第2話 意味は分からないが契約はする①
私は影井さんの腕にハンカチを巻きつけながら首をかしげた。
「本当に保健室……っていうか病院行かなくていいの?」
「こんな傷を引っさげていったら怪しまれるからのう。たいして深くもないから直に治る」
「ごめん、私を庇ったから……」
しゅんっと俯くと、影井さんは困ったように眉を下げる。
「あそこで庇わねば、俺は無傷でもお前の首が飛んでおったからのう。別に後悔はしておらん」
「影井さん……」
ああ、やっぱりいいなぁ。
これが今まで優しくしてくれていた影井さんの真の姿だとしたら、これはたまらない。
なんていうか、全てが自信に満ち溢れてて……
ああ、そうか。
今の影井さんからは強者のニオイがするんだ。
私は、私と対等かそれ以上でありうる強者を心の底でずっと求めていた。
私は生まれながらの強者だ。だから対等な相手がいなかった。
剣道、柔道、空手、合気道、それから棒術にトンファーに何ならムエタイやらサバットやら。
あらゆる格闘技に手を出したけれど、ただの道場破りにしかならなかった。
師事する相手がいないほど、私は私として強かったのだ。
慢心してると言われるかもしれない。
でも、慢心するしかないほど、どんな相手も私の足元には及ばなかった。
一時期幼稚園児で大人を倒す才能の持ち主ってことでメディアに取材を申し込まれたこともある。
けれど、両親はある事情でそれらを全て一蹴した。
家の前にまで強引な取材がくるようになって、両親は危険を感じていた。
盗撮なんかもされるようになりつつあって、いよいよヤバイってなったんだろう。
そのまま緑ヶ丘に逃げるように越してきて、以降、私は強者である姿を見せたことは一度もない。
そんなことをして両親を悲しませるのは嫌だしね。
けれど、どんなにすごい武器を持っていても使わなければ何の意味もない。
私は、強者だけれど、今はただの女子高生でしかない。
まるで本来の仕事を忘れた展示品の刀みたいだ。
「どうした、さっきからえらく呆けておるのう」
「え!? ああ、うん。なんていうか……上手く言葉に出来ない」
顔に手をあててわたわたと慌てる私に影井さんは肩をすくめて、少し笑ってみせる。
「おかしな女だな、お前は」
「ただ、その。やっぱり今のほうが自然。今までの笑顔、あれ全部作り物でしょう?」
私が問うと影井さんは諦めたように頷いた。
そして、首に絞めたネクタイを緩め、第一ボタンを外して言った。
「そうだ。この学校の生徒に怪しまれんようにのう。こんな口調では浮くのは自覚しておる」
「まぁ確かに。それにしたって、口調までは擬態したのになぜ髪型を直さなかったのかが疑問。目立つよ?」
「切ったら伸ばすまでに時間がかかるだろう? まぁこれには事情があってな……切れんのだ」
影井さんは少しだけ髪を手に取ってからパッとはなした。
「聞いちゃいけないことを聞いちゃったならごめん……誰にでも聞かれたくないことはあるのにね」
「構わんさ。どうせ、お前には最初から俺が嘘で塗り固めた態度で接していたのはバレておったようだしのう」
「なんとなく、だけどね。影井さんは陶器みたいな人だなって思ってました」
「陶器?」
「綺麗だけど、なんだか作り物っぽくて。中にとてつもないダークマター抱えてそうっていうか」
表現が稚拙にもほどがある。語彙力のなさは本当に情けないなと自分で思うほどだ。
「なんというか、お前は表現が色々おもしろいな」
「そうかな?」
「祇園精舎の鐘の声」
「諸行無常の響きあり」
「沙羅双樹の花の色」
「盛者必衰のことわりをあらはす」
「奢れる人も久しからず」
「た……た……畳返しが決まった!!やったね!!服部半蔵!!」
「わからなくなって適当にものを言うときの勢いが死ぬほど面白い」
「だってわかんないんだもの……!!」
頭を抱えて落ち込む私を見て、影井さんは「くくくっ」と笑いを堪える。
「まぁ、それにしてもだいぶ覚えてきたな。続きは、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ、だ」
「くぅ、全部いえるようになってるやる、絶対にだ!!」
きーっと悔しさに声をあげると、影井さんは私の頭を再びぽんぽんっと撫でる。
「教科書もノートもない中、勉強しろというのはいくらなんでも酷な話ではあるがのう」
「う……」
知ってたのか。
そりゃあ何度も授業中にさされては教科書忘れましたっていってればわかるか。
最近じゃあ先生も私を指すのは避けるくらいにはやる気のない生徒扱いされてる。
そんなつもりはなくても、だ。
私の教科書には油性マジックでしこたま落書きがされている。
一面真っ黒に塗りつぶされたページも多々あった。
ノートは新調するたびにゴミ箱にシュレッダーされたように粉々になって押し込まれていた。
学校は最早、両親に心配かけないために平和に暮らしているように見せかけるために通う場所になっていた。
何も楽しみもなくて、毎朝憂鬱な思いとストレスを抱えながら目を覚ます日々はしんどいものだ。
「そんなことより、影井さんは何者? 霊能力者?」
手当てを終えると私は影井さんの横に座った。
