斑点が散った蝶のような……蝶そのものの羽が生えていた。
ゆっくりと閉じたり開いたりを繰り返すそれは、とても作り物には見えなかった。
そして何より、私はその子に見覚えがあった。
「コスプレ……じゃないよね……オオムラサキ……インセクトガールズの……」
「コスプレ?」
相手は首を傾げた。また羽が閉じたり開いたりした。
この羽の模様、見間違えようがない。雄にしかない柄。インセクタイセンで、細書の相棒役に配した蝶のキャラクター。グリセンが、男の娘にしてしまったキャラクター。
私はうめいた。
「ちょっと、ちょっとまって、どういうことなの」
私は、体を起こしてあたりを見回した。そこはちょうど、小高い丘のようだった。遠くの方に畑らしく整備された土地が見え、更に遠くには森が見える。けれど、よく見ると畑の野菜らしき葉も森の木々の葉も、食い尽くされたようにボロボロだ。
それは見覚えのある風景だった。自分が作ったのととてもよく似ていて、けれどそのものではない……。
私は、私が愛したゲームをそのまま盗んでいったゲームが舞台にしている国の名前を口にした。
「あの、ここ……まさか、もしかして、大和皇国とか言うんじゃ……」
金髪の子はにっこり笑った。
「そうだよ!これからインセクトガールズをよろしくね、博士!」
「……あんた、男の子だよね?」
「心は女の子だもん!」
彼は、ない胸を張って言った。
私が作ったゲームは、一言で言えば、昆虫をもとにしたキャラを使って敵の害虫キャラから植物を守るゲームだ。
益虫には様々な虫がいる。害虫を食い殺すもの、害虫に寄生するもの、害虫を麻痺させるもの。
益虫キャラを駆使して害虫キャラから畑、田んぼ、森をを守るのだ。もしゲームが終了しなかったら、補助アイテムと益虫の組み合わせもゲーム要素として入れる予定だった。
害虫キャラは、ある日降ってきた隕石により変化した昆虫たちで、殺虫剤が効かないため、益虫を使って倒さざるを得ないという設定だった。
グリセンは、それをすべて美少女化したゲーム、インセクトガールズを作った。
蝶の羽を生やした娘、カマを持った娘、糸で敵キャラをぐるぐる巻にする娘。
虫の特徴をそのまま人にするのが難しいものは、虫使いとしてデザインされていた。その辺りが、考えなしに擬人したことを如実に表している気がする。
もちろん害虫キャラも、昆虫の特徴を持った妙齢の女性たちだ。インセクトガールズのように人間が虫を模した羽や服を着ているのとは違い、下半身が虫そのものだったりするが。
そして、オオムラサキを擬人化した男の娘は、私に抱きついてきた。
「博士のこと、ずっと待ってたんだよ!」
私は、自分のゲームの設定を思い返した。プレイヤーは昆虫博士で、その知識を駆使して害虫と戦うのだ。そして、益虫たちは博士の言う事しか聞かない。インセクトガールも、その設定を踏襲していたはず……。
私は、オオムラサキ(♂)に聞いてみた。
「待ってたっていうか、ひょっとして、私の言う事しか聞くつもりない?」
彼は元気に答えた。
「うん!」
その時、後ろから男性の声がした。
「なにしてるんだ、害蟲たちが来るぞ!早く建物の中に隠れるんだ!」
振り向くと、腹周りの質量と頭髪の質量が見事に反比例している男性が、ぼてぼてとこちらに走り寄ってきていた。
オオムラサキが嬉しそうに彼に話しかけた。
「あのね教授、私たちの博士がやっと来たんだよ!これで私たち百人力だよ!」
男性は困惑した顔をした。
「何をわけのわからないことを……いや、そちらの人は誰だ?」
誰だ、と言われても、正直に言えば正気を疑われる気がする。ここはゲームの世界で、自分は現実世界から来たものです、なんて。
とりあえず、名前だけ言うことにした。
「御白まゆと申します、どうしたんでしょうか」
「あなた、危ないから早く避難を。害蟲が来る、あいつらは過ぎるまで待つしかない」
「過ぎるまで待つしかない? 退治できないんですか?」
「そんなことができたらノーベル賞物だよ、今のところ森ごと焼き払うくらいしか殺す方法はない」
……この世界では、まだインセクトガールズは戦っていないの?
