第3話 チュートリアルの武器は串②

 その言葉が放たれた瞬間、私は灯夜くんの顔面1mm手前まで拳を突きつけていた。

 灯夜くんは小さく変な声を上げていたけど、それ以降は声も出ていなかった。


「それは、軽々しく口に出してほしくないって、言ったよね?」

「わ、悪い」


 一歩間違ったら殺してたかもしれない。

 それくらい私は今の灯夜くんの言葉に殺気立っていた。


「最上センセ~最上センセ~!?」


 そんな一瞬の静寂を破ったのは、別の教師の声だった。


「あー、いたいた最上センセ!」

「……なんだよ、んなに何度も呼ばなくても聞こえてるっての」


 渡り廊下のほうからキョロキョロしてやってきたのは灯夜くんと違ってきっちりしたスーツ姿の先生だ。

 この人は日本史の今川先生。

 なんていうか年齢不詳な人だ。そのキャラクターから年齢を推測できない。

 口調ははんなりした京都弁を話していて、もちろん外の人なんだろうけどこの学校には妙になじんでいた。


「職員室のパソコンがエマァジェンシィや!! はよう来てください!!」

「はぁ!? まーた壊したのかよお前!! 今度はなんだ!!」

「ブルースクリーンです」

「最悪じゃねーか!! ぶっ飛ばすぞ!!!!!」


 ぎゃーぎゃー騒ぎながら灯夜くんは今川先生と職員室のほうへ歩いていこうとした。

 けれど、一度私のほうを振り向いていった。


「さっきのは……俺が悪かった。今回だけは深入りしねぇから、なんかあって教室行きにくいなら情報準備室で放課後まで時間つぶしとけ。自習扱いにしといてやるから勉強しとけよ」


