第8話 白き鎧を纏った龍神
それは……白き鎧を纏った龍神は、無機質な瞳で見下ろしていた。
ビルの壁面に埋め込まれた人型怪獣。今、その化け物は瓦礫と粉塵に覆われ、姿を見えなくさせている。
まるで様子を窺うように、白き怪獣が浮遊しながら留まっていた。翼の類を使わず、赤い粒子を撒き散らしながら天に舞うその姿……あたかも神話に出てくる天女のようである。
刹那、粉塵から出てくる長い尻尾状物体。
白き怪獣は寸前でそれを回避させた。直後として粉塵から姿を現し、腕から火球を放つ人型怪獣。
――キュオオオオオオオオオオオオオンン!!
一つ鳴き声を上げながら、飛行しながら火球を回避する。その背後を迫りながら、敵の怪獣が撃ち続けていく。
異形同士のドックファイト。火球がビルなどの建物に着弾して爆発させても、なお二体はやめない。それどころか逃げていた白き怪獣が翻し、敵へと接近。すれ違いざまに尻尾でその脚を絡めとる。
唸り声を上げながら、敵の怪獣を道路へと振り下ろす。風を切る音を聞こえてきたと思えば、怪獣が地面に叩き付けられた轟音が鳴り響く。
怪獣の中央にクレーターが生じた。その異形の身体が地面に埋もれる。しかし怪獣は悲鳴を上げず、平然と起き上がろうとする。
だがそこに迫り来る、美しき龍神。敵へと馬乗りになり、腕の鋭い鉤爪で身体を切り裂く。
切り裂いた個所から漏れ出る白い炎。同時に怪獣の悲鳴が轟くも、白き怪獣は攻撃の手を緩めない。
――アガガガガガア!! ア゛アアアア!!
人型怪獣が蹴りを入れ、白き怪獣を吹っ飛ばす。
地面に倒れる間、距離を取ろうと浮遊していった。しかしそれを見過ごす白き怪獣ではなく、その無機質な瞳で敵を捕らえ、口を開ける。
口内から溢れる、赤い光。
人型怪獣が逃げようとするも時既に遅し。口内の光がさらに増し、一直線に放たれる。
吐血如き赤い熱線。まっすぐに人型怪獣へと向かい、腹部に着弾。異形の身体を吹き飛ばす。
身体が背後のビルへと激突――溢れ出す瓦礫に、高まる轟音。その中で微かに聞こえる、人型怪獣の断末魔。
それは、戦いを一部始終見ていたある者達が、はっきりと見ていたのである。
===
「……なんて奴だ……」
一馬はその目で、異形同士の戦いを捉えた。
白き怪獣から放たれた赤い熱線を。赤い熱線に吹き飛ばされ、ビルに叩き付けられた人型怪獣を。人智を超えた瞬間は、彼に呆然の表情を与える。
灯達も同じだった。あれ程に逃げようと思っていたのに、今は二体の戦いを見守っている。例えビルから怪獣が落下しても、ただ立ち止まるだけ。
ゆっくりと地面に吸い込まれる怪獣。その姿は街の中へと消え、直後に地響きが発生する。一馬達はその揺れに倒れそうになるも、何とか大勢を立て直した。
直後、戦いの後に鳴り響く、白き怪獣の雄たけび。
勝利の美酒を味わっている様だ。しかしいつまでも酔いしれる事はなく、龍如き顔を動かしていく。
一馬達の方へと。
「……何だ?」
怪訝そうに呟く政宏。
白き怪獣はまっすぐと一馬達を見つめている。捕食かあるいは攻撃か……そう感じた一馬だったが、次第にそれらとは違うのだと察する。
まるで何かを訴えているかのようだ。言葉なき意思を、一馬達に託しているかのよう……。
「…………!?」
人間が無意識に行う瞬き。一馬がそれをした時、宙に浮いていた怪獣が消えたのだ。
――否、消えたというのは語弊があるか。怪獣に入れ替わるように、一馬達の目の前に何者かが立っている。
華奢な身体の周りに纏った、血を思わせる真紅の洋服。まるで絹のように艶やかなショートヘア。幼いながらも虚無を感じさせるを得ない、人形如き面相。
どこか幼い人間の少女だった。肌や髪が白に覆われており、実に病気的であり神秘的。そのような彼女――性別があるかは不明だが――が、妖しく光る金色の瞳で一馬を見つめている。
「……君は……」
一馬は覚えていた。覚えていないはずがない。
この少女は何度も見た。前の嵐でも……救助隊を捜していた時にも、常に一馬を見つめていた。
――そして確信した。少女は、あの怪獣の化身だったのである。
「……あなたは……何?」
不安と怪訝が入り混じった表情で、灯が尋ねる。
すると彼女が歩いていく。それも一馬達の方ではなく、別の方向へと。
「付いて来て」
