第3話 チュートリアルの武器は串④

 光ったお札はどんどんモヤを掃除機みたいに吸い上げていく。

 でも、さっきの元ギャルっぽい幽霊のモヤを吸い上げるときより若干時間がかかってるようだ。


「影井さん……大丈夫なの、これ」

「こいつは怨霊だ。悪霊より霊態が纏う瘴気の量が多い。これくらいは普通だ」


 その言葉と同時に、お札は地面にパサリと落ちた。

 それを拾い上げて影井さんは満足そうに笑う。


「今日だけで二枚か。上出来だ」


 そう言いお札を内ポケットに仕舞った彼は私を見ていった。


「清村、ひとつ訪ねる」

「うん?」

「お前、戦うすべはどこで習った」


 ふと、そんなことを聞かれて目を丸くする。

 戦うすべを、どこで学んだか。

 子どもの頃、剣道を習い始めた。

 けれど、その日のうちに師範をぶっ飛ばしていた。

 柔道も同じ。

 合気道も、空手も、全部そうだ。


 私は、誰にも戦うすべを学んでいない。


「………」


 その現実を口にするのが何故かためらわれて私は目を泳がせた後、思わず俯いてしまった。


「お前の戦い方は”相手を殺す”戦い方だ」


 否定は出来ない。

 だって目の前の相手は人を殺す悪い怨霊だってきいた。

 ギャルの悪霊だって影井さんを傷つけた。


 だから、殺さないとって思って挑んでいた。


「そんなものはよほど特殊な職業を生業としない限りそうそう習えるものではない」


 鋭い洞察に何も答えることができない。

 だって、誰にも習ってませんなんて信じてもらえるはずがない。


「どうした、何故答えぬ」


 駄目だ、きっと言った嫌われる。

 平気で人殺しができそうって既に思われてるっぽいし。


「お前は俺の懐刀だろう? お前は俺のものだ、だから全てを知りたい、それだけだ」

「習ってません、誰にも」

「……随分あっさり答えたのう」


 俺のものってあまりにも熱い言葉に私の馬鹿な口はあっさり事実を吐き出していた。

 なんでだよ!!! 私の馬鹿馬鹿馬鹿!!!!!!


「それにしても、誰にも習わんのに人を殺す術を知っているとは……おかしな話だのう。人を殺すというのは簡単なことではない。刀を持ったからといって素人では簡単に一太刀で相手を両断できるわけではないだろう?」

「骨を絶ち、肉を切るのにも技術や経験、それなりの力は必要だよ」


 私は影井さんの言葉に目を伏せたまま返す。


「お前は刀も使わずに的確に相手の武器をまずは奪い次に動きを封じた。あんな動きが素人に出来るわけはないし、手習いで取得できるとも思えん」

「生まれつき、かな」

「生まれつき……だと?」


 観念したように、影井さんをジッと見つめてため息をつく。

 この事実を知ってるのは両親と、一部の親戚だけ。

 灯夜くんは私の事情を知っているから、私に厳しくしきれない。


「私は生まれつき強かったんだよ。幼稚園の頃、地元の剣道教室に通い始めたその日のうちに師範を打ち負かしました。空手、柔道、合気道、その他諸々、何をやっても同じ結果ばかり」

「信じられんが、嘘を言っているとも思えんな……」

「一時期はメディアに追いかけられそうになったこともあっただけどね。それが嫌で親はここに引っ越すことを決めたの。実家もあったし」

「なるほど、のう……ということは、清村自身も知らぬ何かがあるのかもしれんのう」

「私の知らないなにか、かぁ……」


 影井さんが、私の全てを知ったらその何かがわかるのだろうか。

 でも、言いたくない。

 これ以上は言えない……


「あったら、すごいですねぇ」


 誤魔化すように笑った私の顔を見て影井さんは眉間に皺をよせた。

 まるで、私が誤魔化したのに気づいているようだった。


「清村」


 影井さんは私の前に立って一瞬だけ掠めるように頬に触れた。


「俺は諦めが悪い。お前は俺の懐刀だ、全てを知るまで俺は諦めんぞ」

「なっ……そ、そういうことは軽はずみに言うんじゃありません!!!」


 思わずストレートパンチが飛び出してしまう。

 しかし、影井さんはそれを軽くパシッと受け止めてしまう。

 ううう、調子狂う。


「ひゃ!?」


 受け止められた側の手首をぐっと引き寄せて影井さんは顔を寄せてくる。

 近い!!! 無理無理近い近い!!!!!!


「軽はずみではない」

「じゃ、じゃじゃじゃあ~……何はずみですか……」


 語尾がへにゃへにゃしてるのが自分でもわかる。

 なんでこんなにドキドキするんだろうか。

 星弥が近くに寄ってきてもなんとも思わないのに、影井さんがそばに来るのは駄目だ。

 だって吐息が顔にかかるくらい近いよ、ひぇぇぇぇ!!


「清村、俺はお前のその人を安易に殺せて仕舞うほど力を疎ましいとは思わぬ。どんな手誰の懐刀でも、最初は人の体の形をしておる死霊をあそこまで迷いなく叩き潰せる者はいない。よほど死霊に恨みのある者ですら、霊態が噴出すほど屍鎧を破壊することには躊躇があるものだ」


 そうか、私には、影井さんのいう躊躇って感覚が殆どないんだ。

 私や、私の好きな相手を傷つける奴は悪。

 人をたくさん殺してる奴は悪。

 そして私の懐刀としての仕事は屍鎧を破壊すること。

 だから言われたとおりに実行しただけ。

 まるで、本当にチュートリアルをクリアするかのごとく。


「私は、おかしいのかな……」

「俺の懐刀としてはこれ以上にない」

「本当に?」

「素まで見せた相手に嘘は言わん。お前に嘘は通じん気がするしのう」


 なんだか嬉しくなってしまった。

 嬉しくて、自分の体が勝手に動くのを私はまた止められない。


「ありがとう、影井さん大好き!」

「……!」


 ぎゅーっと思わず私は影井さんに抱きついていた。

 影井さんは驚いた風でもなく私を抱きとめてよしよしと背中を撫でてくれた。


 多分私の強者たる姿を垣間見せた相手が影井さんでよかったのだ。

 そうじゃなかったら、不気味がられていたと思う。

 それは偏に影井さんもまた強者であるから、だと思う。


 私の力をこれ以上にないって言ってくれた影井さんの存在が私の心を大きく揺らした。

 私は、私の出来る限り影井さんのためにこの刃を振るおうと思った。


 武器はバーベキューの串だけど。

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