第4話 僕達は何故、こんな事に巻き込まれたのだろうか

 あるビルが無残にも傾いている。

 壁面の窓が割られ、無数の破片を地面に降らしていく。さながら桜の花びらが舞い落ちるようで、危険性を考慮すれば美しい光景なのかもしれない。


 地面には大量の亀裂が入っており、ある自動車がその間に挟まっている。そして別の自動車からは、燃え上がる火の手。

 災害が起きたような場所がそこにあった。そして街の中に高まる、荒ぶる破壊音。


 ――ア゛アアアアアアアアア!!

 

 甲冑のような頭部を持ち、武者を思わせる姿をした怪獣。

 砲台如き両腕の三本爪を得物に、敵であろう昆虫型怪獣に向かっていく。対し敵の怪獣は宙に留まりながらも、四枚の羽根を高速に震わせる。

 羽根から発生する、トランペットを限りなく濁らせたような低音。それが何と火花が散るような連続音に代わり、羽根に電気が走った。


 ――ボオオオオオオオオオオオンン!!


 咆哮の直後、羽根から放出する無数の雷。


 雷神の怒りを思わせるそれらが降り注ぎ、周りのビルを粉砕。さらに意思を持つかのように人型へと向かい、喰らい付こうとする。

 稲妻と破壊がもたらす饗宴きょうえん。そんな中、人型は避け続けながら向かうも、そこに昆虫型が接近――その首元を掴んだ。


 人型をビルに叩き付け、倒壊。飛び散る瓦礫の中で、三本の脚を使って、人型を掻っ切っていく。

 敵が死ぬまでやめない、殺意を伴った暴虐。ただ一心不乱に攻撃を仕掛ける姿は、あたかも破壊衝動の権化である。


 しかし、ビルの中から伸びる白い尻尾状物体。


 鋭さのある先端が、昆虫型の頭部を突き刺していく。溢れ出てる未知の放電、そして湧き上がる昆虫型の悲鳴。

 怯んだそれに対し、尻尾が素早くくねらせ、身体を叩き付けた。倒れる際に起こる地響き、舗装された道路が破片を撒き散らす。


 ――オオオオウウウウウ……。


 崩れたビルから、人型の怪獣が立ち上がる。そして伸びている尻尾は、その個体の頭部から生えた物というのが分かる。

 昆虫型がぎこちなく起き上がろうした。未だ戦いの意思が見える行為だが、それが不意に止められる。


 腹に、怪獣の鉤爪を突かれて……。


 断末魔を上げる事はなかった。ただその身体を、ゆっくりと倒れさせていく昆虫型怪獣。

 そして動かなくなってしまった。赤いスリット状の瞳から光が失い、仰向けの姿のままで虚無を見つめている。


 敵が死んだ。そう認識した人型怪獣が、一つ唸り声を上げていく。さながら勝利の美酒を味わうかのように。

 そして唸り声は空を震わす咆哮へと変わった。黒光りする両腕を掲げたかと思うと、爪の間から火球を放っていく。


 火球をばら撒いていくその姿は、畏怖すべき荒神あらがみ。火球はその神を祀る、神聖なる炎のよう。




 ===




 デパートの中で、荒い息が混ざり合っていく。


 この中に逃げて来た一馬達の物だ。誰もが床に崩れ落ち、息を荒立てながら体を上下動かしている。

 一馬もまた例外でなく、そして膝から血を流していた。今更出てきた痛みが、彼の口を強く噛み締めさせる。

 

「おい、一馬大丈夫かよ?」

「……あ、ああ……。それよりも家城だ……止血しなきゃ」


 政宏へとそう返し、背負っている灯を見る。

 未だ気絶しており、額から少なくない赤い血を流している。今すぐにでも止血しないと何が起こるのか分かった物ではない。


「怪我を治せるものを探そう。政宏は家城を見ててくれ。僕が物を集めてくる」


 ちょうどここはデパートの中。必要な物資は揃っている。

 それに明かりもまだ付いており、暗くて何があるのか分からないという事はないだろう。ひとまず立ち上がり、止血出来そうな道具をかき集めようとする。


「お、おい、そんな勝手にデパートの物を使っちゃって大丈夫なのか?」

「大丈夫だろ。今それどころかじゃないし」


 背後から男子生徒と政宏の会話が聞こえた。確かにいけない事なのかもしれないが、それを気にする余裕は今の彼らにはない。

 ひとまず一馬は水が入ったペットボトル二本を入手する。それで止血が出来そうなガーゼなどを捜しに先に進み……。


「……っ!?」


 不意に襲い掛かる地響き。天井に付いている灯が点滅していく。

 心臓が跳ね上がりそうになるも、咄嗟に床に伏せる一馬。天井から零れた埃が被る中、彼は地響きに対して警戒を止まない。


 ――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン!!


