第20話 殺して……生きて帰ってくる

 かつてビルの中で、一馬は灯に語ったのだ。


「……僕は決めたよ……だから、前もって君に話す」

「……何を?」


 芽生えた一馬の決意。突然の事で灯が困惑をする。

 そんな彼女に対し、一馬の眼差しは真剣だった。


「自衛隊の基地に来た人型の化け物……あれは多分、皇軌があの場所にいたからかもしれない。確証はないんだけど、そうとしか考えられないんだ」

「…………」


 もしかしたら違うのかもしれない。現にあの襲来以前は、皇軌に怪物が群がる事はなかったのだ。

 言わばこれは証拠なき濡れ衣でもある。口にした一馬自身でさえ、これは醜い物だと思ってしまう。


 だが、真実なのかそうではないのか実の所どうでもいいのだ。これは……


「それに、あいつは灯が怪我した時も全然無頓着だった。あいつは人間の事を知ってないし、知ろうともしない。そんな化け物がこの戦いの後、穏やかに暮らすとは思えない」


 これは「皇軌が危険な存在」だと灯に思い知らせる物だ。

 仮に皇軌は、これまでの災厄から庇った恩人でもある。そんな存在に対し、をするのは非常に忍びない。


 優しい灯は、その事に対していい気持ちはしないはずだ。だから前もって伝えるのだ。

 皇軌は命の恩人ではなく、自分達を利用したおぞましい化け物だと再認識させる為に。


「だから灯、僕は皇軌を殺す。殺して……生きて帰ってくる」


 皇軌に縛られたこの状況など、もうごめんだ。

 最後の怪獣を倒した時、皇軌も葬るつもりでいる。そんな覚悟を胸にする一馬。


 そして灯は黙った。黙って……そしてようやく口にする。


「うん、それは私も思った……。あの子は私達と何かが違う」


 優しい目が、敵意が芽生えた物へと変じる。皇軌に対して思う所があったようなその表情で、一馬へと語る。


「あの子は……ううん、あいつは許してはいけない。この世界にいてはいけない……。




 一馬君、あいつを殺して……。殺して、生きて帰ってきて……」


 異質な存在には『死』を。愛する存在には『生』を。

 一馬は頷いた。もう彼はそのつもりでいるのだ。怪獣である皇軌を、あの悪意なき災厄の権化を、この手で……。




 ===




「……あの時から考えていたんだ」


 一馬により動き出す餓蛇。対し、尻尾を前に出す皇軌。

 餓蛇はそれを回避し、身体を使ったタックルをかます。姿勢が崩れる皇軌へとすかさず鉤爪を入れ、悲鳴を出させる。


 肩から溢れ出てる赤い粒子。皇軌はそれに耐えながらも鋭い鉤爪で応戦――餓蛇の肩装甲の棘を切り落とす。しかしそこで怯む訳にはいかず、剛腕で殴打しようとする餓蛇。


 それは舞いのような動きで回避された。しかし剛腕の遠心力を利用しつつ身体を回転させ、すかさず蹴りを一撃。

 直撃を喰らった皇軌の身体が、まっすぐへとビルに衝突。身体がその中へと入り込み、根本から倒れ込むビル。


 鈍い音の最中、ビルだったそれは瓦礫に。瓦礫は彼女の頭部以外を埋もれさせていった。


「お前には悪いと思っている……」


 懺悔の言葉を、皇軌に向ける。

 分かっている。彼女は結果的に自分達の命を救ってくれたのだ。もし彼女がいなかったら、今頃怪獣災害によって死んでいたに違いない。


 しかしそれは、結局は自分を動かせる手駒が欲しかっただけ。ここでの手駒は一馬であり、だからこそ救っていただけなのだろう。

 そう考えると実に馬鹿馬鹿しい。だからこそ……。


「これが僕の出した答えだ……ここでお前を……殺す」


 彼女という災厄を、葬らなければならない。




 ──……どうして……?


