第12話 どこまでも彼を見つめてくる

 何でだろう。何であの存在は行ってしまったのか。

 一緒に敵を倒すと約束したのに……。それでも自分から離れ、どこかへと消えてしまう。

 捜さなきゃ。何としてでも捜さなきゃ……。私には彼が必要なのだ。



 

 私は、どうしても生き残りたいのだから……。

 



 ===




 自衛隊の前線基地は、慌ただしさを醸し出している。

 しきりに行き来している隊員の姿が見て取れ、無線へと怒声じみた応答を呼びかける者達。怪獣――彼らは未確認巨大生物と呼称しているようだ――という前代未聞の存在が現れた以上、総力を上げて殲滅をしなければならない。


 この騒ぎはその殲滅の一環でもある。そんな中、医療テントはそれらとは比べて、比較的静かだった。


「はい、これで大丈夫」

「すいません、ありがとうございます……」


 医療テントの中には、多数の負傷者で満ち溢れている。

 民間人隊員問わず、簡易ベッドに横たわっている者達。全員が身体のどこかしらに包帯を巻いており、苦痛に顔を歪ませている。


 怪我の原因は様々である。怪獣災害、それが伴う瓦礫などの二次災害、そして正体不明の小型生物。

 その小型生物は元人間でもある。原因は不明ながらも、そういった異形にされると自我をなくしてしまい、かつての同族を襲う事となる。そして襲われた者も同じような姿にされてしまう。


 この事実を知っているのは、今まさに女性隊員によって頭に包帯を巻かれている家城灯と、そばにいる黒木一馬と辻森芽留。自衛隊員の方が知っているのかどうかは、三人からは知る事はない。


「これで頭の傷は何とか消毒したわ。どうかお大事にね」

「はい、どうもありがとうございました」


 先日、餓蛇の火球による衝撃波で、灯の頭部に裂傷が起こってしまった。

 あの時には一応の応急処置をしたものの、未だ完全ではない所もある。だから一馬は念の為に灯を連れて行き、処置をしてもらった訳である。


 頭を下げ、白いテントから出る一馬達。包帯を巻いた灯が頭をさするのを、一馬は見逃さない。


「どう、具合は?」

「……うん、だいぶ良くなった。ありがとうね、黒木君」

「別にいいさ。とにかく大事に至らなくてよかったよ……」


 そう謙遜する一馬の目が、灯から目の前へと移っていく。

 広がっているのは様々な場面が入り組んだ光景だ。忙しく仕事をしている自衛隊員。その自衛隊が即席の非常食を作り、それを受け取っている避難民。そして、奥のテントに見える泣き崩れた女性の人。頭を抱えながら震える男性。


 その行動は、言葉にしなくても分かってしまう。女性は何かを失い、男性は恐怖に見舞われた。未曾有の怪獣災害は、ああして人々に悲劇を与える。

 何の目的もなしで暴れまわり、同族と戦う怪獣達によって……。


「……馬鹿げてますね……」

「!」


 突然だった。辻森が口にしたのは。

 無意識の内だった為か、辻森自身が理解するのに少し経ったようだ。そのせいか、彼女までもが戸惑いを見せる。


「……いえ……何か、込み上げてくるんですよ。ふつふつと……」

「込み上げてくる……ですか?」

「ええ……。怪獣達がしている事なんて……よその家で勝手に争っているようなもんじゃないですか。そんな勝手な理由で、こうして人達……私達が被害を被っている。

 理不尽なんですよ。色々と……」

「…………」


 彼らは異界の住人。ここで争う理由などありはしない。

 例えそれが本能だろうが、彼らのやっている事は決して許されない。辻森が言いたいのはそういう事なのだろうか。

 一馬も、灯も、教師の言葉に黙ってしまう。そんな沈黙が生まれたその矢先、聞こえてくる妙な音。

 

