第19話 敵意を持った鋭い眼差し

 今の餓蛇は一馬の身体その物だ。

 原理は彼自身もよく分かっていないが、一馬の意志通りに動いてくれる。このもう一つの身体と言うべき怪獣を使役して、降りかかってくる火の粉を払ってきた。


 それは全て灯達を守る為の戦い。例え自身に何が起ころうが、彼女達に死を与えたくない。その一心で怪獣達を殺していった。

 それに対し、今回は助ける為の戦いだ。凱虞に付き従う村雲香澄だが、あくまでそれは洗脳のような形にされたような物だ。罪のない彼女をそのままにしておく訳にはいかない。


 餓蛇を何とか使い、彼女を救出する。その為には融合怪獣である練魎を倒さなければならなかった。


 ――ア゛アアアアアア!!


 練魎が今、餓蛇へと向けて二本の尻尾をもたげる。

 鋭い先端で突き刺すと分かった一馬が、すぐに餓蛇を飛翔。その尻尾は餓蛇を追うかのように伸ばされ、襲い掛かってくる。


 飛翔させた理由は二通りある。まずこの尻尾が駅内で暴れたら、一馬が巻き添えを喰らいかねない。次に餓蛇の飛翔速度で尻尾を振り切る事が出来る。


 ぬたくるように迫る尻尾をかわしつつ、腕から火球を放つ餓蛇。その火球は小サイズ小威力に調整され、なおかつ連射出来るようになっている。

 無論、機動性のある尻尾を確実に当てる為。そして一馬の目論見通りに尻尾に着弾するも、のけぞるだけで大したダメージが入らない。


 のけぞりながらも迫り、餓蛇の腕に突き刺さる尻尾。一方で、練魎が四枚の羽根を小刻みに羽ばたかせ、宙を舞い上がらせる。

 猛スピードで接近する練魎から放たれる、禍々しい咆哮。そこから何をしですか知った一馬は、すぐに餓蛇の頭部尻尾で尻尾を引き裂く。


 だが、時既に遅し。


「しまっ……!!」


 練魎が餓蛇の頭部へと、その鉤爪を突き立てる。完全に突き刺した訳ではなかったが、それでも顔半分が抉られてしまう。


 溢れ出る白い炎を気にせず、さらに頭部尻尾を掴んでいく。刹那、それが鈍い音を上げながら引き抜かれていった。


「くっ……!」


 一馬は見た。頭部尻尾の付け根から血のように噴き出す、白い炎を。その頭部尻尾を捨て、双魔の口からミサイルを放つ練魎を。

 餓蛇はこれを俊敏な動きで回避。しかしその時には背後に練魎が周り込み、頭部を鷲掴み。そのまま駅へと降下し、一緒に墜落する二体の怪獣。

 一馬の所では何が起こったのか視認が出来ない。しかも投げ飛ばされたのだろうか、餓蛇が一馬の目の前へと放り投げられる。


 地響きと衝撃波。そして瓦礫。一馬がそれにのけぞってしまったが故に、すぐに迫ってきた練魎に反応出来なかった。


 餓蛇がそれの関節肢によって踏み潰された。動けなってしまう餓蛇。

 そして敵怪獣の視線が、腕に乗っている香澄の視線が、一馬へと振り向く。


「これであなたを殺せばぁ……!!」


 骸骨を思わせる鎌角の頭部が、大きく開かれる。

 彼女もまた同じ考えだったようだ。操っている者を行動不能にすれば怪獣の動きが止まる。そして一馬のように気絶させるのではなく、噛み砕いて殺すという手段を使って。


 迫り来る大きな口。それは死が具現化した、全てを食い潰す物。

 それでも一馬は逃げなかった。いや、逃げれないと言った方か。そもそもそうする事が出来ない程、頭部が目と鼻の先にあるのだから。




 そもそも、彼はまだ負けていない。


「……ぐっ!?」


 口が一馬へと差し掛かった直前、バランスを崩す練魎。

 異形の身体をそうさせたのは、灰色の巨大な鞭状物体。それへと練魎が一瞬振り向いた時、立ち上がって殴打する餓蛇。


 蛇状物体は餓蛇の尻尾その物だったのだ。頭部尻尾のように使い勝手はよくないが、それでも相手に不意打ちを入れるには十分だった。

 

「邪魔をするなぁ!!」


 ――ギュオオオオオオオオオオンン!!