 そういって灯夜くんは情報準備室の鍵を投げてよこしてくれた。

 意外な行動にきょとんとはしたけど、素直に私は「ありがとう」と伝えた。


**********************


『やーい、椿は化け物―!!』


 幼い頃の記憶が一瞬過って頭がずきりと痛んだ。

 私をはやし立てて石を投げてきた男の子を私はただただ睨んでいた。

 石がぶつかって血が出ても私は耐えて耐えて、耐えていた。


『化け物の親だから椿の親も化け物―!!』


 その瞬間、我慢していた糸がブツンっと切れたのがわかった。

 そこで私はハッと目を覚ます。


 見れば外は薄暗くなっていて、もう放課後になっているのは安易にわかった。

 嫌な汗をかいていてはぁっと息を吐きながらそれをぬぐった。


「……私が化け物ならお前はなんだ」


 くるくると指に髪を絡み付けながら恨めしい声を私は上げた。

 ああ、きっと私の秘密を知ったらここのみんなもこぞって私を化け物というんだろうな。

 お嬢様たちなんてきっと鬼の首を取ったような態度になるだろう。

 星弥ですら知らない、私の秘密。


 その瞬間、私は影井さんの顔を思い浮かべた。


 ああ、嫌だな。

 影井さんにだけは知ってほしくない。


「嫌われたくないなぁ」


 人と接してきてそんな風に思ったのは初めてかもしれない。

 私は、自分の境遇から全てを諦めていて、もう別に嫌われてもいい、仕方ないと思うことが多かった。

 でも、影井さんにだけは何となく、嫌われたくなかった。


「そろそろ、行ってもいいか」


 私は準備室に設置された大層なパソコン用の椅子から立ち上がった。

 こう、負担軽減っていう意味なんだろうけどクッションが効いていて寝心地は最高だった。


 情報準備室の鍵をかけて、私は昇降口に向かった。

 鍵は明日返せばいいだろう。

 狐のストラップがついてるから、どうせこっちはスペアキーだろうし。


 もう、かなり暗くなっていて昇降口どころか学校の中に生徒の気配を感じなくなっていた。

 パソコン使ってちょっと勉強したりしてたんだけど疲れちゃった。

 そのまま寝てたらこんな時間だもんなぁ……


 うっかり寝てしまったことを心の中でちょっと後悔しつつ私は体育倉庫に向かう。

 時間をきちんと話し合ってなかったのは失敗だったかな。


 そんなことを考えながら体育倉庫に向かうと、もうそこには影井さんがいた。

 腕を組んだ状態で真っ直ぐに体育倉庫を見ている。


「ごめん、待たせたかな?」

「いや、時間も言っておらんかったからのう。気にせずともよい」

「そっか」


 そう、短い会話を終えて私も体育倉庫に目をやる。

 古びたその倉庫は扉が錆付いた赤い屋根の佇まいで、夕闇にはとても不気味に映える。


 それにしても、これからドンパチやるのよね。

 お腹すいたなぁ。何か食べればよかった。

 今日は思い切りお肉が食べたいなぁ、炭火焼。

 あぁ、バーベキューがいいなぁ、バーベキュー。

 串におっきな肉を刺して焼いて、思い切りかぶりつきたい。


 お腹をさすりながらそんなことを考えていたら、影井さんがふと私のほうに目をやる。


「清村、もうすぐ六時を回る、気を引き締めておけ」

「え?」

「この体育倉庫は六時をすぎるとある幽霊が飛び出して学内を徘徊する。出会いがしらに殴りつけてくるほど強暴だから気をつけろ」

「うわぁ……その噂本当なんだ」


 私ですら聞いたことがあるやつだ。

 入学当時まだ話をしていた友達から、この学校には六時以降残る生徒がほとんどいないことを聞かされた。

 何でも幽霊の動きが活発になるらしくて、特に死んだ野球部員ってのが危ないらしいと。


 大昔、恋愛で色々あった野球部員が体育倉庫で発狂して死んだそうで。

 その後恨みを抱いたその部員はバットを片手に体育倉庫から学校内を徘徊。

 出会いがしらに殴られるらしくて、外傷はないのに倒れる生徒が後を絶たなかったらしい。

 しかも、その子たちはみんな衰弱死をしてるって、なんかよくあるオカルト。


 でも、事実だったんだなって思うと割と気味が悪い。


「影井さん、殴られた子たちはみんな衰弱死って聞いてるけど何で?」

「生命力を奪われたのだろう。死霊にも一応ランク付けがあって、できることも変わってくる」

「ランク付け?」

「そうだ、浮幽霊には殆ど何もできん。その名の通り浮遊してるだけだからな……が、自縛霊になると縛られた場所で何らかのポルターガイスト系の力を発揮できるようになって来る。それが更に力を付けると悪霊になり、人を直接的に傷つけられるようになり、最後、怨霊となると相手の魂を直接奪うようになる。悪霊はまだ逃げることが可能だが怨霊は執念深い……鉢合わせしたら外傷はなくとも一般人なら確実なる死が待っているわけだ」


 なんか、難しいけどとりあえず悪霊と怨霊が幽霊の中じゃヤバイ部類ってのは理解した。

 それでもって、悪霊は実害があるけど生き残れる可能性があって、怨霊は魂確実に持っていくと。


「今回のあいては確実に魂を持っていく怨霊……と?」

「そういうことだ。やめておくか?」

「いいえ、戦う術があるなら負ける気はありません。相手が何であろうと」


 私の言葉に影井さんはフッと笑みをこぼす。


「この説明で怖気づかぬか。つくづく頼もしいのう」


 そう言って影井さんは私を見る。


「よいか清村。敵が現れてからでは説明が困難になるから先に言っておく。お前は俺と契約を交わしたことで俺の霊力を武器に変える力を授かった」

「影井さんの霊力を?」

「そうだ、先ほど右手に紋が出たろう? そこに意識を集中して俺に呼びかければいい、我が力となれ、とな」

「よくわからないですが、影井さん武器だしってって念じればいいってこと?」

「ううむ……少し違う気もするが、まぁよい、何とか俺が調整しよう……」


 影井さんが少し呆れた表情になった気がして、いたたまれなくなる。

 そうは言ってもやったことないことを理解しろといわれても難しい。


 それにしても難しい話は理解するのにお腹が減る。

 やっぱりバーベキューが食べたい。

 こう、大きな串にさした肉にかぶりつきたい。


「……きたか」


 その言葉と同時に、体育倉庫の扉がガンッとゆがんだ。

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