第14話 真紅の超存在

 双頭と巨大な翼を持った、真紅の超存在。

 どちらの頭部も、視線を一点に集中させて見下ろしている。先にあるのは一馬達人間と、芝生に倒れている皇軌。

 

 ──キュルオオオオオンン!!


 鳥のさえずりを思わせる咆哮を上げながら、異形の怪獣が急降下をする。

 後部から黒い煙を吹かしながら向かう姿は、どこか墜落寸前の戦闘機を彷彿させる。だがそれは墜落などしておらず、まっすぐ皇軌と人間達を捉えていた。


 迫り来るたびに分かってくる、瞳の奥の狂気。それは皇軌を殺せんとする、殺意の顕れだろうか。


「くそっ……!!」


 ここに接近させてはならない。一馬は餓蛇を使役し、翼竜型怪獣へと向かわせる。

 空中なら撃っても構わないと判断し、両腕から放っていく白い火球。それを敵はかわしつつ、餓蛇へと交錯し合う。


 宙でもつれ合い、暴れまわる二体。社交ダンスを思わせる戦闘の最中、餓蛇の頭部尻尾が暴れまわる。

 尻尾で怪獣の頭部を連続殴打。叩くたびに悲鳴を上げる敵怪獣を尻目に、その先端を突き出す。

 刹那、もう片方の頭部がそれに噛み付いた。頭部の寸前で止まってしまい、悔しさを噛み締める一馬。


 しかも怪獣が餓蛇を突き放した。そしてあろう事か、双頭の口から何かを射出して。


「ミサイル!?」


 一馬の言葉を借りるなら、それは黒いミサイルだった。

 糸を思わせる黒い煙を噴出させ、湾曲しながら向かう複数の弾頭。圧倒されながらも餓蛇を回避させようとする一馬だったが、その速さは餓蛇のそれを上回っている。


 虚しく追い付かれてしまい、爆発。黒い煙が充満する中、そこから落ちていく餓蛇。

異形の身体が森の奥に消えていくのを一馬は感じた。そして消えると同時に衝撃音と地鳴りが聞こえ、やがて地鳴りが一馬達を襲ってふらつかせてしまう。


 だが戸惑っている暇はなかった。敵を倒した怪獣が、奇声を上げて向かってくるのだから。


「撃てええええ!!」


 しかし黙って見過ごす自衛隊ではない。

 持っている火器を駆使し、接近してくる怪獣へと発砲していく。何物も肉塊にする程の銃弾が、雨あられと怪獣への着弾。

 これで怪獣の表面に傷を――。しかしそんな人間達の思い描いた瞬間は、見事に踏みにじられる。


 表面に傷など付かなかったのだ。


「効いていない!?」


 灯が愕然とするのも無理はない。

 余りある火器を喰らってもなお、怪獣の体表には一切の傷が付かなかったのだ。それは怪獣に人間の攻撃など無意味である事と、爆撃を喰らった皇軌や餓蛇が無事だった理由である事だと、一馬は知る事となる。

 地上へと接近する翼竜型怪獣。その速度で地面に着地するとなると、相応の地鳴りが予想される。


 我先へと逃げていく自衛隊員達。一馬達もまた背後へと下がった時、遂にそれは着地していった。

 発生するのは彼らに襲う地鳴り――ではなかった。何と着地と同時にある物がばら撒かれる。


 小型怪物がもたらしたのを同じ、黒い煙を。


「退避ぃ!! 退避ぃいいいい!!」


 地を這う煙は、さながら質量のない獣の如く。

 獣から逃れようとする自衛隊の意思は虚しく、その中へと姿が消えてしまった。響いていた悲鳴もまた徐々に聞こえなくなってしまい、広がっていく静寂。


 黒い煙は一馬達にも襲い掛かってきた。逃げようとするも煙のスピードは凄まじく、中に入ったらどうなるのかも分からない。

 

 遂にそれが迫ってきた時、彼らの前に何かが降り立つ。


「餓蛇!?」


 政宏が叫ぶ。正体は餓蛇であり、今まさに前屈みになって右腕を前に置いていった。

 一馬達を守るような体勢になった時、煙が餓蛇へと襲い掛かる。間一髪――その巨大な腕のおかげで、一馬達は煙に晒されずに済むのだった。


「ありがとう、黒木君……」

「いいよ。それよりも……」


 この煙が何だろうかと疑問に思う。見た感じ、火から出す黒煙とは違うし、化学物質にしては妙に変である。

 煙が収まった時、一馬は怪獣の様子を探ろうと餓蛇の腕をどかす。そこに怪獣の姿はあるものの、彼はその個体を全く見ていない。


 見ているのは、その足元にいる自衛隊員だ。


 ――ア……アア……

 ――ガア……ア゛アアアアアアアア……ア゛アアアアアア!!


