第3話 チュートリアルの武器は串③
体育倉庫の扉は物理的に歪んだ、というよりは何か強制的に歪を作ってゆがめたって感じだ。
そのゆがみに手をかけて何かがぬーっと顔をだした。
肌はカサカサのミイラみたいで、でも体はムキムキしてるこのアンバランス感……
なんて表現していいかわからないけど野球部員のミイラって感じ。
でも、何か周囲に黒に近い紫の煙みたいな気持ち悪いモヤが噴出してる。
さっきの頭の潰れた幽霊のモヤはもう少し青っぽい色だったけどますますおどろおどろしい。
「うへぇ……いるだけで空気が腐りそう」
「強い怨霊からは、人を参らせる瘴気が出ておるからな。よく平気でたっておるわ」
「この程度でへばってられませんよ」
そうは言っても、空気を吸うだけで肺が腐り落ちそうなくらいこの周囲の空気はおかしい。
それでも、私は自分を制して相手を睨む。
『いのち……たましい、あつめ…あつめ……俺、あいつのところ……』
右手に握ったバットを引きずって野球部員のミイラはゆっくり歩き出す。
フラフラした足取りはとてもこいつ強いぞって感じではない。
けど、とにかくこの空気だけはすごく嫌な感じで私は身構える。
『いのち……よこせぇぇぇぇぇぇぇ!!』
「やっぱりかーーーー!!」
私の前に立った野球部員のミイラは私に向かってバットを振り上げ即座に振り下ろした。
それをひょいっとバックステップでかわして身構えなおす。
「清村! 武器だ、念じろ!!」
「あ、はいー」
私は右手を前に突き出した。
そして念じる。
「影井さん!! 武器下さい!!!」
言葉にも出た。
すると、私の右手に椿の花の形の紋が浮かび上がる。
そして……
私の手の平から光がはじけて、何かが現れる。
本能的に私はその柄らしきものをぐっと握った。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
光の中からそれを思い切り引き抜くとそれは……
バーベキューのときに使う大きな串だった。
「は?????」
「なっ……」
勇者が剣を構えるような格好で私はバーベキューの串を構えていた。
意外とこの串でかいのね……
「って、何じゃこりゃああああああああああああああ!!!」
『いのちをよこせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!』
「このタイミングでかーい!!!!!」
振り下ろされるバットをバーベキューの串で止めながら叫ぶ。
ギリギリと力をこめられるけれど、思いの外こいつ力は強くない。
「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ぐぐぐっとバットを押し返して相手の腹に思い切り蹴りを見舞う。
「清村」
「うん?」
「直近で何か考えていたことはあるか?」
「お腹空いたーバーベキュー食べたい」
「………」
影井さんは目を閉じて口をへの字に曲げた。
わぁ、考えたものがそのまま現れたよ! すごいね!!
「ってせめてバーベキューの串を出すなら肉も一緒にだせぇぇぇ!!」
っと涙ながらに串に突っ込んでいると、目の前の野球部員のミイラがよろよろと起き上がる。
『くそ……くそくそくそ!! おまえのいのちで、俺は、俺は美知子のところに行くんだ!!!』
「どいつもこいつも、何で人の命を奪って成仏しようとしてんのよ、信じられない」
私は左手でぶんっと空を切った。
すると右手と同じようにバーベキューの串が左手からも出る。
「な……もう一本、出しただと……!?」
コツさえつかめば武器を出すことなんてなんてことはない。
右手と同じように念じればいいだけだ。
「さぁ、あんたをボコってその体を壊せば私の仕事は終わりみたいなの。お腹空いてるから一気にカタを付けましょう?」
そう相手に告げつつ、私はバーベキューの串をがちゃんっとぶつけて構える。
『うるさい、うるさい、おまえのいのちも、おれがもらう……美知子、美知子!!』
「あんたがそんなんじゃ、きっと美知子さん? のとこにはいけないよ」
めちゃくちゃに振るわれるバットの起動はいともたやすく見切れた。
力に任せて振り回してるせいで、太刀筋……いやバット筋がブレブレなのだ。
相手の振るうであろう方向を見極めてからでもすんなり避けられる。
『なぜだ!! 何故お前はこの瘴気で弱らない!! 何故俺のバットがあたらない!!』
そう叫ぶ野球部員のミイラの手にバーベキュー串をグサリと刺す。
ぎゃあっと短い悲鳴が上がり、相手はバットを地面に落とした。
けれど、そこで私は手を休めない。
こいつは、何人も人を殺した怨霊だって聞く。
野放しにしてたらまた殺す。
自分が成仏したいがために。
「少しおとなしくしとけーーーーーー!!」
バーベキューの串を相手の喉に深く突き刺しそのまま押し込むと相手は『おごっ!?』っと変な声をあげたけれど、そのまま私はどんどん串を押し込みながら相手を押してゆき体育倉庫の壁に突き刺した。
「ほら、動けないよこれで」
「………」
私の行動を影井さんはジッと腕を組んだまま見ている。
その目が何を考えているものか、それはわからない。
でも、まるで私を観察しているようなそんな目なのは間違いない。
「その入れ物破壊しないと、影井さんが動けないみたいだし……」
私は転がった野球部員のミイラが持っていたバットを手に取った。
「さっさとぶっ壊すよ!!」
その言葉と共に胴体に向かってバットを力いっぱいフルスイングした。
すると、小さな悲鳴が聞こえると同時にミイラのように脆いその胴体はあっさり両断されてしまった。
その瞬間に相手の体から黒に近い紫のモヤがぶわっと噴出した。
「ひゃあ!?」
「清村、下がれ!!!」
「は、はい!!」
影井さんの叫び声が聞こえて、私は一目散にそのモヤから距離を取った。
「こうもあっさり怨霊が屍鎧を破壊されるとはのう……」
いつの間にか手にしたお札を構えて影井さんは少し呆れた様子で呟いた。
その呆れの入った表情は、どういう意味なのか少しだけ不安になる。
「お前も、バーベキューの串で負けるとは思わんかったろう。しかし相手が悪かったようだ」
同情するように言う影井さんに向かって、モヤは渦巻き向かっていく。
危ないといいかけたそのとき、影井さんは手を前にだし小さく「急々如律令!」とよくわからない言葉を呟いた。
するとまるで、影井さんの前に見えない壁が出来たかのようになりモヤが左右にはじかれていく。
もう一度上空でひとつになったモヤはとぐろを巻いて、まるで威嚇をする蛇のようになっている。
モヤになると、言葉は話せなくなるのかな……
けど、体があるときよりもずっとおぞましくて殺気立ってる。
これと戦うほうが、ミイラと戦うよりずっと怖いと思った。
だって、物理通じなさそうだし。
「観念するんだな。俺に勝とうというのならばそれこそ上級妖怪にでもなってから挑むことだ。まぁ、死んでせいぜい三十年程度のお前には、無理かもしれんのう」
影井さんの言葉は自信に満ち溢れていた。
そうだ、強者の余裕だ。
私は影井さんのこういうところに魅力を感じてやまない。
ああ、この人は私をきっと満たしてくれる存在だと、本能がそう告げていた。
「行くぞ! 朱・玄・白・勾・帝・文・三・玉・青!!!!!」
影井さんの投げたお札が、さっきと同じように強い光を放った。
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