「……えっ?」
それだけ答えた。実にシンプルで難解な言葉。
一馬達は互いに顔を見合わせた。ここで付いて行くかそれとも逃げるのか――無言の相談が、彼らの間に交わされる。
「……とりあえず行きましょう……」
口に出し、提案をしたのは一馬だ。
そんな彼の意見に、辻森の顔に不安が満ちる。
「でも……」
「ここにいてもしょうがないですし……。それにあいつ、何か気になるんですよ……」
「追ったら殺されるんじゃないのか!?」
「だとしたらとっくに殺してる。むしろこうしている方が殺されると思う。
だから……早く行こう」
「…………」
反論した大久保だったが、それを否定された故に表情が歪んでいく。一馬はその表情をハッキリと見つめないで、少女の後を追った。
灯達もまた彼へと付いて行き、雨が降りしきる空間を突き進む。道路に転がっている異形の怪物を踏み外さないよう進み、瓦礫の中を潜り抜け……。
途中、少女との会話はなかった。一馬もそうだが、彼女から言い表せない何かを感じており、迂闊には会話など出来やしない。
そもそも少女は怪獣が変化した姿だ。もし彼女の機嫌を損ねるような事をしたら……言うまでもないだろう。
「……そういえばこの先って……」
灯がふと呟く。一馬は軽く「ああ……」とだけ返事する。
やがて見えてくる、亀裂に覆われた道路。どの亀裂も辿っていくと巨大なクレーターに行きつき、そして中央には仰向けに倒れている人型怪獣の死骸。
表皮の至る所から白い炎を噴き出し、反して身体はピクリとも動かない。甲冑を思わせる頭部も、そこにある四つの瞳から光が失っている。
動く危険性はほとんど見られない。それでも先程まで猛威を振るっていた存在には違いなく、一馬達は少女とは逆に一歩下がっている。
「この怪獣に何の用があるんだ?」
この怪獣は少女が
一馬が尋ねるも、少女は全く答えない。それどころか妖艶に光る金色の瞳で、一馬を睨み付ける。
「……う゛っ!?」
急に感じる頭痛。脳をかき乱されるかのような、表現し難い痛みが一馬を襲う。
頭を抱える一馬に反して、少女は平然としている。まるで試しているかのような姿勢であるが、そんな事を一馬や灯達が気付く余裕はない。
「黒木君、大丈夫!?」
灯が駆け付けようとした――その時。
目の前に起きる奇声の発生。突如の事態に、一馬と少女以外の全員が目の前を見る。
そこには何と、三体程の小型怪物が死骸の上に立っていたのだ。どの個体も敵意を剥き出しにし、死骸を蹴って一馬達へと疾走する。
迫り来る脅威。激痛に苛まれる一馬も、その瞬間をハッキリと把握する。
何とかしてあの怪物を排除しなければ。しかし激痛が、応戦する暇すら与えてくれない。その間にも接近しつつある怪物達。
──このままでは。
──オオオオオオオオオンン!!
沸き上がっていく、獣の咆哮。
それは怪物の背後から発せられた。怪物が襲撃をやめ、背後へと振り返った時、それは迫ってくる。
黒い鉤爪を持った腕。腕が怪物達を潰し、道路を粉砕させる。
粉砕音が吠える。怪物の血しぶきが上がる。そんな中、生き残った一体が仇討ちとばかりに飛び上がり、奇声を上げていく。
しかしその身体が宙で停止する。身体に突き刺さった、白く細長い尻尾によって。
その尻尾を繰り出した、人型怪獣によって。
「……何で……」
一馬に寄り添う灯は、ただ呆然とするしかない。
先程まで死んでいた怪獣が動いたのだ。それも身体中にある傷が徐々に癒え、先程までの正常な姿となる。
その個体のとった行動は、まさに人間達を守ろうとした物であった。灯達が戸惑うのも無理はなく、そして警戒を生んでいく。
「…………」
しかし、一馬は別だった。
彼の妙な違和感が襲ってくる。その違和感を確かめようと、頭である考えをする。
するとビルへと叩き付ける怪獣の頭部尻尾。瓦礫を意味なく作り出す行為は、他の者から見れば単なる無為な破壊行為か。
だが一馬は、確信した。
「……こいつ……僕の考えで動く……」
「……はっ?」
政宏や灯達が、怪訝な瞳をする。
しかしそうとしか考えられなかった。この怪獣は一馬の意思によって動く。まるで自分の身体のようであり、別の言い方をすれば操り人形と言うべきか。
一体何故なのか? 何故怪獣が、自分の手で操る事が出来るのか?
