第2話

〈令嬢を捜せ編〉

【1】



「おっはよーございまーす」

 オレは定食屋のドアを開けた。ドアについた鈴がカランコロンと小気味良い音を立てて迎え入れてくれる。

 美味しそうな香りの漂う店内はほどよく混んでいる。せわしなくあちこちのテーブルと厨房を行き来する赤毛の店員の少年の姿も見えた。少年はオレに気づくと、

「いらっしゃいませー! …よぅ、ヨーク! いつものモーニングセットでいいのかい?」

と元気のいい声で聞いてきた。

「あぁ、頼むよ、エイダ」

 オレはカウンター席に腰をかけながら答える。エイダは厨房に向かってモーニングセット一丁! とよく通る声で呼びかけた。

 ここのモーニングは、そこそこボリュームがあって美味いのだ。ちょくちょく利用するうちに、店の人ともよく話すようになり、オレがバイトしているイーリャの便利屋の宣伝をしたら、たまに簡単な仕事を依頼してくれるようになった。

「はいお待たせ、モーニングセットだよ」

 先ほど声を掛けてくれたエイダがやってきて、オレの前にセットを並べてくれた。厚切りパンが二枚、ほかほかのスクランブルエッグにソーセージ、サラダとコーヒー。

「仕事の方、調子はどうだい? 実はさ、今日もおかみさんが買い出し、頼みたいらしいんだけどいいかな」

 エイダがオレの目を覗き込む。おかみさんの買い出しってのは、お店の備品とかじゃなく、化粧品とか日用品のことだ。

「了解。食い終わるまでにメモとって寄越してくれよ」

「わかった、ありがとな」

 エイダは、ぱんぱんとオレの肩を叩くと、軽い足取りで厨房へと戻っていった。



 腹一杯食べて、コーヒーをお代わりし、エイダからおかみさんの買い出しメモをもらって、オレは便利屋事務所の扉を開けようとした。

「ではお願いいたしますぞ」

と、厳かな言葉とともに、白髪に黒スーツの紳士が扉を開けて出てきて、オレはぶつかりそうになってよろけた。踏みとどまって身体をずらすと、紳士はオレをチラリと見てから、軽く会釈して去っていく。

「ヨーク」

 呼ぶ声に振り向くと、開けた扉に寄りかかったイーリャと目が合った。

「おはよう、イーリャ。今のおじさんは…?」

「お察しだろうが、お客様さ。入れよ」

 促されてオレは、事務所へと足を踏み入れた。

「人探しだ。大財閥フェリントン家のお嬢様だとさ。失踪して三週間。

 さっきのおじさん…フェリントン家の執事さんだけどな、自警団やら探偵やら色んな所に声かけて回ってるらしいんだが、なかなかそれらしい情報が得られてないそうだ。

 私は情報屋をあたってみる。お前はこの写真を持って、聞き込み調査に行ってくれ」

 イーリャはそう言うと、オレに一枚の写真を手渡してきた。写っているのは、金色の長い髪、大きなブラウンの瞳の、なかなか綺麗な女の子だった。胸に大きなリボンのついた、ピンク色のドレス。こんなお嬢様がこの街をうろついてたら、目立つだろうに。

