第3話 チュートリアルの武器は串①

 カエルだ。


 教室に戻ったら、私の机にカエルがいた。

 まだカエルがゲコゲコ鳴く季節でもないのに随分せっかちな奴だ。


 私は机の上に鎮座するカエルとしばしにらみ合っていた。

 それにしても立派なヒキガエルである。


「やーだー清村。いくら友だちいないからってカエル飼うとかやめろよなー!」

「あはは、でも超お似合いかもー!」


 お嬢様の腰巾着である志藤と茅場が私のほうを指差して下品にゲラゲラ笑う。

 その姿を見るとすーっと心が冷たくなる。

 何故我慢しなきゃいけないんだろうか。

 ぶん殴ってやろうかって攻撃的な私が顔を出しそうになる。


 それを、必死に抑えてはぁっと大きくため息をつく。


「お前も災難だね」


 そういいヒキガエルの脇に手を入れる。


「きゃぁぁぁぁ!?」


 その光景を見た女子の中には悲鳴を上げる子もいた。

 けど、別にカエルが触れる私にはなんてことはない。


「げっ……マジで触ってる。きもっ!!」


 そういう志藤のほうを私は一瞥した。


「外連れてってあげるから大人しくしてな?」


 そう言っって手にカエルを乗せて歩き出したときだった。


「ゲコゲコ!!」


 カエルがそう鳴いたと思うと、私の手から力強く飛び跳ねていった。

 志藤の顔に向かって。


「ぎゃあああああああああああああ!! 清村てめぇ!!」


 いや、誤解だ。

 そのカエルが自発的に跳んで行きました。


 そう思いつつも暫くは顔面にカエルが引っ付いてる志藤をぼんやり見ていた。

 わざとかってくらい綺麗に顔の真ん中にカエルは両手両足を広げてひっついている。

 ぎゃーぎゃー騒ぐけど、いつもつるんでる茅場もお嬢様もカエルには触れないのか志藤から距離を取る。


 あーあー。冷たいね。


 呆れたように私は志藤の顔からカエルを剥がす。

 そしてカエルと向き合って言った。


「こらっ、そんなやつに引っ付いて怪我したらどうするの。めっ!」


 と、真剣に怒るとカエルは「ゲコゲコ」と短く鳴く。

 私は腰を抜かしてしまった志藤を見ると、


「顔洗ってくれば? ぬるっとしてるわよ」


 そういって彼女に背を向けた。

 小麦色の肌に、短く切ったボーイッシュな髪形、勝気な表情の彼女が、ちょっと涙目になって内股で座り込んでる姿があんまりにも意外でびっくりした。


「ま、春先にただ顔を出しただけでこんな場所につれてこられたんだもん、腹も立つか」

「ゲコッ!」


 カエルはまるで同意するように短く鳴いた。

 校舎裏の茂みにカエルを連れて下りると、丁度五時間目開始のチャイムが鳴ってしまった。


「ありゃりゃ、まぁいっか。もうさーぼろっと」

「さーぼろ、じゃねぇよ」

「げっ」


 せっかくバックレを決意した瞬間後ろから声がかかった。

 振り向けばジーパンにシャツ、短く切った髪に眼鏡をかけた一見その辺を歩いてそうなカッコウの男がいた。


「げっ、じゃねーよ。なにやってんだお前」

「よりにもよって面倒くさいのに見つかった……」


 私に声をかけてきたのはこの学校の情報の教師だ。

 ただの情報の教師なら別にとんずらすればいいんだけれど、彼の場合そうはいかない。

 彼の名は最上灯夜(もがみとおや)。

 彼は私のおばあちゃんの妹の孫、要するにはとこなのだ。

 遠縁の親戚なので、あかんべして逃げても見過ごしてもらえるわけがないのだ。


「あっちいってよ、灯夜くん」

「もーがーみ先生。ここじゃあ一応教師と生徒なんだからちゃんとしろ」

「めんどくさ」


 げーっと言う顔をして私はとりあえずカエルを地面に下ろした。

 カエルはゲコッと鳴いて首をかしげたような気がした。


「ほら、あんたはもうお帰り。もう巻き込まれるんじゃないわよ」


 よしよしと頭を撫でてやると、カエルはぴょーんっと茂みに飛び込んでいった。


「さーて、帰ろうーっと」

「無視してんじゃねーぞこの野郎!」

「うぇー……最上先生授業はー?」

「この時間は残念ながらフリーだ」


 深いため息が出た。もう逃げるのは諦めた。


「いいじゃない、もう午後だしチャイム鳴っちゃったし」

「よかねーだろ。まだ始まったばっかりなんだから教室もどれ」

「いーやーだ」


 親戚だから軽口を叩きやすい。

 けど、親戚だから一番私の後ろ暗い事情を知られたくない相手でもある。


「なんかあったのか?」

「……なんも」


 灯夜くんは普段は割りとちゃらんぽらんだけど、洞察力はあるほうだ。

 この人をかわすのがいつも難しくて胃が痛くなる。


「カエル抱えてサボろうって言葉を発する女子高生がなんもなかったとは思えねぇけどな」

「っち、鋭い奴め、かくなる上は口を封じるか」


 すっと構えを取ると灯夜くんはゲッと体を大袈裟に後ろに引いて青い顔をする。


「やめろよ、お前に殴られたら俺即死するから!!」


 ホント、私の親戚とは思わないほどに灯夜くんは弱い。

 ひょろっとしたおっさんなんだけど、ルックス的には悪くない。

 これで女の子のピンチにチンピラ追い払ってくれるような姿を見たら女の子は確実に惚れると思う。


 ただ残念なことに灯夜くんは、三十一歳独身一人暮らしのジャンクフードイーターで年々腹が出てきてる気がする。

 喧嘩は死ぬほど弱くて、その辺の犬どころか赤ん坊にも負けるくらいには弱いんじゃないだろうか。


「じゃあ見逃して、殴らないから」

「教師を脅すな!!」


 がーっと怒る灯夜くんの言葉を耳に指突っ込んで聞き流す。


「あのな、俺は一応この学校の教師としても、お前のはとことしても、それなりに保護者的な立場なんだから手を焼かせるなよ……」

「お父さんにもお母さんにも、余計なことは言わないでよ」

「余計なことって何だよ。お前になんかあったら榊さんと多江さん死ぬほど心配するぞ?」

「知ってるよ。だから、何もないのに余計な心配かけないでって言ってるの」


 ほんの少しきつめの口調で突き放すけど、灯夜くんは納得してないみたいだった。


「お前、まさか……あれ、バレたんじゃないだろうな」

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