第11話 あまりにも奇妙で見た事ない現象

「なっ!?」


 突然に起きた身体の移動に、一馬はただ戸惑うしかない。

 誰かに腕を掴まれたようであり、連れ去られるように運ばれている。一瞬、人間の成れの果てである例の怪物かと思ったが、頭上を見上げた途端に違うと判明した。


 正真正銘の人間だった。それも女性であり、一馬よりも年上の印象がある。そして服装を見る限り、それは迷彩服である。

 一馬だけではない。よく見ると同じ服をした数人の大人達が、灯達を連れ去っている。まるでこの場から離れようとしているかのようだ。


 戸惑いがあるものの、今の状況が何となく察する事が出来た一馬。この人達は……。


「あ、あの!!」

「今は黙れ!! 舌噛むぞ!!」


 大人達の中で年上だろう男性が、ただそれだけを叫ぶ。

 連れて行かれる際、一馬は背後へと振り返った。そこには一馬の制御が受けられないので立ち止まっている餓蛇と、彼らを見つめている皇軌の姿。


 彼女の姿はまるで、唐突な事態に不思議に思っているような……。


「民間人の救出成功!! 攻撃開始して下さい!!」


 男性が無線機を持って怒鳴っている。その直後、一馬達が通りかかった所から、姿を現す謎の存在。


 男性達と同じように、迷彩服を着た人間達だ。怪獣達に見えないよう陰に隠れながら、手にしている物を向けている。

 アサルトライフル、無反動砲……それは軍隊が持っている標準的な装備。


 すなわち、が遂に現れたのだ


「てええええええ!!」


 その時だった。怒声と共に放たれる、凄まじい銃撃。


 無反動砲から弾頭が飛ばされ、糸を引きながら皇軌へと着弾――発生する爆発。

 立ち込める黒煙がハッキリと捉えられた。龍を思わせる頭部が見えなくなったと思えば、今度は胴体に爆発。それは一馬が見ている場所からではなく、他の場所から発射された事を意味している。

 餓蛇にも身体中に爆発が起きていった。両者ども何も出来ず、ただその爆発を喰らい続ける


 無反動砲の装填が行われる中、アサルトライフルで応戦する彼ら。無数の閃光が黒煙へと向かい、響き渡る鈍い音。

 辺りが黒煙と閃光に満たされる。一馬にも硝煙の匂いが感じられて、思わずむせ返ってしまう。


「着いたぞ!! 早く乗れ!! 乗れってんだ!!」


 怪獣達を見ていた一馬が前を見る。そこにはいつの間にか用意された、二台の軍用車。

 灯達を急かすように押し込んでいく男性達。戸惑いながらも中に入っていく灯達。一馬もまた、男性によって助手席へと座り込まされる。


 その直後、聞こえてくる空を切るような鋭い……ジェット音。


「F-15J……!?」


 辻森が窓に向かって叫んでいる。

 一馬もまた見上げると、一瞬だけだが二機の飛行物体が見えてきた。それが戦闘機だと彼が直感した時、怪獣の周りに起きる大爆発。


 戦闘機から放たれた爆弾――『JDAM(統合直接攻撃弾)』という名称なのだが、一馬は知らない――の影響である。それが黒煙に包まれた二体の怪獣、そして周りの建物を燃え上がらせ、火の海としてしまう。


 息を呑んでしまうのを、一馬自身は感じてしまう。あれ程猛威を振るった怪獣達が、自衛隊の攻撃に晒されている。

 終始、黒煙に包まれているので、二体の状況が全く把握出来ない。どれ程の損傷になっているのか、それとも死んでいるのかすら分からない。


 にも関わらず、対地攻撃は未だ止む事を知らない。一馬はただ、黒煙が包まれた場所を見つめるしなかった。

 その間に大人達が、軍用車を走らせていく……。



 