 自衛隊員の服が引き裂かれる。その服から覗かせる灰色の甲殻。

 見慣れた人間の姿が、徐々に波打って別物へと変化してしまった。柔らかい腕が再生と崩壊を繰り返し、鉤爪を持った細長い腕へと。顔が胴体と融合し、瞳の数を六つまで増やす。


 やがてそれは怪物へとなってしまったのである。今まで理性を持った人が、異形へと。

 政宏達がどよめく。一馬もまた息を呑む。目の前の光景が現実は思えず、拒絶感が出てしまう。


 しかし何故こうなったのか、うっすらとだが一馬は察した。怪獣から発した黒い煙――その煙が人間を怪物へと変化させ、ああして仲間を増やしているのだと。

 それなら怪物が、同じように黒い煙を出すのも合点が点く。黒い煙を出している奴にそんな姿をされたのだから、煙を出して何ら不思議ではない。


「…………」


 改めてその事実に、苦しい表情をする一馬。

 しかし彼をよそに、真紅の怪獣へと襲い掛かる白亜の異形。先程まで芝生に倒れていた皇軌であり、両腕の鋭い爪と浮遊能力を駆使して攻撃をする。


 龍が舞うような、美女が踊っているかのような、美しいと思わせる程の連撃。ただそれを受け続けるだけの怪獣ではなく、双頭を使って噛み付いてしまう。


 悲鳴を上げる皇軌を、芝生へと叩き付ける。緑溢れたその場所に土が舞い上がってしまい、茶色へと変色する様は、まさに災害の経過その物。

 周囲に災厄を振りまく怪獣同士の戦い。戦えば戦う程、被害が増大化するばかり。


「くっ、やるんだ!!」


 このままだと皇軌がやられるばかりか、自分達が巻き込まれる可能性がある。

 餓蛇を向かわせ、敵怪獣へと爪を振り回す。しかし怪獣が察知したように回避――瞬時に餓蛇の背後へと付く。


 餓蛇が振り返るも、放たれたミサイルが背中へと着弾。崩れていく餓蛇の身体から白い炎が吹き上げられ、まさに鮮血の如し。


 それを気にしているのかしていないのか、皇軌がその身体を立ち上がらせる。そして怪獣へと尻尾を……


 ――!!?


 彼女の瞳が、見開いたように思えた。

 白い身体に纏わり付いていく無数の異形。正体は人間から姿を変えられた怪物であり、それが白い装甲を鈍い灰色へと塗り潰していく。


 瞬く間に皇軌の身体が、怪物の群れに包まれてしまった。さらに鋭い鉤爪が一斉に突き刺し……


 ――ギャアアアアアアアアアア!!


 悲鳴を上げ、のたうち回る皇軌。

 苦しいのだろうか、腕や尻尾を周囲へと叩き付ける。地面や取り残された軍用車、果ては樹木までが、その余波の影響に晒された。


「皇軌……!!」


 のたうち回る皇軌を放っておく訳にはいかない。


 一馬は一旦、餓蛇の頭部尻尾で敵怪獣の双頭を巻き取った。そうして敵の動きが止まった時、餓蛇を皇軌へと振り向かせ、何発かの火球。


 火球は皇軌へと直撃せず、その周りの地面に着弾するのだった。無意味な爆発が起きるのだが、決して一馬は外した訳ではない。

 爆発を利用して、皇軌の周りにいる怪物を吹き飛ばす。もし直撃してしまえば皇軌にダメージが入ってしまい、かと言って直接取り除いたら、餓蛇にも怪物が取り付く可能性がある。


 これで双方安全に怪物を取り除く事が出来る。現に煙が消えた直後、皇軌の身体には怪物が一切付いていなかった。

 怪物の死骸はその周りに倒れている。だが全て死んでいる訳ではなく、血濡れのままに一馬達の所へと迫っていく。


 奇声を上げながら接近する怪物を、一馬は黙って見ているしかない。それは諦めているからではなく、餓蛇の火球が迫っているのだから。

 火球に気付いた怪物達が、その洗礼を受ける。たちまちその身体は蒸発し、白い炎と共に消え去っていった。


 ――双魔ソウマ……。


「!?」


 一馬の脳裏に浮かんでくる、あの声。

 皇軌が身体を起こさせ、金色の瞳で睨み付けている。その先にあるのは、頭部尻尾から振りほどこうとする敵怪獣。

 皇軌が口にしているのは、この怪獣の固有名だろうか。


 ――双魔……!!


