僕が猫になった理由

にゃんたろう

僕が猫になった理由(わけ)

僕が猫になった理由(わけ)

 僕は今、妹の風香と一緒にベビーベッドで寝ている。


 風香はまだ一歳にもなっていない可愛い赤ちゃんだ。


 桜の舞う季節に、病院から初めて家に来た風香に会った時、


「風香、お兄ちゃんの瑞樹みずきだよ~。よろしくね~」


 なんて、馬鹿兄を演じてしまったのは、黒歴史だ……。だけど、本当に目に入れても痛くないほど愛おしい。


 でも、風香は妹と言ってはいるが、本当の妹ではない。ないどころか、僕は人間じゃなくて猫だ。そう、猫なのだ。


 でも、前世は人間だったんだ。


 どうして、猫になったのかはいろいろ複雑な事情がある。


 それは遡ること、僕が中学生になった時から始まる。





 僕には二人の父親がいる。


 僕の本当の父親、血の繋がった父親はとある茶道の家元。


 僕の母はその父親のお妾さんだった。母は元々その父親の秘書をやっていて、そういう関係になったらしい。


 そして、その父親と母の間に産まれたのが僕だ。産まれたのはいいが、父親は認知してくれなかった。手切れ金もなかったらしい。酷い父親だ。


 その後、そんな母を支えてくれた男性と結婚した。それがもう一人の父だ。


 もう一人の父は自分の本当の息子でないにもかかわらず、本当の息子のように僕を可愛がってくれたいい父だった。もちろん、その頃はそんな話はまったく知らない。ただたんに、大好きな父だった。


 その父が小学五年生の時に事故に巻き込まれ亡くなった。多少の保険金は受け取ったものの、生活が厳しくなり母はパニックになっていた。僕は生活が厳しいとか以前に、大好きな父がいなくなって心にぽっかりと穴が開いていた。僕も母も途方に暮れながらも、一年が経った時に急に母が再婚すると言ってきた。


 それも別れた家元の本当の父親とだ。この時にその人が本当の父親だと聞かされ、更にショックを受けたのを覚えている。


 どうやら、育ての父が亡くなった後、丁度その頃に正妻を亡くした家元の父親が母に仕事や金銭面で手を差し伸ばしたことが切っ掛けで、寄りを戻し再婚に至ったようだ。


 そして、僕が中学生に上がる時に正式に再婚しそれまでの生活が一変した。


 今まで住んでいたアパートを引き払い、家元の父親の家に移り住む。父親には前の正妻との間に二人の息子がいた。その息子たちとは別に、母とは別のお妾さんとの間に産まれた娘が一人いた。まじかぁって感じだった。


 長男は既に結婚もしていて、次期家元が保証されていた。性格は淡白で仕事以外興味がないようで、言葉を交わしたことも数えるくらいしかない人だった。


 次男はとても嫌な奴で何かにつけ因縁をつけて暴力を振るってきた。


 姉さんはそんな僕を唯一庇ってくれた人だ。


 母はその頃には家元の妻として忙しく、僕の事を顧みる余裕は全くなかった。


 僕が高校に上がる時、姉さんの結婚が決まり家を出て行くと知った時はショックだった。


 姉さんがいなくなると、更に次男の暴力がひどくなった。そんな時に僕は次男の秘密を知ってしまったんだ。それが原因であんなことになるなんて……。


 それは本当に偶然の出来事だったんだ。学校の部活帰りに街のスポーツ用品店に寄ってから家に帰る途中に見てしまった。


 長男の嫁と次男がラブホテルから出て来る所を。


 その時はとっさに隠れたので僕を見られてないと思っていた。甘かったのだ僕は……。


 その日のうちに次男は知らない間に僕に睡眠薬を飲ませ家から連れ出していた。そして僕が目を覚ました時、次男はこうも言っていたんだ。


「どうせ殺すつもりでいた。あの女だけじゃなくお前まで親父の子だなんて認められるか。お前らに親父の財産は渡さねぇ」


 あの女? こいつ、姉さんも殺す気なのか? そんなことをさせるわけにはいかない。必死に抵抗したけど無駄だった。そして僕は殺された……。






 気づくと、真っ白な空間にいた。


 目の前に人らしき姿があるが顔が認識できない。


「君はなんて不憫な人生だったのだろう」


 そうだね、本当に悲しい人生だった。だけど、父さんと一緒に暮らした小さい頃は幸せだったよ。姉さんに会えたことも幸せだったよ。


「私は自分の力のなさに、不甲斐なさを感じている」


 この人は何が言いたいんだろうか?