 ===




「よし、着いたぞ」


 二台の軍用車が停止する。まず降りていくのは運転していた男性達。

 一馬達もまた降りると、目の前には緑色の芝生が広がっていた。よく見ると奥には湖が広がっており、中央から噴水のように水が飛び上がっている。


 公園らしき場所だろうが、今はあらゆる物で覆い尽くされている。灰色のテント。軍用車、何らかの無線機、そしてモニターまもでが。

 その中を慌ただしく駆け巡る迷彩服の大人達。一馬達はその中に入っていき、辺りを見回していく。


「色々とすまなかったな。我々『自衛隊』の到着が遅れる事となってしまった」


 自衛隊。あらゆる国の脅威に対し、迅速に出動する日本の自衛組織。

 一馬を連れ出した男性の言葉に、ついに来たかと少し安堵してしまう。そう思う一馬だったが、疑問もなくはない。


「来るのが遅かったですね……」


 彼の疑問は、辻森が口にする。

 すると男性が一馬達へと振り向いていく。あの時は走っていたのでよく把握出来なかったが、壮年を思わせる容姿をしており、黒い短髪が体育会系の印象を与える。

 その凄みのある顔に、苦虫を噛み潰したような表情が浮かばれる。


「あんまり言いたくはなかったが、諸々の事情があってだな。何せテロとか災害ではなく未確認巨大生物……それにこの渋谷で謎の異常気象が起こって、迂闊に出動が出来なかったからな」

