僕が探偵になった理由(わけ)

後日談 その一

「瑞樹! いつまで寝てるの! 遅刻するわよ!」


 うーん、眠い。


 おはようございます。自称高校生探偵の桜木瑞樹さくらぎみずきです。さっき騒いでいたのは六つ上の姉の風香ふうかです。弟の僕が言うのもなんですが、才色兼備な姉でございます。


 ただし、本当は僕のほうが兄で風香が妹なんですがね。実は、僕は二度ほど転生をしてまして……まあ、それはまた別の話で。


「みーちゃん、おはよう」


『みずき……おはよう~ふにゃ~』


 一緒に寝ていた愛猫のみーちゃんの頭をひと撫でしてベッドから出る。みーちゃんは、うちの飼い猫の三代目みーちゃんになる白猫の美人さんだ。僕に一番懐いていて寝る時はいつも一緒だ。


 制服に着替えてみーちゃんと一緒に一階のキッチンに行くと、風香姉さんと妹の七月ななつきが朝食を作っている。


 七月ななつきは三つ下で猫好きで面倒見のいい可愛い妹だ。まあ、うちの者はみんな猫好きなんだけどね。


「なな、おはよう。父さんと母さんは?」


「おはよう、お兄ちゃん。父さんはもう会社に行ったよ。母さんは締め切りが近いから缶詰だね」


 父さんは普通のサラリーマン。母さんは絵本作家。売れっ子というわけではないけど、そこそこ忙しい。今も新作の絵本作りで仕事部屋から出てこないらしい。煮詰まっているのかな?


「ほら、瑞樹。早く食べなさい。本当に遅刻するわよ」


「みーちゃん、ご飯だよ~」


「にゃ~」


 今日の朝食はハムエッグの乗ったトースト。僕の大好物だ。味わって食べたいところだが、急いで掻っ込み歯を磨き髪を整え、姉さんが作ってくれた弁当を鞄に突っ込み玄関を飛び出る。


「行って来ます~」


「「いってらしゃい~」」


「にゃ~(気をつけてね~)」


 駅までは歩き大通りに出た所で高級車がウインカーを上げ横付けされる。おっ、これはラッキーか!


 ドライバーさんが降りてきて後部座席のドアを開けて僕を待っている。


「若様、どうぞ」


「道中さん、ありがとう」


 車の中に入ると、和服を纏った毅然とした老人が座っている。


「こんな時間に出て間に合うのか? 瑞樹」


「まあ、ギリギリかな?」


「はあ……誰に似たのやら。道中、少し急いでやれ」


「承知しました。旦那様」


 最初は厳つい表情だったが今は温和な表情になっているこの人はとある茶道の家元。そして、僕の祖父であり、前前世の父でもある。


 普段は家元ということもあり厳つく怖い顔でいるが、孫の風香、僕、七月ななつきにはとても甘い祖父である。


「美咲はどうしてる?」


「いつもどおり部屋に缶詰めになってる」


「そ、そうか……たまには家に顔を見せるように言いなさい」


「うーん。言っては見るけど無理だと思うよ? いつかみたいに、祖父ちゃんが家に遊びにくればいいじゃん」


「まだ許さぬか……」


 母さんはいろいろあって、ずっと実家に近寄らない。それもまた別の話だね。


 その後、他愛もない話をしていると学校の門前に着いた。


「若様、行ってらっしゃいませ」


「道中さん、ありがとうね。祖父ちゃんもまたね~」


 そう言ってから登校中の生徒の注目を集めるなか、何事もなかったように教室に向かった。


「若様のおな~り~」


 クラス中がやんややんやの大騒ぎの中自分の席に着く。


「これはこれは、若様。ご機嫌麗しゅうございます」


「うむ。苦しゅうない」


 黒縁眼鏡の似合う、真面目な学級委員長風の女子生徒は稲葉翔子。実際に学級委員長なんだけどね。僕の親友の一人だ。


 そして、さっきのおな~り~なんて馬鹿なことをやっていた奴は安藤勇気。僕の悪友で間違いなく馬鹿だ。こいつが最初に僕のことを若様なんて呼んだせいで、僕のあだ名が若様になった……おのれぇ。


「若様はいいよな~。高級車で登校なんてさ~」


「たまたまだ、通りがかりの祖父ちゃんが乗せてくれただけだし」


「でも、瑞樹くんが跡を継ぐんでしょう?」


 翔子の奴どこでそんな話を聞いたんだ?