「名前は、エミリア。エミリア・フェリントン」

 しかし、どっかでこの顔、見たことあるような気がする。いや、まさかな。深窓のお嬢様が、この街をひとりでうろつくとも思えないし。

「ヨーク、おはよう」

その声にはっとして写真から顔を上げると、目の前にシエラが立っていた。

「お嬢様、心配ね。怖い事件に巻き込まれていないといいけれど」

「そうだな」

「ヨークも気をつけて」

 蒼色の瞳で見上げてくるシエラに、オレはグッと親指を立てて見せた。親指の先には、シエラがくれたネックレスの蒼い石。それを見て、シエラは花がほころぶように微笑んだ。

「あ。イーリャ、そういや、いつもの定食屋の買い出しも頼まれてんだ。聞き込みのついでにそれもやってくる」

「またか。便利屋とはいえ便利に使われてるな。まぁ、ほどほどに頼む」




【2】



 買い出しメモと写真を手に、オレは街じゅう駆け回った。買い出し先でエミリアの写真を店員に見せ、尋ねて回ったがみんな首を横に振るばかり。

 そりゃ自警団にも探偵にも見つけられてないんだから、そう簡単に見つからなくて当たり前だ。

買い出しが終了したところでオレは一旦休憩することにした。どうせなら定食屋に届けて、あそこでコーヒーでも飲むことにしよう。

「こんちはーっす」

 朝と同じように、カランコロンと鈴の音が迎え入れてくれる。

「おかみさん、買い出し行ってきたよー!」

「あぁヨーク、ありがとな」

 厨房へ呼びかけたら、エイダが出てきた。

「おかみさん今休憩中なんだ。預かっとくよ。支払いは月末でいいのかい?」

「あぁ。毎度ありがとうございますっと」

エイダに荷物を渡し、

「コーヒー、頼む」

と伝えると、エイダはニカッと笑って、了解! と言った。

 朝と同じカウンター席に腰掛ける。昼を少し過ぎた店内、客はまばらで、のんびりするには最適だった。

「コーヒーお待たせーっ」

 すぐにエイダがコーヒーを運んできてくれる。あ、そうだ。エイダにも聞いてみるか。オレは写真を取り出して、エイダの鼻先につきつけた。

「なぁエイダ、この女の子見たことないか? 今探してるんだけど」

「うわっ!」

 エイダはびっくりしたように仰け反って一歩後退した。

「え、えと、し、知らない」

 エイダは写真を持ったオレの手をグイグイ押し返して、顔を背けた。

「オ、オレ仕事あるから、ごめんねっ」

 逃げるように厨房へと戻っていく。なんだろう、いつも元気でハキハキしたエイダにしては様子がちょっとおかしかったような?

 何か知ってるんじゃないだろうか…。

 オレはコーヒーを啜りながら、厨房の方をじっと見つめた。

 エイダは確かこの定食屋に住み込みで働いてるって聞いた。いつだったっけ? おかみさんに紹介されたのは。

 ぐるぐると考えを巡らしているうちに、コーヒーはすっかり冷めてしまった。オレはそれを一口で飲み干すと、席を立った。

「ごちそうさまー」

 厨房に向かって声をかけると、エイダが出てきた。会計してる間もずっとうつむきがちで、やっぱり怪しい…。

「毎度あり、はい、おつり」

「エイダ」

 オレは、おつりを寄越したエイダの手を、おつりごと掴んだ。オレより一回り小さな手は、ぴくんと魚みたいに跳ねた。

「ひゃっ、な、何?」

「エイダお前、何か知ってるんじゃないのか? さっきの写真の子のこと」

「…………」

 エイダはおそるおそる、上目遣いにオレの顔を見た。赤毛の間から覗くブラウンの瞳。

「ちょっと来て」

「わっ?」

 エイダは、掴まれた手をそのまま引いて、オレを店外へ連れ出した。

「ヨーク、頼むよ。その女の子、探すの止めてくれないか」

 エイダは、片手を口のそばに立てて、ひそひそ声でそう言った。探すのを止めろ? なんだそれは。

「仕事なんだ。そういうわけには…」

「じゃあオレも便利屋ヨークに依頼する。お金は今は手持ち少ないけど分割してでも払う。その女の子探さないでくれ。家には連絡する。もう帰らないって言う。何事もなく定食屋で働いてるから心配ないって言う。だから頼むよ!」