「…………」

「……とにかく遅れてすまなかった。後は我々が責任をもって、未確認巨大生物を殲滅する」


 彼が謝罪を述べた後、道中に白いテントが張っているのが見えてきた。

 一瞥すると、包帯を巻かれた人々がテントの中にいる。服装から民間人だろうか……白い包帯から赤い血が滲み出し、悲痛な表情を浮かばせている。

 中には悲鳴も聞こえてきた。『痛い』『脚がもげそう』――あまりにもおぞましさに、一馬でさえもハッキリと見る事さえ出来ない。


 やがてそれとは別のテントへと到着。中に入ると、特に怪我のない民間人が二~三人がテーブルに座っている。

 なおそこには、一馬がよく知る同じ学校の生徒は見当たらない。


「ここは待機場所だ。もうじき来るヘリで、君達を避難をさせる事が出来る」

「……避難……ですか……。やった……やったぞ……」


 それまで黙っていた大久保が、思い出したかのように呟く。

 同時に微かな……そしてどこか狂った笑みが浮かばれたのだが、一馬は声はともかく表情に気付く事はなかった。

 それよりも一馬が思っているのが、ここから脱出出来るという事。それは一馬自身なら、とっくのとうに喜んでいたと思う。そう、前の一馬なら……。

 それを知っているからこそ、灯と辻森が心配そうに彼を見つめる。その視線もまた、彼は気付く事はなかった。


「さて、早速で悪いが、何故君達はあんな所にいたのだ?」


 男性隊員が疑問を口にする。

 自衛隊なら、不思議に思って当然の事だ。怪獣が三体暴れている中、まるでその戦いを見届けているかのように居座っていた一馬達。

 あんな事をするのは、余程の自殺志願者か愚かな野次馬。世間ではそう思うのだろうが、その近くには辻森という大人がいるのだから、彼はなおさら疑問に思うのだろう。


 大人までああしていたという事は、余程の事があるのだと。そして隊員は知らないのだが、一馬達はその『余程の事』に陥っている。


 灯達が目を逸らし、口ごもっている。ここで真実を明かしても、彼らは決して信じないだろう。

 一馬も同じだった。それを伝えておきたい気持ちはなくはないが、そうしたら次の答えが返ってくるに違いない。


『君達は幻覚を見てた』と。


「……あの、実は……」


 最初に灯が口を開けた。

 しかし同時に、一馬が愛想笑いをしながら言うのだった。


「いやぁ、すいません! 実は怪獣を目の前で見たかったもんですから! ほら、男の子ってああいうのが好きじゃないですか? ついつい写真を撮りたくって……」

「……なるほどな。そういう事だろうと思っていた」


 呆れるような台詞と表情。そして表情を一変させ、ほんの少しの怒りを見せる男性隊員。


「しかしな坊主。あれは遊園地のショーに出てくる着ぐるみではない、本物の化け物だ。実際に未確認巨大生物に巻き込まれて犠牲になった者もいると聞く。

 見たい気持ちは分からなくもないが、そういうのは二度とするな。巻き込まれたら最後、一生両親にも会えなくなる」

「……はい」

「……分かってもらえるのなら、別にいいんだ」


 彼が部下を連れて、テントの外へと出て行こうとする。

 するとその直前、その顔だけを一馬達にだけ振り返させる。


「今、民間人を避難させる為のヘリが往復している。再びこっちに来るのは一七〇〇。それまでにゆっくりするんだ」

「……分かりました」


 一馬の返事。その後、自衛隊員はテントから姿を消す。

 彼らの背中を見つめていた一馬だったが、ふと自身を見つめる視線に気付く。その視線の主こそ、難しい顔をした灯であった。


「……そうだよね。本当の事を言っても、信じる訳ないよね……。

 ごめんね、黒木君……」

「……いや、いいんだ」


 謝罪を述べる灯に対し、一馬はかぶりを振る。

 別に彼女が謝る必要はないと、彼は心から思う。だからこそ、そう謝るのは気が引けてしまう。


 そんな一馬だったが、そこに男子生徒の言葉が聞こえてくる。


「でもよぉ皇軌の奴、自衛隊の攻撃を喰らった事だし、もうやられてんじゃねぇの? なら心配する必要ないって」

「それもそうだね。黒木、あんたもそう思うでしょ?」

「…………」


 女子生徒が尋ねるも、一馬は答えられない。


 果たして皇軌が自衛隊に掃討されたのか、今の所は断定出来ない。そもそも彼女は他の怪獣を含めて異界の神──こちらの常識など全く通用しない。


 それよりも、もし自身が――例え己の意思ではなくても――この街から、怪獣同士の戦いから逃げようとしたら、彼女自身はどう思うのだろうか。


 ――ドドン!! 


 ふと聞こえてくる、砲撃の雄たけび。

 一馬含む避難民が顔を上げていく。表情には不安が満ちており、中には怯える者まで。

 

 怪獣の蹂躙が、人々を恐怖させる。

 



 ===




 ある区域の街。

 やはりと言うべきか、多くのビルが立ち並んでいる。そしてこの怪獣災害の例に漏れず、見る者を痛ましく思わせる程の、悲惨な光景が広がっていた。


 ガラスが割れているビル。何らかの力により傾いたビル。そして所々燃え上がる火。その中を、恐れずに突き進む数十人の集団がいた。

 陸上自衛隊一個中隊。『89式5.56mm小銃』及び『84mm無反動砲』を手にし、三台の10式戦車と共に街を歩く男性隊員達。今彼らが捜しているのは、この千代田区に姿を現した謎の存在『未確認巨大生物』。


 いつ、どこで、何の目的で――それらの情報が全く不明な、文字通りの巨大不明生物。しかしそのまま見過ごす訳にいかず、巨大生物を発見次第に殲滅する事になっている。

 

「変だよな……」

「何がだ?」


 一人の隊員が呟く。それも不安に満ちた物であり、同僚が彼に心配をする。

 その隊員が辺りを見渡しながら、同僚に伝える。


「三十メートルはある巨体なら、何かこう……気配が感じるはずなんだよ。それなのにそれが感じられない。現に察知も出来ないし……」

「……それは一理あるな」


 実はここで、二体の怪獣が戦いを繰り広げていたらしい。

 情報によると片方の四足タイプは争った後、退却するように地面を潜行。その後、商店街に現れて別の巨大生物に倒されたと、無線がそう言っている。

 しかし片方がどこにも見当たらない。地面を掘った形跡も見当たらず、忽然と姿を消してしまったという。


 まるで、幽霊のように。


「……そもそもあいつらは何なんだ? どう見ても生体兵器のように見えないんだが……」

「んなもん知るか。正体はどうあれ、見つけ次第に殺す。それだけだ」


 誰しも思っている。『怪獣の正体は何なのだ?』と。

 それを知っている者は一人もおらず、それが巨大生物の不気味さに拍車を掛ける。しかしだからと言って、化け物の正体を調べている余裕などもない。


 そういうのは専門家の仕事。自衛隊の仕事は、民間人や国を脅かす存在を駆逐する事。


「……ん?」


 ふと、足元に違和感を感じた。

 隊員が真下へと向くと、そこには『何か』があった。例えるなら、闇を思わせる黒い霧と言うべきか。

 あまりにも奇妙で見た事ない現象。それは彼ではなく、他の隊員や戦車の足元……しまいには地面一帯を覆い尽くしている。


「何だこれは……?」


 誰もが、黒い霧に困惑する。

 特に害はないのだが、地面がそれで包まれているのがいい気持ちしない。勇敢な戦士でさえ、疑問とほんの少しの不安を抱いてしまう。


 一体これは、どこからやってきたのだと。


「……!? おい!!」


 突如、隊員の一人が指を指す。

 その方向に向く一個中隊。そして彼らが目にしたのは、想像を絶する現象。


 一つのビルから伝っていく、黒い霧の大波。


 悲鳴を上げる暇すらなかった。大波は哀れな隊員達へと向かい、飲み込もうとしていく。

 その時、何人かは見たのだ。ビルの上に鎮座する……







 二つの光を持った巨大な影を。

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