 プロペラを思わせる風を切る音だ。最初は小さく聞き取りづらかったが、徐々にその音がハッキリと、そして近付いてくるようになってくる。


 その正体は軍用ヘリだ。無骨な漆黒の装甲に包まれ、プロペラを回していく巨大な機械。


 広がっている芝生に、猛烈な突風が吹き荒れる。それを発生させている軍用ヘリが、今その場所へと降り立とうとしていた。

 十人以上は乗れる程の大きさを持っている。今の避難民を全員乗らせるには十分であり、この地獄から脱出する事が出来るのだ。


「では皆様!! 列を作って順番にヘリに乗ってください!! 未確認巨大生物は近くにいないので、落ち着いて行動して下さい!!」


 アサルトライフルを手にしながら、避難民がいるテントへと声を掛ける隊員。先程、一馬達に質問をした男性その人だ。

 彼の指示に、避難民がぞろぞろとテントから出てくるのが見える。その中には政宏達がおり、他の人達と共にヘリに向かおうとしていた。


「……行きましょう。黒木さん」


 辻森が一馬へと振り向く。その強い眼差しをもって。

 鳩が豆鉄砲を喰らったような表情を、一馬はしてしまう。そのような表情を見たのは初めてで、どう言い返せばいいのか分からなかったのだ。

 それでも、辻森はその意思を生徒に伝える。


「ここからは自衛隊に任せましょう。彼らなら怪獣達を倒してくれるはずですし、もう黒木さんが戦う必要はないんです。

 一緒に脱出しましょう。今までの事は忘れて……普通の生徒として……」

「…………」

 

 それは、辻森の生徒への想いだった。

 彼女は教師として、生徒を第一に想っている。だからこそ一馬が皇軌と協力関係になった事に快く思わず、この機会を好機チャンスだと思っている。

 分かっている。彼女の意志は一馬にもよく伝わっている。しかしどう返事するべきなのか分からず、ただ沈黙をする。


 この場合、皇軌はどう判断するのか。そもそも彼女は生きているのか、それとも死んでいるのか――今の一馬では、答えを見いだせない。


「あなた達、何しているの? 早く列に入って」

 

 そんな時に声がしてくる。皇軌へと攻撃する際、一馬を引っ張り出した女性隊員だ。

 彼女が列に入らない一馬達を心配しているのだ。自衛隊だから当然であり、別にその人が悪い訳ではない。

 そんな人を無下にする訳にはいかない。


「……行きましょう」


 ここは素直に応じるべき。

 一馬はただ頷き、灯達と共に政宏達と合流する。ヘリに近づくごとにプロペラの音が強まり、ほとんどがそれしか聞こえなくなる。

 その中でも、男性隊員の声が聞こえてきた。


「さぁ、残るのは君達だ!! その後にヘリを出発させ、渋谷から出る予定だ!!」


 これに乗れば、渋谷から脱出出来る。

 一馬が先にヘリへと入ろうとする。そして中へと足を踏み入れ……










「――どこ行くの?」


 足が止まってしまった。

 その声は、その言葉は、その意思は、一馬の足を動かそうと言う動作すら奪っていく。そして彼がしてやれるのは、首を振り向かせるという事。


 緑色の芝生の上に、彼女が立っていた。赤い服を纏い、白銀の髪を蓄えた美しき少女。一馬は、その名を口にする。


「……皇軌……」


 皇軌と呼ばれた少女――いや、怪獣には傷らしき物は見当たらなかった。

 あの時、彼女は自衛隊の攻撃を晒されていた。それが今はどうか、それらしきダメージは、今の姿からは全く見受けられない。

 まるで今までの攻撃が意味のない物だったかのように。そしてその無傷の少女が、一馬へと近付く。


「ねぇ、何で行こうとするの? 一緒に敵を倒すんじゃなかったの?」


 まるでそれは、子供が親に言うような台詞。

 正体に似つかわしくないその言葉は、どこか蠱惑的で、どこか強い意思が見えて……。一馬は彼女を見るしかなく、立ち止まるしかない。


「……ねぇ……」


 皇軌が、立ち尽くす一馬の手を握る。

 その金色の瞳は、どこまでも彼を見つめてくる。瞳を逸らしてしまったら、果たしてどうなってしまうのだろうか。

 それ程にこの瞳は、言い表せない何かを感じる。一馬はそれを感じ、息を呑む。


 もしかしたら、自分は彼女に……

 