「エイダ、お前…」

 オレは、写真を取り出した。エイダの襟を掴んで上を向かせ、写真とエイダの顔を並べる。どこかで見たような気がしたのは、間違いじゃなかった。

「……そうだよ。オレ……私が、エミリア・フェリントンなんだ…!」




【3】



 エミリアは、「太陽の力」を溜め込む石、太陽電池を開発した会社、フェリントン・コーポレーションの社長令嬢として生まれた。

 太陽電池は様々な機械に使われ、フェリントン・コーポレーションはどんどん発展していった。

 しかしエミリアは、恵まれた生活を送りながらも、仕事第一で家庭を省みない父や、華美に飾り立て贅沢をして過ごすだけの母に、不満を持っていた。

 エミリアはある夜に、そっと家を出た。そして、衣服や装飾品を売り、髪を切り、赤く染めて、少年のようななりをして、件の定食屋に住み込みで雇ってもらった。

 そして…今に至る、というわけだ。




「うーん、どうしたもんか」

 イーリャは首を捻った。

 オレ一人じゃどうにもできない問題だったので、エイダの仕事が終わってから、オレはエイダをソーラーバイクの後ろに乗せて便利屋事務所までやってきたのだ。

 イーリャの目の前、ソファに座らされたエイダは真っ直ぐにイーリャを見て、言った。

「私は、あのまま家に居て両親の言いなりなっていたくない。社会に出て自分の可能性を試したい。自分の力で日々の糧を得たい。イーリャさん、お願いします。私のことはどうかそっとしておいてください」

 オレはその言葉を聞いてどきりとした。オレも、同じようなものだ。

 あのままエルフの隠れ里に住んでいれば、優しい長老とシエラに守られていれば、一生安寧に過ごすことが出来る。だけどオレはそんなのは嫌だった。オレの血の半分は、人間のものだ。エルフの隠れ里は、オレの居場所じゃない。

「志は立派だ。だけど、仕事は仕事。あんたのことは、報告しなきゃならない」

「イーリャ!」

「落ち着け、ヨーク」

 イーリャはエイダに向かって続けた。

「あんた、家には連絡するって言ったろう。親御さんと話をして、それから家を出てくるんだな。あんたの気持ちは、執事さんには伝えておいてやる」

「わかりました、ありがとうございます…」

 エイダはイーリャに頭を下げた。

「…家族ってのはさ」

 イーリャはぽつりと呟くように言った。

「子供が考えてるほど、冷たいものじゃないんだよ」



 エイダを定食屋まで送った。

 執事さんには連絡した。明日、エイダの仕事が終わってから、また便利屋事務所で執事さんとエイダを引き合わせることになっている。

 別れぎわ、エイダはオレにこう言った。

「ヨーク、なんて言ったらいいかわからないけど、ありがとな」

「エイダ…その、大丈夫か? ちゃんと話せるか?」

「うん。大丈夫。なんとかなる」

 エイダはニカッと笑った。

「あのさ、実はうちのおかみさん、子供ができたんだ」

「え?」

「これからは店に立つのも難しくなってくるし、子守だってそのうち必要になる。オレが突然いなくなると、多分ちょっと、困ると思うんだ。おかみさんにも親父さんにも恩があるし、このまま辞めてしまいたくないんだ。だから、セバスチャン…あ、執事な、には、ちゃんと話す。あと」