私はうめいた。
「まって……すみません、少し待ってください」
私の作ったゲームでは、そしてパクられたゲームでは、畑を臨む小高い丘の上がファーストステージだったはず。ここは、まさにそうだ。
私は男性に聞いた。
「あの、来るのはワーム系……畑を荒らす芋虫の害蟲ですね?」
男性は驚いた顔をした。
「なんでわかるんだ?」
私はさらに聞いた。
「小さいハチ……寄生バチ系の特徴持ったインセクトガール、丘の裏の研究所にいますよね?」
丘の裏の研究所は、ゲームの最初、操作説明をするための拠点として置いたはずだ。
男性はますます驚いた顔をした。
「いや、だからなんでわかるんだ?」
私は片手を上げて男性の言葉を遮った。
「説明は後でさせていただきます、とにかくその娘たちを連れてきていただけ……あ、ダメだ、インセクトガールズは私の言う事しか聞かないんだ、私が行きます。研究所に、現在のところ発見されたインセクトガールが集められてますよね?」
「た、確かにそうだが……」
「ちょっと行ってきます」
「行ってもどうしようもないぞ、あの子らヒトの言うことはまったく聞かな……」
男性の言葉を聞き終える前に、わたしは丘を走り降りて始めていた。
「まあ見ててください!」
オオムラサキは最初の相棒のキャラクターとして作った。だから、今いるインセクトガールズについては一番詳しいキャラなはずだ。
研究所らしい白く高い建物に向かって走りながら、私は後についてきているオオムラサキに声をかけた。
「ねえ、確かカリヤコマユバチいるよね?」
元気な返事があった。
「うん! 博士のこと、カリヤちゃんずっと待ってたんだよ、きっと喜ぶよ!」
研究所の扉を開けるまでもなかった。黒くて細い触覚と透明な羽を持った小さい女の子が、羽音をさせながら飛んできた。
「博士!? 博士やっときたの!?」
カリヤコマユバチは、指の先に乗るほどの小さなハチだ。グリセンは小さな虫を可愛らしい幼女としてデザインした。
カリヤコマユバチがどれだけおぞましい方法で害虫に寄生し繁殖するかなんて、お構いなしだったのだろう。
私は複雑な思いで、彼女を見た。
「あのさ……あっちの畑、私の記憶が確かなら、多分トウモロコシ畑なんだ」
「そうだね! 害蟲がトウモロコシのはっぱかじるにおいがぷんぷんしてた!」
ならとっとと倒しにいけ、と私は言いかけたけれど、やめた。矛盾のあるのあるゲーム進行にしたのは私だ。そして、その矛盾のあるゲーム進行をそのまま直さずに美少女の皮だけかぶせたのがグリセンだ。
私は彼女に聞いた。
「でさ、畑狙ってる害蟲、たぶんアワヨトウがモチーフなんだ。アワヨトウなら、相手できるよね?」
彼女は任せろというふうに胸を叩いた。
「もちろん!」
「相手が何頭いても?」
「もちろん!!」
「じゃあ……あいつらに卵産み付けて来て」
「わかった!博士のいうことなら、なんでもきくよ!」
彼女は羽音をさせながら飛び上がり、そして丘を越えて真っ直ぐに畑へと飛び立っていった。
オオムラサキが言った。
「博士のことも連れてってあげるね! カリヤちゃんの活躍見せてあげる! 大丈夫、博士くらいなら私、抱っこして飛べるよ!」
畑には、漆黒の異形の化物が何頭もうごめいていた。下半身は人間の胴体ほどもある芋虫そのもので、上半身は人間の女性そのもの。丸だしの乳房を揺らしながら、下半身についたもう一つの口でトウモロコシの葉にかじりついている。