「……何だ君は……どこから来たんだ?」


 その時、自衛隊員の一人が口にしたのだ。

 どこから、どうやって、いつの間にか現れた少女。その存在に、自衛隊員全員が唖然とした姿を隠さない。


「避難民か……? 随分とそう見えないが……」

「それよりもこの子に見覚えは……一体どこから出てきたんだ?」

「……あなた、お母さんとお父さんは? もしかしてはぐれちゃった?」


 疑問に溢れる隊員。その中で女性隊員が駆け寄り、優しく語り掛ける。

 しかし少女――皇軌は無表情のままで見つめている。何も喋らない上に、その禍々しい金色の瞳。それが表情を緩ませた女性隊員に、少しずつの恐怖をもたらす。


「あの……あな……」

「――そいつ、化け物です!! 早く殺して下さい!!」


 刹那、咄嗟の叫び声が場にいる全員を驚かす。

 声の主は大久保隆平だった。皇軌に対し、必死に恐怖を剝き出しにしている。それはこの場にいる全員が、彼を狂っているのではないかと思う位に。


「はぁ? 君、何を言って……」

「本当なんです!! こいつ、怪獣が化けた姿なんです!! 早く殺して!! 殺せ!! 持っている銃で殺せよぉ!!」


 微動だにしない少女をしきりに指差し、錯乱の叫びを上げる。

 だが一方で、大人達はちっとも信じようとしない。大久保に対し、まるで精神異常者を見るような目つきをし、呆れる素振りを見せる。


 それが真実だというのに、常識に凝り固まっているせいで……。


「……何を言っているんだが。いくら正体不明の未確認巨大生物が、人間に擬態するはずが……」

「とりあえずこの子も搬送する。君、お願い出来るか?」

「………………」

「……何をしている? 早く」


 呆然としていた女性隊員に、怪訝に思う上司らしき男性。

 反応するのを送れたのだろうか――女性隊員は小さく頷き、少女の手を掴んでいく。すぐにヘリの中へと連れて行かせようとすると、

 その金色の瞳が鋭くなった。


「……っ!?」


 後ずさる女性隊員。彼女だけではなく隊員達も、一馬達も、皇軌へと恐れおののく。

 言葉に表すなら、それはプレッシャーか。初めて会った時、大久保へと放った物と同じで、しかも人間が放っている物と思えないこの現象。それを感じた人間は、彼女へと恐怖を露にする。


 思うのは『この少女は人間ではない』という考え。誰もが彼女から下がり、そして警戒をする。

 その周囲だけ生まれる静寂。誰も喋らなくなってしまう――が、




「……来たか」




 静寂の中で聞こえてくる、皇軌の繊細な一言。

 一馬達が、それに怪訝を思った時、


 ――ア゛アアアアアアアアアアア!!

 

 それは轟くのだった。


「!?」


 まず振り向いたのは、隊長らしき男性だ。

 咆哮がした方向に、微かに聞こえてくる銃撃音。作業をしていた隊員達が手をやめ、それがする樹木の集合体へと目をやる。

 あの奥にあるのは公園の外である。そこで何をやっているのかという疑問が漂う中、それは樹木から姿を現した。


 アサルトライフルを手にしたまま、吹っ飛ばされる人間の腕。そしてそれを追うかのように人々の前に現れる、

 異形の怪物。


「あれは!?」


 灰色の甲殻に包まれた人間サイズの異形。それが前に襲ってきた個体だと、灯はおろか一馬も知っている。

 一体のみならず、次々に姿を現していく。どれもが青い複眼を人間達を捉えた時、一瞬にして疾走する。


 人間達を殺戮しようと、鉤爪をちらつかせながら。


「撃てぇ!! 撃てえええええ!!」


 静寂が瞬時に狂気に変わる。

 自衛隊員が、手にしている拳銃やアサルトライフルで応戦。数体辺りは脳天に直撃して倒れるも、それでも数はめっきり減らない。

 ついには軍事テントの近くにいた隊員へと、その身体を覆い尽くす。悲鳴と断末魔が織り成す生き地獄が、遠くにいるヘリの連中を脅かす。


「今すぐに離陸させろ!! 早く!!」


 一馬や灯達をヘリの中へと押し込み、離陸を要求させようとする怒声。

 その際、一馬の手から皇軌が離れていった。立ち止まる皇軌に対して誰も声を掛ける事も連れ出す事もせず、離陸を急がせる。


 やがてハッチが閉じ、浮いていく軍用ヘリ。この地獄から脱しようと、すぐに公園から離れようと。


「!? キャアア!?」


 しかし、突如の揺れが脱出を阻止させる。

 誰かの悲鳴が上がった時、ヘリ内が暗くなっていく。それが窓に、異形の身体が張り付いているのだというのが、一馬はハッキリと捉えた。

 阿鼻叫喚、崩れるヘリの体勢。そしてついにバランスが崩れ出したのか、一馬達の世界が反転する。


 聞こえてくるのは、けたたましく鳴り響く警告音だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る