2-4 Los Angeles: Downtown, East 1st Street

 行方不明になったというその男は、オートロイド開発者「カスパー・ハッケンシュミット」の息子だった。

 オートロイドの父。人類の奇跡。エストニアのノイマン。数ある二つ名を挙げていくとキリがない。それがハッケンシュミットという男で、子どもですらそのフルネームを唱えることが出来るだろう。

 そのハッケンシュミットに息子がいるということは広く知られていたが、どこで何をしているかなどは一切公表されていなかったし、そもそも「意識再現研究所」などという単語も初めて聞いた。どうにもユーロ、特にエストニア地域のこととなると統一政府の行政権を以てしても手を出しづらいらしい。

 会議を終えた僕たちは早速現地調査に駆り出されていた。目の前には蛋白質と常温ジョセフソン素子で構成されたオートロイド用バイオプロセッサとストレージの残骸。解析用に供与されたモバイルターミナルM T。両者を繋ぐケーブル。その周囲を動かないオートロイドの山と知能建材インテリアルたち、そして各々の作業を進める調査員たちが取り囲む。

 無機物。有機物。有機物でできた無機物。コルネアの投影するソースコードに覆われている僕の視界は混沌の様相を呈していた。

「はあ、駄目ですね。プロセッサも通常通り稼働してますし、室温超伝導の異常も無い。そもそもストレージのログにはエラーログの一つも残されていない」

「あれだけ規格外の動作をしていたのに、ログは通常の業務をこなしたとだけ抜かしてる。訳が分かりませんね」

 ウィンドウに記載されたログは、志部谷の言う通り通常業務の記録だけを残していた。

 七月二六日二一時一七分、フェニックスビル一階ロビーの清掃完了。

 七月二六日二一時三三分、フェニックスビル二階清掃完了。

 七月二六日二一時五六分、フェニックスビル三階清掃完了。

 七月二六日二二時〇〇分、その他通常業務開始。

 太平洋夏時間七月二六日二二時ちょうどに、この街のオートロイドは秩序を失った。あらかじめプログラムされた行動など知ったことかと、さながら戦場に送り込まれた人間のように、周りの人間への攻撃を始めた。

 そしてすべてのオートロイドが共通した遺言を残しているのだ。

[七月二六日二二時〇〇分、その他通常業務開始。]

 通信が入った。オーストラリア行政府から派遣された調査員からだ。

<残骸の山のうち一つを一通り洗ってみましたが、オートに使用されている正規部品以外のものは見つかりませんでした。これから他のものも当たります>

「まあすべてのオートにバックドアが仕掛けられてるなんてことは流石になかったな」志部谷が板状の残骸を指で器用に叩いている。コルネア上に表示された拡張キーを叩いているのだろう。一見見慣れた光景だが、冷静に見ていい年を迎えた大人が金属の板を弄んでいる姿は実に滑稽だ。

「どこかに一つでもそのバックドアが見つかりさえすれば、仕掛けられたオートの通信ログ洗うだけで済むんだがな」

 そう言ったところで僕は異変に気付いた。ストリートの先から異常な速度で近づく物体が見える。この残骸だらけの街で、そのオートロイドを認識するのは容易だった。

「おい、オートが突っ込んでくるぞっ」僕はできる限りの大声で叫んだが、あいにく日本語だったのでよその調査員たちは僕の大声に困惑しているか、コルネアが翻訳した無機質かつ通常音量の音声に僅かな関心を向けるだけだった。

 直後、嶋村が英語で危険が近づいていることを知らせたようで、調査員たちはようやく退避行動に移った。僕たちを含む戦闘可能な調査員や軍人たちは銃を取り出した。オートロイドは退避し損ねたMTたちを蹴散らしている。

 よりにもよって建設作業用の大型オートロイド。とてもこのリボルバーは役に立たないだろう。負傷者が出ることも考慮しなければならない。

「脚部に電磁拳銃を撃ってくださいっ」パレンバーグが叫んだ。二脚バイポッドも立てずに対物ライフルをオートロイドに向けて撃ち込んでいることから、この男が義体化を施していることを知った。

 パレンバーグに言われた通り、僕たちは電磁拳銃から指向性パルスを吐き出していく。一つ一つの拳銃から放たれるパルスの影響は小さいものの、集中的に電磁パルスを与えたためかオートロイドは急停止した。無事にサージ電流が脚部の電子回路を破壊したらしい。直後、対物ライフルから撃ち出された荷電粒子弾がオートロイドの脚部を物理的に破壊し、オートロイドはその巨体をすぐ横のビルに横たわらせた。

「危なかったな。何だったんだ一体」嶋村が銃を懐にしまいながら、安堵の表情を浮かべている。

「あれ、今解析したら何か出るんじゃないですか」

「そうだな。どこかにコミュポートがないか調べよう」

 二度と動作しないように設置された電磁パルス投射装置に囲まれつつ、底面のコミュポートに僕のMTを繋ぐ。

 視界にウィンドウが展開された。合金部品に描き出されたキーを叩きながら、僕はログを呼び出す。

 見飽きた遺言は表示されていなかった。二二時になる直前にロサンゼルス中のオートロイドと会話した痕跡がそこには残されていた。

「当たりですね」僕は全調査員に回線を開く。

<イーストファーストストリートにて事件発生直前にロサンゼルス内のオートほぼすべてと通信したオートを発見。調査を続ける>

 ようやく見つけた手掛かり。そこに居合わせた調査員たちが歓喜の表情を浮かべていた。たぶん僕も同じような顔をしているように思う。

 しばらくログをスクロールしていくと、そこまでの記述とは異なる行が見つかった。

「事件日の二〇時ちょうどにどこかからアルゴのアップデートファイルが送付されています」

「どこからだ?」

「それが、このログだけ蛋白記憶領域に保存されているらしく、送付元情報が劣化しているんです。復元できるか試してみます」

「オートに有機ストレージなんてあったか?俺が知る限りではオートのストレージは全部超伝導素子だったはずだが」

 MTが熱を上げている。有機ストレージの復元は有機プロセッサにしかできず、それもかなりの時間を消費する。すべてのプロセスが終了する頃にはすでに五時間が経過していた。

「送信元が出ました」コルネア上には五時間かけてひり出したたった一行、しかし最重要な一行がそこには表示されていた。


[Eiffel Tower Ruins, Old-Paris, Euro-France]

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機械じかけのユートピア 白発中 @esh121

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