「――あなたは、あの存在を動かす事が出来る」
だがその疑問を、少女が答えてくれた。
疑問に満ちた表情のまま、彼女へと振り向く。
「……何だと?」
「私はあの時、あなた達に因子を埋め込んだ。あなたは他の存在よりも因子が強く、だからあの存在を操る事が出来る」
「因子……?」
そう言われて、ある事を思い出した。
大勢の人々と共に避難している最中、その頭上に赤い粒子が降って来た。今思えば、頭上にいた巨大な影はこの少女――白い怪獣ではないだろうか?
因子とは赤い粒子だと知るのは、そう難しくはなかった。自分がその因子を吸い込んだか何かをされて、それで少女の言う通り……
「あの怪獣を……思い通りに……」
「かい……じゅう?」
何の事なのかと、少女が首を傾げる。
容姿と相まって可愛らしい仕草だが、その本性は人智を超えた獣――決して表情を緩む事は許されない。
「君達みたいな化け物の事だ。それよりも……何であんな奴を操んなきゃなんないんだ?」
「……それは決まっている。生き残る為」
「生き残る?」
意外な言葉に、今度は一馬が怪訝に思う。
「ここには私の敵がいる……敵は皆やっつけなきゃいけない。それをどうしても成し遂げたいから、あなたにその術を与えたの。
もう一つ力があれば、敵を倒しやすくなるんだから」
「…………」
それはつまり、一緒に敵を倒せという事だろうか。
大体の理解が出来たのだが、それでも釈然が出来なかった。その釈然は辻森も同じだったのか、彼女が声を荒げる。
「ちょ、ちょっと待って下さい!! 何故、黒木君をあなた達の戦いに加担させなければならないんですか!? 目的はよく分かりませんけど、これはどう見ても私達人間には関係ないですよね!? 何でそんな事を――」
「私は敵を倒したい。生き残りたいの。だけど私だけではどうにも出来ないから、彼の力が必要。それだけの話なの」
辻森の反論に対し、この少女は断固とした姿勢を崩さない。
そんな彼女が一馬へと近付く。怪訝に思う彼の手を、彼女の繊細な両手が握り締める。
「だからお願い……一緒に敵を倒して」
懇願の意思を見せる少女。一方、一馬はただ黙るしかない。
あれ程、人間など興味なしとばかりに争っていた怪獣達。その一体である彼女が、人間である一馬をこんなにも頼ろうとしている。
一体、彼女は何を考えているのだろうか。その意志の読めない彼女に対し、どういった返事を返せばいいのだろうか。
今の一馬には分からなかった。何も分からず、ただただ呆然とした表情で彼女を見つめるしかない。
「ちょっ……ちょっと待てよ……」
その時、震える声が場に静かに響く。
大久保だった。彼のその顔が酷く歪んでいるのを、一馬達はその目で確かめる。
「あれ程暴れといて、今更何言っているんだ、ええ? 敵を倒す為に協力してくれとか……頭おかしいんじゃないのか? ……いや、それとも人じゃないから、ちゃんとした考えが出来ないのか?」
震える口から出る言葉。それは少女に対して感じた理不尽さか、あるいか怒りからか。
だがそんな大久保に対して、少女は無表情のままで見つめるのだった。まるで大久保という人間を何も感じていないような、虚無にも似た表情。
それが癇に障っただろう――大久保の表情が怒りへと変わり、赤い洋服を掴んでいく。
「何だよその目は……? 化け物の分際でいい気になりやがって……。早くここから消えろよ……消えろってんだよ!!」
一触即発の状態。このままでは少女の逆鱗を触れてしまうのかもしれない。
何とかなだめようと、一馬は声を掛けようとした。ここで争っている場合ではないと頭の中で考えたが、それが突如として思考停止する。
少女が、目を細めている。
単純な仕草。なのにどういう事か、寒気が一気に襲い掛かる。まるで姿のない殺意が、一馬の首を掴むように。
灯達も、そして大久保もまた例外ではなかった。彼女の禍々しい意志が、全員を凍えさせる。
「……何だよ……何だよ……化け物……化け物……化け物ぉ……!!!」
少女から後ずさるも、背後にあった瓦礫に
辻森が安否を気遣うも、彼はやめない。まるで何かに憑りつかれた様に、周りに気にせずに叫び続けていた。
一馬はそんな二人を見つめるしかなかった。それは灯達も同じだったが、逆に少女は雨の降る空を眺めている。
発狂している人間ではなく、雨という現象に興味を持っているかのように……。
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