 香澄の叫びが、鎌角と双魔の咆哮が、同時にほとばしる。

 周りの瓦礫すら気にせず、双魔の首を向かわせる練魎。餓蛇はその片方を右腕で捕らえ、炎エネルギーを噴出――パイルバンカーの応用で首を焼き切った。 

 瓦礫の山に落ちる首。しかし同時に餓蛇を喰らい付き、異種返しとばかりにゼロ距離射撃をする双魔の首。


 肩装甲が抉られ、瓦礫もろとも吹き飛ばされる餓蛇。直後に練魎が一馬へと目を向けるも、そこを餓蛇が組み付く。

 餓蛇を止めなければ一馬が殺される。これは死と隣り合わせの駆け引き。そして一馬が決して逃げる事が許されない、人智を超えた戦い。


 餓蛇が蹴りを入れ、練魎を一馬の場から向こう側に叩き付けた。崩れていく天井、溢れ出す粉塵。その中でも、一馬は敵の腕の中にいる香澄をハッキリと捉える。

 暴れる練魎の頭部へと、前に出した尻尾の殴打。怯んだそれを尻目に、右腕を懐へと伸ばす。


 狙い先は外ならぬ村雲香澄――いや、正確には彼女を乗らせている腕の方か。鋭い爪を器用に掴み、それを一気に引きちぎった。

 落ちそうになる彼女を、落下させないよう練魎から引き離し、一馬のいる場へと静かに放り投げた。


「キャアアアアア!!?」


 一馬の横へと落下する腕。バウンドするそれから香澄が転び、地面に叩き付けられる。

 打ち所が悪かったのだろうか、彼女が起き上がるのが遅くなる程、痛みに悶えている。苦痛に歪んだ顔を上げ、そして知る。


「村雲さん……ごめん!!」


 彼女の目の前に一馬が立っている事を。小銃を振り下ろすのを。


 瓦礫の世界に聞こえてくる小さな鈍い音。それが消え去った時、香澄の身体がぐらりと力尽きるのだった。

 彼女をそうさせたのは、一馬が手にしている小銃である。気絶させる為とはいえ、それによる暴力を振るう形になってしまったのだ。

 口元を固く結んで、ただ後悔をしてしまう一馬。しかしやるべきがある事を忘れてはおらず、その方向へと振り向く。


「……動いていない」


 予想通りだった。瓦礫に埋もれた練魎は、まるで死んだかのように動かないでいる。

 香澄の制御を失った今、それは単なる死体当然である。その危機が去った以上、もうここにいる必要はないだろうか。


 ――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン!!


 突如として響き渡る獣の咆哮。


 一馬から見える上空からではない。彼はその発生源を確認しようと判断し、香澄を抱きかかえながらその場を去る。

 瓦礫が邪魔である事や、香澄の重さもあって中々上手く前に進めない。それでも彼は戦う為に、生きる為に決して足を止めない。


 瓦礫に埋もれた道を突き進み、着いた先は窓際である。そこにも先程の場所同様に壁が崩れており、外の風景が一望出来る。

 

 ――キュアアアアアアアアアアア!!!!


 ちょうど目の前に、皇軌と凱虞が熾烈な争いを繰り広げていた。

 いや、正確には皇軌が押されていると言った方か。凱虞の肥大化した右腕による殴打――その連撃が、彼女を次々へとダメージを与えていく。


「……!」


 戦闘の合間、凱虞が一馬達へと振り向いてきた。

 敵意のある行動だと感じる一馬だが、次第にそれは違ったと思い知る。凱虞が呆然と固まっているのだ。まるでそれは敵意というよりは、驚愕に近い物である。


 あの行動の意味とは? 一馬が考えるよりも先に、身体中から赤い粒子を流しながら接近する皇軌。

 しかしそんな彼女に多数の円盤が向かう。光の刃を放出させながら回転する凶器が、彼女を凱虞に向かうどころか逃げる選択をさせるしかない。


 そしてその間に、光り出す凱虞の腹。


「……まずい……」


 あれが攻撃以外、何があるのだろうか。

 何としてでも食い止めなければ。その一馬の意志に従うように、餓蛇が動き出す。


 動かなくなった練魎を、右腕で勢いよく放り投げて。


 ――……!?


