第5話 暴れる獣に戸惑うアリ

『緊急速報です。東京都渋谷区に出現した昆虫型未確認巨大生物は、突然現れた人型の個体に倒されたとの報告が入りました。目撃情報によりますと、この人型は宙に浮いており……』

『今、首相官邸で、未確認巨大生物対策会議を行っている模様です。なお巨大生物を有害鳥獣駆除……あるいは災害出動として、自衛隊を出動させるのかはまだ未定で……』

『この巨大生物の正体については未だ不明で、またどこから現れたのかも見当付かないとして……』

『未だ渋谷区には大勢の避難民が取り残されている模様です。救助隊の出動も早めるべきだという声も……』


 日本全国に報道させる、未確認巨大生物――怪獣の報道。

 誰もが息を吞み、そして見守っていた。そして未だ街中に生存者がおり、身内の者は彼らの安否に気遣っていく。


 その生存者の中に、黒木一馬達がいたのである……。




 ===




「……どうするんですか、先生……」


 デパートの中に響き渡る、女子生徒の問い掛け。

 今、ここで行われているのは今後の事である。この燃え上がる火の海の中で、自分達はどのような行動をすればいいのか。

 生徒達に囲まれた女性教師、辻森芽瑠はただ難しい顔をするだけだ。彼女は一馬達の教師だが、決して神ではない。どのように行動すれば助かるのか、どのような危険を回避出来るのか、予知する事など出来ない。


「……私としては街から脱出したいのですが……近くに怪獣がいますし……」

「でもあいつが襲ってきたら!? もうやだよ、あんな目に遭うの!! だったらここで隠れた方がいいわよ!!」

「いや、ここは先生の言う通りだ!! 早い事、街から出ましょうよ、ねぇ!!」

「やだやだ!! 先生も残ってよ!!」


 ヒステリックになっている女子生徒。そんな彼女を咎め、辻森を促す大久保。


 一馬も考えた。あの怪獣災害から逃れたい気持ちがある。しかし周りは火の海……その地獄から脱出する事など出来るだろうか?

 このデパートの中でも、火の海を収まるのを待つというのもある。食料もあり、空間も広い……隠れるにはもってこいだ。しかも火の海はここには来ていない。

 ただ、このデパートにも怪獣の襲撃がないとも限らない。いや、そもそも全域は怪獣のフィールド――逃げ場所はないのかもしれない。


「……おい……マジかよ……」

「……? どうした政宏?」


 話し合いの輪に入らず、スマートフォンをいじっていた政宏。一馬が気になって覗いてみると、映像にはニュースが映し出されていたのだ。

 電話が出来ない状況でも、ワンセグは繋げられる。確かそのような情報を聞いた事がある一馬だが、いつしかその表情が呆然へと変わっていく。


 映っていたのは、恐らくヘリコプターから撮っただろう渋谷の街。そのビルの中を蠢く……巨大な影。


 ビルが陰になっており、把握は出来ない。しかし微かに見える細長い物体……尻尾が、そこにいるのが生物だと物語っている。

 それによく見ると……


「二体……いる?」 


 片や赤い体色をした何か。片や黒い体色をし、二本の尻尾をした何か。


 明らかに二体の生物がそこにいる。双方が建物の中に紛れ、激しく揉み合っているのが分かる。

 戦っているのだ。人型と昆虫型のように、何らかの理由で熾烈な争いをしている。それにその姿は、あの二体でもない。


 つまり、新たな個体という事になる。


「……これ……さっきの奴とは違うよね……?」

「噓だろ……ここら辺、怪獣だらけなのかよ……」


 一馬達の背後から生徒達が覗いてきた。拡散されていく不安。

 直後、外から獣の雄叫びが木霊する。一瞬身体を縮み込ませる一同だが、単なる遠吠えであると知り、一旦の安堵をする。


 しかし周りには複数の怪獣が蔓延はびこっている。今の一馬達は、暴れる獣に戸惑うアリ程度の存在である。


「……ここに残る事にします」


 ニュースを見ている時だ。突如として、黙っていた辻森が口を開く。

 一馬達全員の視線が彼女へと振り向いていく。見てみれば、その表情は覚悟を抱いているように思えた。


「ここなら食料もあるし、屋上に行けば怪獣の居場所だって把握出来ます。ですからここで隠れながら、救助されるのを待ちましょう」

「正気ですか!! 怪獣達のど真ん中で隠れてろって……先生!!」

「いや、これは先生の言う通りなのかもしれない」


 反論する大久保。その彼に声を掛けるのは、黒木一馬である。

 

「確かに大久保の言う通り、脱出する方法がした方がいい。一瞬、僕もそう思ってた。でも……辺りに怪獣がいるって分かった事だし、やはりここにいた方がいいのかもしれない」

「黒木もか!! 黒木もそんな事を言うのか!! お前なら僕の意見に賛同すると思ってたのに!!」

「…………」


 この言葉の意味は、学校での事が関係している。

 学級委員である大久保の意見は、よく賛否両論になったりする。例えば一年生の時にあった文化祭の出し物会議――既に学級委員だった大久保が主導するのだが、これは嫌だ、変わってくれなど、非難の嵐が巻き起こった物である。


