第4話


「じゃ、お願いね」という所長の声を、私は左耳で受け取った。かしこまりました、と返事をしながら右手のペンをメモ用紙の上に走らせる。聞いたことをメモし終えて、左耳に紙コップを押し当てたままだったことに気づき、机の上に置く。午前中の太陽だ、背後の窓越しに紙コップと糸を照らしていた。糸の先は左側の壁へと続き、隣の所長室へとつながっている。

 ペンも机に置き、椅子に深く腰掛けて私は伸びをした。天井をぼんやりと見つめ、いつものようにコーヒーを入れに行く。食器棚からお気に入りにのクマのイラスト付きのコップを取り出し、ピッとドリップコーヒーのパックを開けた。

 再沸騰するポットからこぽこぽぽぽと音がする。その間、私は考える。所長の正体について。

 私は所長の顔を見たことがない。知っているのは声だけ、それも、もしかしたら所長以外の誰かかもしれないし、変声期なのかもしれない。私を雇うとき、所長は

「秘書を探してるんだ、君がぴったりだ」

と言って私を採用した。チャット上で。その後、メールで職場の地図が届き、この事務所で働き始めて半年がたつ。

 当初は驚いたものだった。メールには私の部屋が与えられ、そこで事務作業をしてほしいとのことだったが、事務所の誰とも会ってはいない。他にも職員はいるとのことだったけど、何人いるかも知らないし、所長は恥ずかしがり屋とのことで姿を見せることもない。仕事内容の書類からして、所長は不動産関係のようであったが、定かではない。

 コーヒーを入れ終えて、席に戻る。砂糖とミルクを混ぜ、飲む。


 変な職場だな、と思う。


 しかし、いつからか、毎日の所長からの糸電話による定時連絡が楽しみになっている私がいるのであった。













2017/02/28(火)

東野ミヤコは「現世」「糸」「業務用の主従関係」を使って創作するんだ!ジャンルは「悲恋」だよ!頑張ってね!

https://shindanmaker.com/58531

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