 練魎に気付いた凱虞が身体ごと振り向く。直後、腹から放出する光の熱線。

 熱量が、衝撃波が、目に見えない力がハッキリと感じられる。閃光に対して目を覆う一馬だが、その視界は凱虞から決して離さない。


 光の渦の中で、練魎が溶けていく。見慣れた異形の姿が泥のような柔らかい物になっていき、そして破裂する瞬間が、ありありと視覚に伝わる。

 破裂が爆発となり、戦場に轟く。爆炎を見つめながら安堵するような仕草をする凱虞。だが爆炎の中から、何かが現れる。


 餓蛇である。ほぼ不意打ちに近い形で、腕の炎剣で袈裟斬り。その刃が、凱虞の左腕を紙の如く斬り裂く。


 凱虞の悲鳴。しかし振り下ろされる彼の右腕。餓蛇への攻撃が迫り来た時、突如として現れる赤い光。

 次の瞬間、右腕が斬り落とされていった。凱虞がまず見たのは失った右腕――次にそれを切り落とした張本人。それは上空をUターンする、赤い閃光に包まれた皇軌であった。

 

 彼女が凱虞の上を取る。まるで相手を見下すような体勢のままに、その鋭い口内が開かれる。


 ――終わりだよ……。


 勝ち誇った少女の声が、一馬の脳内に聞こえてくる。

 口内に光が纏っていく。飽く事がないかのように強くなっていき、放たれる。


 吐血のような、禍々しくも強大な赤い光線。


 かわす余地など凱虞にはなかった。やがて迫り来る光は、漆黒の獣神を押し潰す。

 獣神は地面へと、冥界へと消えていくのだった……。




 ===




 道路へと大きく開いたクレーターは、未だ熱を冷ましていない。

 中央の黒煙はもちろんの事、周りにある瓦礫には熱による陽炎が帯びている。その尋常ではない熱の中で、苦しそうなうめき声が聞こえてくる。


 ――ア゛ッ……ア゛アアア……ア゛ア……。


 クレーターの中央に埋もれている巨大な獣。それは口からエネルギーを漏らし、身体を痙攣させている。その今にも死にそうな異形の目が、ゆっくりとクレーターの外へと見つめている。


「終わりだね……凱虞」


 視線の先に、白き少女が立っていた。

 金色の瞳で獣人――凱虞を見つめながら、小さい唇に薄っすら笑みを浮かばせている。まるで勝ち誇った表情であり、そしてとても嬉しそうにも見えた。


 彼女に対し、凱虞はさらに呻き声を上げる。あたかも怨念その物であり、負けた事へと悔しさとも言える。

 やがてその声も、動きも、全てが止まってしまった。遂に動かなくなった凱虞の姿は、さながら死体のよう。

 そんな獣を見つめる少女であったが、ふと背後へと振り返っていく。


「……凱虞は……?」


 彼女へとゆっくりと歩み寄ってくるのは、一馬だった。

 香澄を引きずらせながら、どうにか少女のそばに着く事が出来た。その彼が地面に埋まる凱虞を見て、納得の表情を見せる。


「……倒した……みたいだな……」

「……そうだね……」


 二人して、埋もれている凱虞を見下ろしている。

 もうそれは呻き声を上げず、仰向けに倒れているだけだった。それは二人に、凱虞が死んだ事を安易に告げさせている。


 確かに倒したのだ。最後の敵とされる存在を、二人の手で。


「……ありがとう……」


 少女が、皇軌が、一馬へとそう言ってきたのだ。

 一馬はその目を、凱虞から皇軌へと振り向かせた。そこにいる皇軌が今、彼へと微笑みを見せている。


 まるで本物の人間のような、美しくも愛嬌のある微笑みだ。


「あなたがいなかったら、私は今頃とっくにやられていた。本当にありがとう……」

「……そうか」


 清々しい表情は、本当に怪獣とは思えなかった。

 そんな彼女を見ると、何だか一瞬だけ気持ちが和らいでいく。本性は異形のはずなのに、まるで本物の……純真な少女と一緒にいるようで。


 




 だからこそ、皇軌が人間ではなくて、ある意味ではよかった。


「それはよかった……な」


 敵意を持った鋭い眼差しを、彼女へと向けて。

 刹那、彼女の表情が一変した。まるで何かに気付いたかのように、ハッとして上へと見上げる。


 ――オオオオオオオオオオオオオオオンン!!


 上空から落下するように、迫り来る餓蛇。

 それの鉤爪が真っすぐ皇軌を捉えている。一馬が逃れるように彼女から離れた直後、突き立てる鋭い刃。


 皇軌のいた場所が、鉤爪によって潰される。道路は粉々に砕かれ、瓦礫となって周りへと四散。一馬も手で顔を防ぎながら、その場所をじっと見つめる。


 そこにいたであろう皇軌の姿は、影も形もなかった。

 

「…………」


 鉤爪の奥に、輝かしい巨体が見える。

 目を凝らせると、真の姿になった皇軌が浮いていた。その金色の瞳が地面に突き刺さった鉤爪を見つめ、次第に一馬へと視線を変える。


 その瞳が鋭くなり、まるで敵意がある物に。


 対し一馬もまた、同じような視線に。


 二人の敵意が、この崩壊した街で交錯し合う。

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