カリヤコマユバチは、その化物、害蟲の頭上までまっすぐ飛んでいった。
それを私は、上空からオオムラサキに抱えられて見ていた。
丘の上にさっきの男性がいて、それは驚いた目でこちらを見ていた。
「どうやってその子達に言うことを聞かせたんだ!? いや、それよりもあの子に害虫に近づかないように言ってくれ! 危ないから!」
けれど、私はカリヤコマユバチの能力を知っていた。
「まあ見ててください!」
害蟲は、近づいてきたカリヤコマユバチに気づき、噛み付こうとしたが、幼女は華麗に避け、害蟲の下半身に尻から伸びた針を差し込んだ。産卵管だ。
現実世界なら、ここから何日も掛かるが……この世界が私の作ったゲームをパクった世界なら、勝負は一瞬のはずだ。
害蟲の動きが止まった。害虫の皮膚の下に、明らかに何か小さいものが、大量にもぞもぞと蠢く気配がする。
ぷつり、と害蟲の皮が切れる音がして、そこから薄黄色い蜂の子が顔を出した。
ぷつり、ぷつり、ぷつり、ぷつり。害蟲の体の至る所が切れ、至るところから無数の蜂の子が顔を出した。それは、カリヤコマユバチの幼虫だった。
カリヤコマユバチはアワヨトウなどの蛾の幼虫に卵を産み付け、孵化した蜂の子は蛾の幼虫を体内から食い荒らし、最終的には幼虫を食い殺して体外に出てくる。本来は何日も掛かる行程だが、この世界では予想通り一瞬で済んだ。
蜂の子に食い殺された害蟲は、ゆっくりと倒れこんだ。幼女のカリヤコマユバチは害蟲に次々と卵を産み付け、害蟲は体から蜂の子を溢れさせて次々と倒れていく。
最後の害蟲が倒れた時、幼女のカリヤコマユバチは満面の笑みでこちらに飛んできた。
「博士ー! やったよー!」
丘の上の男性は、この光景を見て目が点になっていた。
説明してあげる必要があるだろう。私はオオムラサキに言った。
「丘の上に下ろして。あの人に事情説明するから」
オオムラサキは唇を尖らせた。
「あの教授、口うるさいから質問攻めにされるよ?」
「仕方ない。大体の場合、教授っていうのは博士より偉いんだから」
「そうなの!?」
案の定、教授と呼ばれる男性には質問攻めにされた。
「信じられん! 彼女らが虫の特徴を持っているのはわかっていたが、こういう扱い方ができるとは!一体どこで知ったんだ!?どうして思いついたんだ!?」
思いついたのではなく、そう設計しただけなのだけれど、そんなことを言ったら頭の病院送りだ。
「ええと、その、なんとなく……あの、インセクトガールは、みんな私のことを『博士』として認識して、よほどのことでない限り言うことを聞いてくれますから、この手はいつでも使えるはずです」
「なぜ彼女たちは君の言うことだけは聞くんだ!?隕石が落ちてからこっち、出てきた彼女達を一ヶ所に集めるだけでもものすごく苦労したんだぞ!?」
「え、ええと……何で言うこと聞くかは、うまく言えないんですが」
教授は、頭痛がするかのように頭を抑えた。
「とにかく……害蟲を追い払ったことはあっても、殺せたのは初めてだ。君は世界で初めて害蟲を殺す方法を発見した人間になる、各研究機関から政府から質問攻めにされるぞ」
「え……」
ゲームの舞台背景はどうとでも取れるようにわざと曖昧にしていたけど、そんな所は現実世界と変わらないだなんて。
私は天を仰いだ。
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