 エイダは一呼吸おいた。

「イーリャさんにも、ありがとう、わがまま言ってごめんなさいって、伝えておいてくれな。じゃ、おやすみ、また明日」

「うまく話せるといいな。がんばれよ」

 定食屋の裏口へと向かうエイダの背中に、オレはそう呼びかけた。エイダは振り向かなかったが、ひょいと親指を立てて見せた。




【4】



「…そういうことでございましたか」

 執事さんは厳かにそう言った。

「では、ご主人様にこのことをお伝え申し上げて、改めて連絡をさせていただくことに致します」

 執事さんの言葉に、エイダはほっとしたように肩の力を抜いた。

 執事さんは車のドアを開け、そのまましばし動きを止めて、ゆっくりとエイダを振り返った。

「お嬢様がお元気そうで何よりでした。お嬢様のお気持ちは、このセバスチャンがよくよくご主人様に伝えますので、ご心配なさらず…」

「……! セバスチャン…!」

 執事さんはオレたちが見守る中、深々と頭を下げ、車に乗り込んだ。走り出す車に向かって、エイダは小さな声で、

「ありがとう」

と言った。




 エイダを定食屋に送り届けてから、自宅アパートに帰ると、携帯連絡板にシエラからのメッセージが届いていた。

 オレもシエラも、初めて携帯を見た時は驚いた。太陽電池で動く機械で、手のひらに収まる薄い板なのだが、連絡番号を設定、入力することで、相手と声で連絡を取り合ったり、文字でメッセージを届けあったりすることが出来る。機械操作には抵抗があったシエラも、この連絡板だけはお気に入りのようだった。

『ヨーク、おつかれさま。

執事さんが優しい人で良かった。

エイダさんのご意思がご両親に伝わることを祈ってる』

 オレはすかさず返信を送った。

『きっと伝わる』

 すぐさまシエラからの返信が届く。

『そうね。

わたし、里を出て行った時のヨークと、エイダさんのことが重なったの。あの時のわたしは、とても悲しくて、つらくて、ただただヨークに会いたくて。

おじいちゃんは、ヨークにはヨークの道があるんだからって何度も慰めてくれたけれど、やっぱり毎日悲しくて、心配で。

きっと、あの執事さんもそうだったんだと思うの』

 オレは携帯を握りしめて、ベッドに倒れこんだ。今、目の前にシエラがいなくて良かった。衝動のままに抱きしめてしまいそうだった。

 シエラのかわりに枕を抱きしめて、オレはシエラのメッセージを何度も繰り返し読んだ。どう返信しようか迷っていると、シエラからまた届いた。

『蒸し返してごめんなさい。ヨーク、だいすき。ヨークと毎日事務所で会えるから、いまはとても幸せ。返信はいりません。おやすみなさい』

 だいすき。

 大好き…!

 シエラ。

 どんな顔をして、このメッセージを打ったんだろう。

 オレの顔は多分、いますごく赤くて、ニヤケていると思う。

 オレもだよ、シエラ。

 隠れ里を出ようと考えた時から、シエラの事だけが気になっていた。いずれシエラは里の誰か結婚してしまうのだろうか。そんなことも考えた。だけど、オレとシエラは今、毎日顔を合わせることができている。

 幸せだ。

 オレは枕に顔を埋めた。今夜は眠れそうになかった。




【5】



「はう…」

 ミントがソファで気だるそうな声を上げた。夏が近いせいか、今日は朝から少し暑くて、ミントは少し参っているようだった。確かに街の暑さときたら驚くほどだ。しかも今日は仕事も舞い込んでこない、つまりはオレもシエラもイーリャもヒマだった。

「暑いよう暑いよう。シャーベット食べたいなぁ。つめた~いシャーベット食べたいなぁ」

 ミントは尻尾をぺたんぺたんと力なく振った。

「しょうがねぇなぁ」

 オレは立ち上がった。

「イーリャ、ちょっとミント連れて出てきていいか? シャーベット食べさしてやらんとこれずっとこの調子かもだぞ」

「シャーベットか…」

 イーリャは何かのファイルでぱたぱた扇ぎながら、しばし考え込んだ。

「今日はヒマだし、みんなで行くか」



 事務所に鍵を掛け、イーリャのバイクの後ろにミント、オレのバイクの後ろにシエラをそれぞれ乗せて、オレたちは馴染みの定食屋へ向かう。ここの自家製レモンシャーベットが美味いんだ。カランコロンとドアの鈴が鳴り、

「いらっしゃいませー!」

と元気なエイダの声がオレたちを迎え入れた。

 そう、エイダの意思は彼女の両親に伝わった。社会勉強の一環として、この定食屋に住み込みで働くことを許してもらったのだ。

「エイダ、レモンシャーベット四つ頼む」

「了解!」

 エイダは、元気よく厨房に向かって声をかけた。

「レモンシャーベット四人前!」




〈令嬢を捜せ編、終〉

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