 その意志を伝えた直後、皇軌が瓦礫から立ち上がる。

 大小のそれをばら蒔かせながら、ゆっくりと……金色の瞳で一馬を見つめていく。


 ──私は……生きたいだけなのに……。

 

 手に取るように分かる、彼女の静かな怨念。

 鋭い牙が生えた口から、禍々しい唸り声が聞こえてきた。そして一馬の脳裏にも伝わる、彼女の必死な声。


 ──私は敵を倒して……ただ生きる……それだけなのに……何故あなたは邪魔をして……。


「…………やっぱり……」


 皇軌はただ生きたいだけなのだ。

 だがその生きる為には、周囲がどうなろうとも知った事ではないのかもしれない。いや、そういった周囲の被害というのが理解出来ないのかもしれない。


 人間である一馬の持つ価値観と彼女の持つ価値観は、まるで相容れる事はないのだ。


「……灯の腕……高くつくぞ……」


 もはやこの存在に、生きる価値などない。


 皇軌へと肉薄する餓蛇。皇軌もまた、怒りの雄たけびを上げて急接近。

 互いの身体が接触し、巻き起こる衝撃破。見えない力が周囲のビルを震わせ、挙句の果てには窓もすら割れてしまう。


 あたかもガラスの粉雪。美しくも儚い光景が、異形の戦闘を皮肉にも華やかにしてしまう。

 だが、それを関係ないとばかりに、餓蛇が唯一の武器でもある右腕を振るっていった。鉤爪が皇軌へと向かい……しかし空振られる。


 それは何故か――皇軌が瞬時に餓蛇の背後を取ったからだ。それに気付いた一馬が再度攻撃を与えようとするも、やはり回避行動を取られてしまう。

 

 ――ギュアアアアアアアアアアア!!

 

 怒りの咆哮が轟く。皇軌から伸ばされていく長大な尻尾。

 その威力は一馬自身もよく知っており、突かれたらどうなるのか分かったものではない。迫り来る寸前でそれを回避――尻尾を叩き斬ろうと炎の剣を振り上げる。


 振り下ろし、切断しようとするも、その動きが不意に止められる。それは一馬が躊躇したからではなく、腕に尻尾が巻かれているからだった。


 回避した尻尾が瞬時に腕を巻き取ったのだ。人間の一馬でさえ反応出来なかった行動により、餓蛇が皇軌へと引きずられる。

 彼女の鋭い爪が、自分へと迫ってくる餓蛇へと突き立てた。そして頭部が、その爪の餌食へとなってしまう。


 顔全体が潰れ、断面から漏れ出す白い炎。今や餓蛇は打ち首にされた、首なしの武者その物だった。


「……っ!!」


 このままだと餓蛇がバラバラにされてしまう。戦う為の力をなくしてしまう。

 焦った一馬は、尻尾に捕縛された腕を強引に動かし、皇軌の頭部へと向けた。火球を放とうする思惑だったが、それに気付かないはずがなく、腕の角度を逸らしていく皇軌。

 