「この世界を創ったのは私だが、この世界に干渉することができない」


 この世界を創った? ということは、神様ってこと?


「君たちの言葉で言えばそうなる。だが、断じて万能ではない」


 神様だけど万能じゃないの? まあ、いいや。それで、そんな神様がどんなご用ですか?


「たまたま君のことを見ていた」


 神様って暇なんですか?


「暇ではない。言ったろう、たまたまだと」


 そうなんですか? それでどんなご用件ですか?


「あちらの世界には干渉できないが、ここなら問題はない。不憫な君を君が望むように転生させてやろうと思ってね」


 そんなことしていいんですか?


「これも君と関わってしまったからね。特別だよ」


 そうですか。それなら特別ついでにお願いがあります。僕は神様に僕の望みをお願いした。


「本当にそれで良いのかい? もっといい生活が出来るようにもなれるのだよ」


 構いません。お願いします。


「そうか、君がそれを望むなら仕方ないね」





 そして、僕は生まれ変わって、姉さんの玄関の前で必死に鳴いていた。


 みぃ~、みぃ~と気づいてほしくて必死に。


 玄関から姉さんが顔を出しキョロキョロ周りを見てから下を見て僕に気づく。


 僕はこれ以上ないほど可愛らしく鳴いてみせる。ここで失敗は許されない。


 姉さんはそんな僕を抱き上げ、


「どうしてこんな所に、あなたが居るの?」


 正直、この言葉にドキッとした。まさか僕だとわかったのかと。


「お母さん猫とはぐれてしまったの?」


 どうやら、違ったようだ。姉さんに頭をスリスリして愛情表現をして、気に入ってもらえるように必死にアピール。僕を姉さんの目の高さまで持ち上げ、


「この子、瑞樹ちゃんと目元がそっくりね。瑞樹ちゃんの生まれ変わりみたい……」


 そう言って、姉さんは涙を見せ子猫の僕をギュッと抱きしめてくれた。やっぱり姉さんは僕のことを思ってくれていたんだ……。


 そんな姉さんを僕が守ってみせる。あんな奴に姉さんを殺されてたまるもんか。そのためにこうして僕は生まれ変わったんだ。


「今日からあなたはみーちゃんよ」


 その日から、僕は姉さんの家族の一員になった。姉さんの旦那さんもとても良い人で、僕を可愛がってくれる。


 姉さんはたまに家元の父親の元に行くことがある。僕はそれに必ず付いて行ってる。都合がいいことに父親も長男も次男も猫好きだ。母と長男の嫁は苦手のようだけど。


 母さんは猫が苦手だったんだ……。


 家元の父親の家に付いて行く理由は姉さんを守るため。実際に長男の嫁と次男は僕が見てる前で、姉さんの飲み物に微量の毒を盛ったりしていた。それを姉さんが口を着ける前に、僕が蹴っ飛ばしてやる。子猫のすることだから、父親も長男も目尻を下げ怒らない。次男も怒っているけど、目尻が下がっていた。


 そして、僕が姉さんの家に来て半年が経とうとした時、姉さんに赤ちゃんができた。


 そして産まれてきたのが風香だ。


 風香はすくすく育ち、もう四歳になる。


 僕と風香はいつも一緒だ。風香が赤ちゃんの頃はずっと傍にいて、泣くとあやし、ウンチをすると姉さんを呼びに行ったものだ。尻尾を引っ張られようが、耳を噛まれようが好きにさせた。可愛い妹のためだ、全然嫌じゃない。お風呂も、寝る時も離れない。大事な僕の妹だ。


 今でも姉さんは家元の父親の家に行っている。風香は父親にとっては初孫だ、目に入れても痛くないほど可愛がっている。


 それとは対照的に長男の嫁と次男はだいぶ焦っているようだ。今では風香もその対象になってしまい、僕は大忙しだ。風香が産まれたことで財産が減ると考えたんだろう。救いようのない奴らだ。


 そんなある日、次男と長男の嫁が相談してる場所に出くわした。僕がいるにも関わらず相談を続けている。僕は欠伸をしながら日向ぼっこ。どうやら、痺れを切らして姉さんを殺す計画を立てたようだ。アリバイをどうするとか、どうやって呼び出すとか話し合っていた。全て聞かれているとも知らずに……。