 地響きが止んだかと思えば、おぞましい咆哮が聞こえてくる。

 声からして、あの人型怪獣の物だろうか。未だ昆虫型と戦っているのか、それとも辺りを破壊でもしているのか、今の一馬には分からない。


 それでも――正直怖い。あの咆哮を聞くだけでも、今までの日常が遠のっていくように思えてくる。


「……くそっ……」


 何故、怪獣が現れたのか。何故、怪獣同士が戦っているのか。何故、自分達が巻き込まなければならないのか。

 多々の疑問を抱きながらも、一馬は立ち上がって目当ての物を探していく。そしてガーゼや包帯、そして消毒薬を見つけ、すぐに皆の所へと戻って来た。


「何で……何でこんな事になったんだよ……」


 戻って来ると、一人の男子生徒が頭を抱えているのが見える。

 確かクラスの学級委員――大久保隆平おおくぼりゅうへい。黒縁の眼鏡が特徴的な少年であり、学級委員を勧んで行う程の、理知的で行動的な存在。


 そんな彼が苦悩の言葉を口にしている。皆が思っていた不条理を。


「俺達が何をしたって言うんだ……? 大体怪獣なんてこの世にいる訳がないのに……何でこんな目に!!」

「ちょっと叫ばないでよ!! こっちまで不安になるじゃない!!」

「うるさい!! こっちは気が滅入ってんだ!! その大きな声を出さないでくれよ!!」

「ハァ!? 自分だけ悲劇ぶってんじゃないわよ!! こっちはね、友達が死んじゃったのよ!! 分かる!!」


 大久保に怒鳴る女子生徒。口論は止む事を知らず、一触即発の状態である事を意味している。

 誰もが固唾を吞んで見ていた。介入出来ないからか、あるいは災害に対しての疲労感でそれどころではないのか。少なくとも一馬は後者に入る。

 そんな二人に駆け付ける者がいた。一馬の担任教師である辻森である。


「やめなさい!! 今は争っている場合ではありません!! とにかくこれからどうするか!!」

「この状況でどうするって言うんですか!! 外に出たらあの怪獣達が出るし、何か方法でもあるんですか!!」


 辻森に怒鳴る大久保を、止められる者はいない。

 一馬は見守るのをやめ、家城の看病に入る事にした。一刻も早く彼女を何とかしなければ……そう彼は思う。


「政宏、僕が頭に包帯を巻くから抑えといてくれ」

「おう」


 仰向けに倒れたままにするとやりにくい。政宏に灯の上半身を持たせた。

 保険で習った手当てを必死に覚えながら、彼女を看病していく。水を含ませたガーゼで血濡れの頭を拭き、額の傷跡を確認。


 赤黒く染まった亀裂が何とも痛々しい。一馬は息を吞みながらも、彼女の為に手を緩めない。


「……んん……く、黒木君……」

「! 家城……」


 手当てをしている最中、家城が目を覚めた。

 弱弱しい瞳で一馬を見つめていくかと思えば、不意に辺りを見回していく。同時に怪訝な表情を見せる彼女。


「あれ……? ここは……?」

「デパートの中だ。それよりも動くなよ。今、怪我をしているんだから」

「……怪我……ああ、そういえば私達……怪獣に……うう……」


 急に顔を真っ青にし、口元に手を当てていく。

 具合が悪いのかと、一馬達は心配になってしまう。


「大丈夫か?」

「……さっきの事を思い出すと……急に吐き気が……」

「……」


 恐らく、これまでの災害の事だろうか。怪獣に蹂躙される人々、死んでいく人々、惨たらしく原型をなくされる人々。

 一馬もまた、その光景が頭に思い浮かんだ。同時に胃の中から、酸っぱい物が押し寄せてくる感覚を覚える。


 唾を飲んで、強引に我慢する。そして灯の背中をさすっていく。


「もう過ぎた事だ……忘れろ……とは言えないけど、あまり深く考えるな。なっ?」

「…………」


 口元を抑えながら、コクリと頷く灯。一馬はそのまま彼女の手当てを続けた。

 額に包帯が巻かれ、止血も出来た。灯は動ける程度の体力を取り戻し、デパートの中を少し探索をしていく。