 火球が明後日の方向へと飛び、ビルへと当たり、爆発させてしまう。その爆発がより大きくなり、周囲の建物も巻き込んでしまう。


 攻撃出来ず、なおかつ余計な破壊をしてしまった。歯を食いしばる一馬だったが、そんな彼に皇軌が振り向いた。

 その金色の瞳が、一馬という一点を見つめて……。


「……!!  ガアアアア!!」


 激痛だ。最初の時にあった激痛が、再び襲い掛かる。

 足が震え出し、抱えていた香澄もろとも倒れこむ。動こうとして、立ち上がろうとして、激痛に飲まれる身体で動かすも、それは言う事を聞いてはくれなかった。


 全身から汗が噴き出すのを一馬は感じる。さらに追い打ちを掛けるように、餓蛇の動きがピタリと止まっていくのを見てしまう。

 操っている当事者がそうなった以上、もはやそれは動かない死体か。皇軌はその死体当然の餓蛇を、乱暴にビルへと叩き付ける。


 力尽きるように倒れる餓蛇を、皇軌は決して見てはいなかった。ただ瞳を突き刺す先は、地面に這いつくばる一馬だけ。

 怨念を込め、怒りを込め、唸り声を上げながら、龍のような頭部を向けていく。その姿は正しく、怒り狂う荒ぶる神。


 彼女の逆鱗は、留まる事を知らない。


 ──私は……私は……。


 その口が、大きく開かれる。

 奥から漏れ出す光は、紛れもなく赤い光線の前兆であった。光線を使ってまで一馬を葬ろうとという、皇軌の底知れない執念。

 発射されたら最後、逃げる事など出来やしない。そもそも今の一馬にはそれをする事すらままならい。


 ここで死んでしまうのか。殺されてしまうのか。迫り来る死に、一馬は抗いを見せる。

 脳裏に浮かんでくる灯に、また会いたい。笑顔をこもった彼女を、またこの目で確かめたい。




 ――こんな所で、死にたくない!!









 ――オオオオオオオオオオオオオオオンン!!


「……っ!?」


 一馬も、皇軌も、驚くしかなかった。

 その雄叫びはクレーターの方から聞こえてくる。両者ともども振り向くと、何とそこから巨大な獣が現れる。


 他ならぬ、倒されたはずの凱虞が――。


「凱虞!?」


 一馬がその名を叫ぶ。そして焦ったのだろうか、皇軌が凱虞へと赤い光線が放つ。

 一馬を殺そうとした真紅の光。凱虞はわずかながら回避するも、顔面右側に被弾――醜く大きく崩れてしまう。


 人だったら即死しかねない致命傷であった。それでも凱虞は、悲鳴にも似た咆哮で皇軌へと向かう。

 残っている左腕で彼女の右腕を掴むも、白い尻尾が凱虞の身体を突き刺す。一瞬の交錯で、致命傷を受けてしまう漆黒の獣神。


 だが彼は引き下がらなかった。残った力で振り絞り、皇軌の左腕をもいでいく。その痛みが皇軌に悲鳴を与え、さらに鉤爪を皇軌の身体へと突き刺す。

 意趣返しとばかりの攻撃。その時、一馬は激痛が消えるのを感じた。


 ――カ……ス……ミ……。


 凱虞から感じる、その意思も。こちらへと……いや香澄へと向けられる、穏やかな表情も。

 

 彼の言葉を感じ取った時、その身体が崩れた。皇軌の尻尾によって、一つだった凱虞が泣き別れになり、地面へと落ちていく。

 頭部から光っていた緑色の眼光も、徐々に消え失せるのだった。


「……凱虞……!」


 彼は自分達を助けてくれた。いや、正確には香澄なのかもしれないが、それでも命を繋ぎ止めてくれた事には変わりない。

 それにくれたのだ――餓蛇を動かす好機チャンスを。



 ――私は……生きる……生きル……生キル……生キル……生キル……。


 錯乱の叫びのままに、凱虞へとトドメを刺そうと左腕を振り上げる皇軌。

 だが彼女は気付いていないだろう――自分の背後でゆっくりと起き上がる餓蛇を。首なしの武者はたった一つの武器である剣を掲げ、災厄たる龍へと向かう。


 龍が振り返った時には、武者は剣を振り下ろした。


 ――ギャアアアアアアアアアア!!


 袈裟斬り。まずは龍の左肩から胸を裂いて。


 次に迫り来る尻尾を、瞬時に斬り落として。


 ――私ハ……ワタシハ……「ワ……タシ……ハ……」


 龍の姿が少女の姿に変わり、一馬を振り返っていく。

 生きたい渇望を胸にした表情が、一馬の心に突き刺す。しかしそれで、止まる事はない。


 炎の剣を振り下ろし、少女を断罪。その際に本来の姿に戻る皇軌。

 その言葉は、もう聞けなくなっていった……。

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