私の話なんて、これ以上掘り下げてもいいことはないから無理矢理話題を変えた。
彼は「大きいくくりではそういわれるかもしれんのう……」と、いいつつ付け加えた。
「俺は陰陽士だ」
「おんみょうし? 陰陽師じゃなくって?」
「似て非なるもの、だな」
霊能力者とかにはそう詳しくないから、そういわれてもちょっと意味はわからない。
私が知らないだけで世の中には色んな霊能力者がいるんだろうけど……
「陰陽師は主に占術や方術、祈祷を行う者を称するな」
「じゃあ平安頃に活躍たのは? あべのせーめーとかの!」
「その時代にはまだ陰陽師と陰陽士の明確な区別はなかったのう」
「へぇ……」
なんていうか、初耳な話ばかりで別世界の話を聞いてるみたいだ。
「陰陽士は主に妖怪退治や除霊などが主な仕事だ。現在人が抱いている陰陽師の仕事の印象が丁度俺たちの仕事ということになるのう。陰陽士の誕生は丁度南北朝時代、朝廷が二つに別れた頃の話だしな」
「へー……それって一般的な知識なの? 私、あまり詳しくなくて」
「いいや、俺たちの存在を知るものはほとんどおらん。それこそ同業者くらいだ」
陰陽士の影井さん。
なんか、それだけで強そう。
職業名があるだけで頼りになる感じが半端ない。
私も何かそういうのが欲しいけど、名乗れるとしたら女子高生清村椿、だ。
なんていう普通の響き……
すごい強そうな通り名とか欲しいなぁ。
鬼殺しの清村とか。
「しかし色々と見破られておってハラハラしたわ。口調が嘘っぽいとか年上っぽいとかな」
「え? 年上の方も? じゃあもしかして……影井さんって……」
「ああ、今年で二十三だ」
「!!!!!!!?」
えぇぇぇぇぇぇぇ!?
二十三!? 大学卒業してんじゃん!!
っていうか、年齢的に大学卒業してもう一回高校に入学した感じ?
ホワッツ!? なんで!?
びっくりしすぎて言葉が出ない私を見て影井さんはまたおかしそうに笑う。
「思った以上におっさんで驚いた、という顔だのう」
「い、いえ。でも、ちゃんとさん付けしといてよかったな……とは、思い、ます……」
思わず声が尻すぼみになる。
しかも、慣れない敬語を話し始めてしまう始末だ。
「今まで通りでよいぞ。なんなら今から影井くんとでも呼んでみるか?」
「無理!!! 絶対無理!!!」
「何なら下の名前でもいいぞ?」
「えーっと……下の名前なんだっけ?」
「……雅音(まさね)だ」
「……ごめん」
「いや……」
う、微妙な空気になってしまった。
割とクラスメイトの苗字は覚えてても男子の場合下の名前までは知らないことが多い。
影井さんであってもそれは例外じゃなかったんだよね。
「で、でも、その清村! そう、清村って呼んでくれるのはなんか清々しくていいかなって」
「うん? そうか?」
「清村さんって呼ばれるたびになんか背中がかゆかったし……」
「そうか……ならば」
少し悪戯を思いついた子どものような笑みを浮かべて影井さんは私を見る。
「椿」
ズギュン。
また私の胸の中で何かがはじけた。
おかしい、椿、なんて呼ばれ慣れ過ぎててなんとも思わないはずなのに。
「わー駄目、恥ずか死ぬ……」
「くくっ、本当に椿の花のように真っ赤だぞ? 本当に面白い女だ」
影井さんは私の真っ赤になった顔を見てまた笑って見せる。
私は作り物ではない影井さんの笑顔がびっくりするくらい好きらしい。
「でもなんで……大学まで卒業した影井さんがわざわざこの高校に?」
「ふむ。この高校の噂を耳にしたのだ。霊感がない者ですら見えるほど幽霊の出る高校だ、と」
「この町では誰でも知ってる噂ですけど、外の人はきっと知らないだろうね」
「ああ。だから実際に調査をして原因があれば叩くつもりで潜入したのだ」
「なるほど……でも、その年齢なら先生として潜入すればよかったじゃない……」
私に言われて影井さんはきょとんとした。
けれど、くくくっと笑い少し悪い顔で返してきた。
「教師ではおもしろくなかろう」
「おもしろくない!? 今おもしろくないって言ったよこの人!?」
完全に、いい歳した成人が未成年のフリして高校生やってるのを楽しんでるよこの人!?
ああ、そうか、バレるかバレないかのハラハラ感を楽しんでるのか。
「まぁそれに、教師となると色々面倒も多くてのう。割と自由に動ける生徒のほうがよかったのだ」
「ふぅん……まぁ影井さん、見た目は二十台には見えないもんね」
「制服というのは不思議なものだな。っと、清村、年齢のことは内緒だぞ?」
「しゃべったらどうなるんでしょうね」
「仕置きをせねばなるまい」
「望むところだかかってこいや!! ってまぁ言わないけどね。話し相手なんかいないし」
ファイティングポーズを取ると、影井さんは呆れたように言う。
「後半の話題は明るくないのう……しかし、こんな場所でお前のような娘に出会うとはのう」
「え?」
「いいや。こんな閉ざされた面白くもない地域にお前のような娘がいるとは予想しておらんかった」
何かを考えるように、影井さんは私の顔をジッと見た。
そしてゆっくりと口を開いた。
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