 そして、それが実行されたのはひと月後の姉さんと風香が父親の家を訪れた時だった。


 陽が暮れた頃、出掛けていた長男の嫁から電話が入った。買い物に行ったが雨が降ってきたので傘を持って来てくれないかと。次男は友人の所に出かけたということで、持って行けるのは姉さんしかいない。風香の面倒を父親に頼み、傘を持って出かけようとする。もちろん僕も付いて行く。


「あら、みーちゃんも一緒に行ってくれるの?」


「みゃ~」


「フフフ……。じゃあ一緒に行きましうか」


 そう言って姉さんが抱っこしてくれた。


 傘を持って行く場所は父の家から少し離れた駅だ。この辺は大きな家ばかりで人通りが少ない。そのうえ、もう陽が暮れて暗くなっている。狙うには最適な場所だ。


 人通りが途絶えた場所でそいつは現れた。黒いコートに夜だと言うのにサングラス。見るからに怪しい奴。


 姉さんまであと少しという距離で、そいつはナイフと思われる物を出して姉さんに襲いかかる。


 姉さんは何が起きてるか理解できず固まったまま。僕はとっさにそいつに飛びかかった。


「みーちゃん!」


 怪しい奴はナイフで僕を切りつけた。痛い! そしてじんじんと熱い……でも姉さんを守らなきゃ! 切られた足で何とかそいつの顔に飛びかかる。お腹の辺りに激痛がはしり途轍もなく熱くなったけど、構わずそいつの顔に渾身の爪を立ててやった。その拍子にサングラスが落ち、そいつの慌てた顔があらわになる。やはり次男だった。


 ははは、やった、やってやったぞ! 顔に付いた爪の傷が証拠になるはずだ。これであいつらは終わりだ。僕は姉さんを守ったんだ!


 あ、あれ? おかしいな……力が入らない……。


「みーちゃん! みーちゃん! 誰か! 救急車!」


 ははは……そうか、僕はあいつに切れたんだった……姉さん、僕猫だから救急車呼んでも無駄だよ……。僕は姉さんを守れて満足だよ。僕はこのために生まれてきたんだから……。


 眠たくないのに瞼が重いよ……。もう目を開けていられない……。ちょっとだけ寝よう……。あぁ、早く風香に会いたいなぁ……。風香、起きたらいっぱい、あ、そ、ぼ、う、ね……。







 気づくと、また真っ白な空間にいた。


 そうか、僕はまた死んだのか……。


 目の前に人らしき姿があるが、顔が認識できない。


 神様って暇なんですか?


「暇じゃないと、前に言った気がするが……」


 じゃあ、なんで僕の目の間にいるんですか?


「たまたまだよ」


 たまたまですか……。たまたまついでに、あの後どうなったか知りませんか?


「そうだね。気がかりだろうから教えてあげよう。お姉さんも妹さんも無事だよ。次男と長男の嫁は捕まった。君が付けた傷と君の爪に残っていたDNAが一致してね。その後、取り調べで人間の時の君を事故死に見せかけて殺したことも自供した」


 そうですか。じゃあ、姉さんたちはもう安心ですね。よかった……。


「そうだな。君は十分にやったよ。前世は不憫な人生だったが、今生は良い猫生だったと胸を張って言えるだろう。もう心残りはないね」


 はい。みんなが幸せになってくれればいうことはありません。


「それはもう君が気にすることではないよ」


 そうですね……残念です。


「さあ、転生する時間だ。残念だが今回はお願いは聞けないし、君に選択権は与えられない。輪廻転生の輪に戻ってもらう」


 仕方ないですね。でも姉さんと風香を守れたこと、感謝してます。


「私も君に会えてよかったよ。君の来世に幸多からんことを。さあ、行きたまえ!」









 あの事件から一年半が過ぎ去ったとある病院のとある病室で、母親に抱かれた赤ちゃんと家族との初めての対面がおこなわれた。


 その家族の女の子は自分の弟に会うのを、とても心待ちにしていたのだ。


 母親が赤ちゃんを抱きかかえ病室に入って来るや否や、赤ちゃんに声を掛けた。



「瑞樹、お姉ちゃんの風香だよ~。よろしくね~」



 そんな部屋に優しい風と共に桜の花びらが舞い込んできた……





 おわり

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