「そんな話聞いたこともない」


「でも、おばあ様がそう言ってたよ。みんなそう言ってるって」


 そういえばこいつの祖母、うちの流派の人間だったな……。また、面倒な噂話をしやがって。


 祖父ちゃんには四人子どもがいる。長男が跡を継ぐことが決まっているが、長男に子どもがいない。長女は僕の母さんで継ぐ気はない。次男は処々事情があり勘当されている。三男は若くして亡くなっている。なので、直系で跡を継げるのは風香、僕、七月しかいない。


 三人とも幼い時から指導は受けてきているが家元を継ぐなんて考えたことはないと思う。現に姉の風香は大学に入ってからは、茶道から手を引いている。というか、面白くないそうだ……。


 となると、僕と七月しかいないわけで、そんな噂がささやかれている。長男に継がせず次は僕に継がせるつもりだとか、家元を譲らないのは僕が成人するまで待っているとかだ。実際に僕と七月は祖父ちゃんからそんな話を聞いていない。まあ、祖父ちゃんの胸の内は知らないけどね。


 そんなことを話していると担任が来てホームルームが始まった。


 眠くなり閉じそうになる目を必死にこじ開け、授業を受けること四時間、やっと昼休み。弁当を持っていつもの校舎裏に行くと猫が二匹待っている。


 僕が来ると足元にすり寄って来る。


『『ごはん! ごはん!』』


 いつもお弁当を食べる所に座って、お弁当と一緒に持ってきた袋からステンレスの深皿二つを取り出して、カリカリと煮干し、水を入れてやる。


 二匹とも僕の顔を伺い凄い目力で待っている。


「食べていいよ」


 二匹は我先に皿に顔を突っ込む。それを見ながら姉さんの作ったお弁当を食べる。今日は僕の好きな海苔の入っただし巻き玉子に焼いた銀たらやひじきの煮物などが入っている。忙しい朝なのにありがとう、姉さん!


 僕が食べ終わる頃には、足元の二匹も顔を洗い終わり僕を見上げている。


「何か変わったことは?」


『二丁目のきち子に子どもが生まれた。助けて欲しい』


 保護希望案件か。キャリーバッグ用意だな。


「他には?」


『みずきの学校のデカい男が女のトイレでなんかやってた』


「デカい男? どこのトイレ?」


 広い建物にいつもいる男。南の広い場所のトイレ』


「いつも白いジャージを着てる奴?」


『そいつ』


 体育教師の斎藤だな。前々からいい話は聞かない教師だ。いつも女子生徒をいやらしい目で見てるとか、女子生徒の体をベタベタ触ってくるとか盗撮をしているなんて話も聞く。ん? トイレ? まさか、本当に盗撮なのか?


はく、トラ。ありがとな。これ、そのきち子に持っててやってくれるか? 後で見に行くから」


「「にゃ~」」


 カリカリと煮干しの入った紙袋をはくに咥えさせると、二匹は僕にスリスリしてからいなくなった。


 さて、どうする。自称高校生猫探偵としては黙っていられない。こうしてる間にもなんの罪もない女生徒が毒牙にかかっているかもしれない。


 南の広い場所のトイレといったら、学校にある三つのグランドの一つでソフトボール部や陸上部が使っているグランドだ。他のグランドに比べても女子生徒が多い部が使っている。


 でも、女子トイレか……猫探偵の僕でも敷居が高い。どうしよう……。


 そういえば、なんで僕が猫としゃべれるかって? それは……前世が猫だったからだ。何を隠そう、初代みーちゃんとは僕のことよ! まあ、その話も別の話で。














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