第2話 意味は分からないが契約はする③
月が、まん丸な月が真っ暗な夜空に煌いてる。
笛の音が聞こえる……歌声も……
ああ、この笛の音懐かしい。
それに、この歌声はなんだか心地がよくて……
二人はきっと愛し合ってるんだなって伝わってくる。
笛の音が、歌っている人をまるで抱きしめてるみたいで……
でも、なんだか歌声は意に反して泣いてるみたい。
うん、でも分かるよ。
そうだよね。好きだけど、悲しいよね。
だって、あなたはもうすぐ……
「……ら、おい、清村!!」
肩を揺さぶられてそこでようやくハッと私は意識を取り戻した。
一瞬頭がパニックになって影井さんの顔をただただぼんやり見ていた。
けれど、ふと私の右手の甲と影井さんの右手の甲が強い光を放ったのをきっかけに意識がはっきり戻ってくる。
「な、なにこれ!?」
「ほう、花紋……これは椿か。名は体をあらわすのう」
冷静に言う影井さんの言葉の通り、私の手の甲には椿の花の文様が浮かび上がっていた。
でもそれは時間が経つにつれて薄くなり、いつの間にか消えてしまった。
「これでよい」
「………」
私には何が起こったのか分からない。
けれど、契約ってものが完了したことはなんとなく察せた。
「……清村」
「はい?」
何もなくなった手の甲を眺めていると、影井さんから声がかかる。
「この契約で俺は大きな利益を得た。が、俺だけが得をするのではお前が働き損になる」
「え? 別にかまいませんよ……?」
「そうはいかん。危険が付きまとう仕事だ、何か報酬を出そう」
報酬……
そんなの影井さんがガチで戦ってくれたら別にいらないんだけどな。
「一応、私は本気で戦ってほしいっていう対価をちゃんと申請したんですが……」
「もちろんそれはきちんと約束しよう。が、長い付き合いになるならちゃんと持続できる報酬がよいのう」
「うーん……じゃあ、影井さんを私にくれますか?」
「は?」
「あ!! や!!! なんでもないです!!!!!!!」
思わず口走った言葉に自分であわてて両手を顔の前でぶんぶんと動かす。
お願いだから!! 思ったことをさらっと出てくるこのゆるい口を何とかして!!!
そんな私を見て、影井さんは「ふむ」と唸る。
「まぁそんなに俺と一緒にいたいのなら、勉強を教えてやろう」
「は???」
影井さんは勝手に頷いて語り始める。
「あのような状況で勉強が出来んのは俺も理解しておる。あの嫌がらせの中で授業に集中するのも苦痛だろうしな。任せておけ、これでも大学は主席で卒業しておる。高校の勉強くらい教えるのは朝飯前だ」
「いや、さらっと主席ってさりげなくすごいな!!」
思わず突っ込んだけどそうじゃないだろ!!!
そこは、そばにいたいって察したなら一生俺がそばにいてやるとかそういう言葉がでるんじゃないの!?
「俺の懐刀としての実力は十二分にあるが、阿呆ではこの先苦労するだろうからな。安心しろ、この高校の主席くらいにはなれるレベルまでみっちり仕込んでやる」
「主席に教われば主席になれるなら、みんな主席に家庭教師頼んでるわよ!!!」
やっぱりこの人天然だ!!!
自分に出来ることは他人にも出来るって思っちゃってる人だ、やばい!!
だって目が本気だ……
「はぁ……主席までは望まないけど、普通レベルに理解できるようにはなりたいからお願いしてもいいかな。見直す教科書もノートもないから困ってたし」
「ああ、構わんぞ。俺もお前の力を借りるわけだしのう。win-winの関係ということだ」
win-winねぇ……
まるでビジネスの関係みたいに言われたのはちょっと切ない。
まぁ、そりゃあ親しくなって一日目だしね。
「とりあえず、私はあなたの刃になったわけだから……好きに使ってくれていいわ」
「そのつもりだ。今日の放課後さっそく付き合ってくれるか?」
「ん? 放課後……? 特に予定はないけど……怪我大丈夫ですか?」
「心配するな、俺は戦わんしな。旧体育倉庫に厄介なのがおる。そこでまぁチュートリアルといこうではないか」
「ソシャゲみたいですね……」
「そうだのう。先ほどのはイベント戦、ぞくに言うオープニングだ。次がお前が実際にプレイする番だ」
「わかりました。じゃあ放課後体育倉庫前で」
「うん? 一緒にいけばよかろう」
私はそれだけは拒否することにした。
「教室での関係は今までどおりにしよう。影井さんは関わらないで」
「お前があの状況を我慢する理由が理解できん。それだけの力を持っていながら何故牽制すらしない?」
「ぶっ飛ばしちゃえば早いけど、そんなことは出来ないし。あのお嬢様のことだけは飽きるまで耐えるしかないと思ってるから」
そう、私が無闇に手出しすれば両親に迷惑がかかってしまう。
もしかしたら幼馴染の星弥にも、矛先が向いてしまう可能性がある。
愛なんて一歩間違えば憎悪になる。
いくら今の状況が悪化しないよう邪険にしていても、星弥が大切な幼馴染であることに違いはない。
弟みたいな存在で、私が守らなきゃって気持ちもある。
だから、私は耐える以外にない。
力は、持っていても扱い方を間違えれば諸刃だ。
無闇に暴れるわけには絶対にいかない。
「だから、お願い」
私が無理矢理笑ってそう笑うと、影井さんはどこか納得できない表情で「わかった」と答えた。
どうせ、あのお嬢様たちには嫌がらせ以外の何もできやしない。
そう、思っていた。
けど、私は人の負の思いを甘く見過ぎていた。
人の抱く嫉妬心が私の人生を大きく捻じ曲げてしまうことになるなんてこのときは考えてもいなかった。
このとき私は、まだ自分の心に芽生えた淡い気持ちをどうしていいかに夢中で……
その周囲に不穏な気配が這いずっているなんて思っていなかったのだ。
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