 一馬は自分の怪我を治しながら、この状況を確認した。数は約十人程、その中でよく知っているのは今疲れている辻森、頭を抱えている大久保辺りか。

 他には避難をしたのか、店員などは見当たらない。なお食品が置かれた棚が倒れたり、カートが散乱しているなど、ここでも相当の騒ぎがあったのは予想が出来る。


「……くそっ、電話が使えねぇのかよ……」

「こっちも……これじゃあママにも電話出来ない……」


 二人の生徒がスマートフォンで電話しようとしている。台詞からして親などの身内に掛けているみたいだが、音信不通の状態になっているらしい。

 試しにスマートフォンで、両親に電話する一馬。しかし聞こえてくるのは「ツー、ツー……」という規則的で不気味な音。親の声など聞こえやしない。

 

 この災害だ、混雑していて通じる事が出来ないだろう。ならば通話は諦めるしかない。


「……!」


 急に、言い表せない轟音が襲い掛かる。

 まるで何かが破壊されたような……全員が出入り口から外を覗くも、そこから見えるのは街並みだけで何も分からない。


「……ここからじゃあ何も分からないな……」

「では屋上に行きましょう。そこなら何か分かるはず」

「……それもそうですね」


 政宏へと提案したのは辻森である。外の光景が見たい為か、提案に反対する者はいなかった。

 吸い込まれるようにエレベーターへと向かう一馬達。一同の靴音が、静けさを増したデパート内に響き渡る。

 そんな音を一馬が無意識に聞いていた中、ようやくエレベーターに到着。電気が付いており、問題なく中に入る事が出来た。


 閉まっていく扉。点灯する階の数字。そして振動を発するエレベーター内。その拍子に、隣にいた灯がふらついていった。

 一馬は見逃しはしない。すぐにその身体を抱きかかえ、首元に彼女の腕を回して支える。


「ありがとう……黒木君……」


 一馬へと向いていく、彼女の微笑み。

 とても美しく、そして直視し難い。あまり礼を言われるのは慣れていないのと相まって、一馬の目線を逸らさせる。


「……あ、ああ……。とにかく無理はするな。病み上がりなんだからさ」

「……うん……」

「…………」


 家城灯は、中学を入学してから出会ったのだ。

 同じ部活をする仲間。時には遊びに出掛ける悪友。黒木一馬にとって、家城灯は権藤政宏と同じくかけがえのない存在だ。

 こんな所で、怪獣災害で、彼女を死なせたくない。もちろん政宏も、自分という命も死なせたくない。


 どこから現れたのか分からないが、あのような不条理な存在に命を奪われたくない。


 ――ガゴン……。


 エレベーターのドアが開かれる。屋上に着いたようだ。

 一馬達がすぐに屋上へと足を運んでいく。広がるのは広い駐車場であり、このデパートを買い物していた客の自動車が放置されている。

 最も見るべきなのはそれではない。街を一望しようと駐車場の端へと駆け付け……




 絶望した。


「……嘘……」


 灯の言葉通り、嘘であって欲しい。

 そう一馬は思いたかった。それ程にこの光景は、現実とは思えなかったからだ。


 街を覆う、白い火の海。

 

 遠くのビルも、近くも建物も、全てが未知の白い炎に包まれている。さらにどういう事だろうか、上空から何かが降り注いでくる。

 火の塊……白い火球だった。それが遠くの建物に着弾し、爆発。炎の中で建物が崩れ落ちる。


 ――オオオオオオオオオオオオンン!!


 火炎地獄の中に聞こえる、怪獣の雄叫び。姿が見えないのだが、それがさらにおぞましさを増していく。

 一馬はただ息を吞むしかない。火の海に包まれている。外には怪獣がいる。デパートという広い空間にいるのに、言い知れない恐怖を感じる。


 ――僕達は何故、こんな事に巻き込まれたのだろうか。

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