 儚くも意志の強い女性の声が、白亜の龍の咆哮と交えて。

 彼女の鋭くしなやかな尻尾が、敵怪獣へと一直線。見事にその身体を突き刺し、同時に頭部尻尾から離れてしまう。


 突き刺された個所から、鮮血如き黒い煙。双頭の口からは苦痛の呻き声。どれも痛々しく、そして痛みから解放しようと尻尾を脱する。

 一旦、双魔が後方へと下がっていく。それぞれの頭部で二体の敵を睨み付けた時、







 


「……何だ?」


 突然の動作に、怪訝に思う一馬。


 怪獣が反転し、文字通りの逆さま状態へとなる。単に体勢を変えたと思えば、双頭をピンと伸ばし、主翼をさらに広げるなど、ただの体勢変えに留まらない物になる。

 さらに、胴体から伸びる突起物。それが何と両腕だと発覚した瞬間、胴体の上からもさらに生える何か。


「……!?」


 正体は、仮面を付けたような禍々しい頭部。両眼すらない無貌であり、それが皇軌と餓蛇を見下ろしている。

 双頭の飛竜とも言える姿が一変――翼が生えた人型へと変わった怪獣『双魔』。まるでそれは変形とも形容でき、そしてそんな事を予想しえなかった一馬達は圧倒される。


 人智を超えた存在には、こんな芸当が出来るとも言うのか。




 ===



 ――ついに来たか。


 この存在――双魔と戦うのは、皇軌にとっては初めてではない。

 これは黒い煙を使い、敵を全く別の姿にする事が出来る。そうして洗脳に近い処置を行って敵を操り、それで倒した敵を別の姿に変えて……そうやって何回も繰り返し、元の世界で生き残り続けている。


 今回はこの世界にいる小さな群れを使って、味方にしている。だが問題はその能力ではなく奥の手である変形――この姿に変わると、先程のとは幾分変わる。


 だがそんなのはどうでもいい。どんな奥の手を使おうとも関係ない。

 彼女には敵を倒すという目的がある。それを成し遂げるまでは、ここでやられるつもりはない。


 ――オオオオオオオオン!!


 新たに生えた頭部からの、野太い咆哮。

 双魔が主翼を羽ばたかせ、接近。皇軌もまたそれに応えるかのように、咆哮を上げて向かっていく。

 互いに交わる二体の異形。まず先攻したのは双魔であり、両腕の手のひらから漆黒の光弾を放つ。対して回避し、懐に入る皇軌。


 身体を捻らせ、脚の蹴り。喰らって吹っ飛ばした所で、背中の突起物から赤い光線を放つ。

 光線は円を描いて双魔へと向かっていく。それは主翼による機動性でかわすも、そこに襲い掛かる別の影。


 餓蛇と呼ぶ、眷属たる存在だ。鋭い鉤爪で攻撃しようとするが、双魔が右腕を伸ばして餓蛇の首を捕縛――ゼロ距離の光弾を直撃させる。

 爆発し、地面へと吹っ飛ばされるその身体。


「しまった!」


 餓蛇を操っている存在が呆気に取られている。そんな中、双魔が餓蛇へと追撃をするべく、光弾発射口でもある両腕を掲げていた。

 ならば自身がやるしかない――餓蛇を助けるべく、宙を浮遊する皇軌。気付いた双魔が左腕を伸ばすのだが、それを鋭い牙の生えた口で咥える。

 

 引きちぎって分離させる。断面から溢れる黒い煙。まるで血しぶき如き光景の最中、皇軌は怪獣へと体当たりをする。

 見事に餓蛇から離れる事に成功した。双魔の身体が地面に叩き付けられ、轟く破壊音。


 しかしそれは報復とばかりに、背中から無数の弾頭を放っていった。迫り来る攻撃を皇軌はかわし続け、しかし弾頭が直撃してしまう。

 皇軌までが地面に倒れる。その瞬間、彼女は目撃したのだ。





 

 

 

 その一発が、餓蛇を操る存在の元へと向かっていくのを。

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