 その中で、一馬は否定はしなかった。むしろこれでいいと、彼の意見を尊重するのだった。


 だからこそ、ここで否定されたのが響いているのかもしれない。憤怒の形相を見せる大久保に対し、一馬はただ難しい表情をするしかない。


「……これは生徒同士の会議とは訳が違うんだ。正直僕も戸惑っている。だからこそ、一番年上の先生に決定を委ねた方がいいんじゃないか?」

「……黒木……」


 大久保が一馬の名を呼ぶ。どこか濁った意志の元で。

 一馬はこれ以上、何も言わなかった。その沈黙をかき消すように、辻森が生徒達を見渡し、質問をする。


「よろしいですか、皆さん?」

「はい!! 賛成です、はい!!」

「……賛成です」

「先生の意見に賛成です」


 最初に返事する女子生徒。次に灯と政宏が頷く。

 決定されたのは言うまでもない。それを感じただろう、大久保が「クソっ……」と悪態を吐き、どこかへと行ってしまう。


 一馬がその姿を追った後、辻森を見やる。彼女は先程までとは違い、唇を噛み締めながらうつむている。

 後悔している事だろう。自分の選択が合っているのか分からなくて……。


「……先生の意見は間違ってませんよ……」


 いつしか、辻森へと慰めの言葉を掛けてしまう。

 見上げる彼女に対し、一馬は言葉を選んでしまった。


「その……確かにここにいた方がいいですし……そうすればいつかは怪獣達が離れると思いますし……とにかくここで待てば、この災害だって終わるはずですよ……」


 口にした言葉は、一馬自身にも向けている。一刻も早く災害が終わって、平穏を取り戻したい。

 虚しい希望だと思ってしまう。しかし辻森の不安に満ちた表情が、微笑みへと変わった。


「そうでありたいですね……ありがとうございます……黒木さん……」

「……いえ……」


 女性にそう言われて、少し頬を赤くする一馬。

 この時、灯がやれやれとばかりに首を振ったのだが、彼が気付く事はない。


 そして外の風が、さらに強まった事にも……。

 



 ===




 ――夜となった。


 相も変わらず空は雲に包まれており、夜空を見渡す事が出来ない。さらに全てをなぎ倒す程の、荒ぶる風の猛威と豪雨が渋谷を襲っている。

 どれ程の風速だろうか。その見えない力は建物の窓を大きく振るわせ、さらには大小の物を巻き込んでいく。薄い看板、ゴミ箱、自転車……そしてその中に野良犬が混じり、壁に叩き付けられてしまう。

 激突した犬は肉塊と成り果て、壁に血だまりを作り出す。それ程にこの謎の自然現象は、日本によく訪れる台風とはケタ違いの威力を孕んでいるとも言える。


 もし人間がこのような場所にいたとしたら、それは野良犬のような末路を迎える事だろう。故に人々は……黒木一馬達は、ただひっそりとデパートの中に隠れ続ける。


 一馬は、外の光景が見えやすい出入り口前に座っていた。他は奥で眠っており、夜明けになるのをひたすら待っている。

 周囲の見張り役として、彼は自ら出向いたのである。ここにもし怪獣が来た場合、すぐに皆を起こせる立場として。

 

「……何で怪獣が……」


 今の今まで思っている最大の疑問。何故、怪獣が現れたのか。

 ここで一旦の整理を行う。まず大きさは平均三十メートルであり、姿は昆虫型に人型と一定しない。さらに建造物を容易く破壊できる程の威力と、白い火球など人智を超えた能力を持っている。

 

 どの個体も、人間を見向きもしないで破壊活動をしている。そして他の個体と戦うのだが、目的は一切不明。

 思いつく限りのデータはこれだけ。彼らの正体は、やはり掴める事はなかった。


「一馬ぁ、そろそろ交代だ」


 背後からやって来たのは、腐れ縁の政宏である。事前に見張りの交代を決めており、その為に灯達よりも先に仮眠をとっている。

 ただ一馬は政宏へと振り返らなかった。脳裏に浮かんでいる疑問が、一馬の視線を外へと見つめさせている。


「どうした? もしかして眠たくないのか?」

「……いや、怪獣の事を考えていた」


 とにかく何でもいいから、彼らの事を知りたい。その想いで相談に乗る事にした。


「あいつらの正体って何だと思う? やっぱり……軍の生体兵器とか?」

「……いや、それはないんじゃないか?」

「えっ……?」


 ハッキリと素早く言われて、思わず眉をひそめる一馬。

 一方政宏は、ただ冷静に自身の意見を唱えるのだった。


「生体兵器なら、もっと醜い姿をしているはずだと思うんだ。駅を襲撃した昆虫もどきも、その後に現れた人型も、そんな醜さなんてなかった。

 むしろ……不謹慎だけど、綺麗と思ったよ」

「……綺麗?」

「ああ、自然に生まれたような感じだ。でも腕から火球を放つなんて普通の生物じゃあり得ない……もしかしたら、この地球の奴らじゃないかもな」

「地球の奴ら……じゃない……」


 ――ふと蘇る、過去の記憶。

 この災害が始まる直前、一馬は窓から巨大な物体が降り注ぐのを見た。黒い身体で、手と脚がある……今にしてみれば、あれもまた怪獣だったのかもしれない。


 地球の奴らじゃないとすると、宇宙からでも来たのだろうか。それともあるいは……


「……まっ、これが本当か分からないがな。何せ俺達の常識が通用しないんだし」

「……それもそうだな」 


 高校生の説が当たるとは思えない。そう思うと、ここで話し合うのが馬鹿馬鹿しく思う。

 すぐに一馬は外へと目を向けていく。やはり映し出されるのは、荒ぶる風に晒される街並み、








 



 

 


 

 道路の上に佇む、一つの人影。


「えっ?」


 一瞬、理解出来なかった。思わず瞬きをしてしまう。

 すると、その瞬きと共に人影が消えてしまった。まるで最初からいなかったと主張するばかりに。


「どうした、一馬?」

「……いや、何でもない……」


 この嵐の中に人がいる訳がない。きっと見間違いだと、一馬は首を振る。

 ただあの人影が脳裏に残っている。暗かったのでよく把握出来なかったが、それでも何となくだが分かる。


 あれは、白い髪を持った少女だった……。

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