2-3 Los Angeles: New City Hall, Room 101

 かつての国連総会と安保理の議場を混ぜ合わせたような、ランドルト環状のテーブルを中心に僅かに湾曲した知能机インテーブルが並んだ部屋で三〇分前からセッションが始まっているが、スペラタワーで聞いたものと内容は大体同じ。何の前触れもなくロス市内のオートが暴走。警備オートの投入。パルスボム投下。原因は不明。すべて離陸前に聞いた。唯一違うのは、死傷者が五千人を超え、一五〇〇万人が電子インフラ壊滅の煽りを食い退避を強いられているという話だけだ。

 嶋村が資料を読み上げている。ついさっき本国から送信されてきたオート用アルゴの調査結果だ。僕たちがルーラーで電子のセミオートライフルを撃つのに興じていた間、日本では監察局技術課と国内の監査機関すべてを総動員してエラー検査とメンテナンスが行われていたのだが、その仕事はまさにシベリアの木の本数を数える作業とほぼ等価であり、未だに作業すべてが終了したわけでは無いようだ。

「現時点で、我々日本科学技術省が保有するアルゴリズムにはいかなるエラーも発見されておりません。西アメリカから輸入されたアルゴやそれらを独自に改変した二次アルゴも同様です」

「他の行政府はどうです?」

「シンガポールです。我々のエリアのオートロイドはほとんどが海外製で、中には西海岸で生産されたものも存在しますが、今のところ国内で異常が発生したという報告はありません」

 その後もオーストラリア、マレー、台湾と、連盟を構成する行政府のいずれの言い分も、共通して「我が国のオートには何も異常は無い」というものだった。

「LA市内のオートロイド・ローカルネットワークに異常はなかったのでしょうか」

「NROの衛星通信傍受網には特筆すべきトラフィックは検出されていません。また一部のパブリックネットワーク接続型のオートロイドも規定通りの通信をこなしているのみで、暴走する因子は全く認められません」

 異常はない。この異常な事態の中で異常なしという言葉が飛び交うこと自体既に異常なのだが、事実オートたちの有機プロセッサは僕らの頭脳と変わらず成すべき仕事を処理し、その鋼鉄の四肢をいつも通りに異常なく動かしている、というのが残された一連の解析ログの見解である。

「ソフトではなくハードの問題である、というのが現状最も考えられる要因です。市内いずれかのオートロイドに物理的なバックドアが仕掛けられ、他のオートに影響を与えた可能性もあります」

「それは先ほどの『トラフィックに異常は無かった』という結果に矛盾するのでは?仮に一台のオートに他のオートを電子攻撃する機構が搭載されたのだとしたら、必ずその通信がログとして残るはずです」

「高度な技術者であればログを残さずにクラックすることだって可能だろう。なんならオートのオーガニックプロセッサは化学物質やナノマシンによる物理クラックも可能だとされているじゃないか」

「オートの自動生成可変電子防壁バリアブルファイアウォールはここに集まっている専門家集団でも破るのはほぼ不可能とされています。これを破れるのはそれこそエストニアのメルクリウス機関にいるような統一政府直属の研究者のレベルに限られるでしょう」

 半導体に取って代わり、蛋白質の塊が集積した現代のプロセッサは前時代のコンピュータの処理能力の限界を大きく超えた。その結果、それらで構成される人工知能たちが生成する暗号や防壁の類は、ついに人間の理解を超えるレベルにまで到達してしまった。メルクリウス機関というのは、これら人知を越えた概念を理解できる、頭の作りが根本からして違うような連中が集うオートロイド研究組織の中枢だ。

 会議は踊る、されど進まず。ナポレオンを追放した後のヨーロッパの首脳たちもこんな風に難儀したのだろうか。

「それについてですが、一つ皆さんに伝えなければならない情報があります」と、踊る会議を遮るように男が発言した。会議の冒頭でユーロ世府の情報偵察局IRAから派遣されたと自己紹介していた男だ。「事件が発生した日のちょうど四日前から、そのメルクリウスが保有する『意識再現研究所』の所長が行方不明になっています」

 初めて聞く情報だった。そもそもメルクリウスの内情など他の世府どころかユーロの非エストニア行政府にすら滅多に入ってこないので、それが表に出ること自体が稀だ。

「それが、今回の事件にどう関係していると?」

「所長のフットプリントがここロサンゼルスを最後に途絶えています。記録時間は事件発生の約九時間前。本人はオートに侵入できるほどの技術の持ち主。関連を疑わないほうが難しい」

 ようやく会議が前進の兆しを見せたが、周りはあまり良い顔をしていない。それもそのはず、既に事件発生から三日経っているのにもかかわらずユーロは事件に関する情報提供を渋っていたということがたった今露呈したからだ。

「相変わらずあなた方は隠し事が多すぎる。盟主を気取るのは大いに結構だが、もう少し協力的な態度を見せる努力くらいしてほしいものだ」

「申し訳ありません。内輪での問題でしたし、何より今事件に関連しているとは当初は我々も想像していませんでした。先ほどフットプリントはロサンゼルスで途絶えたと言いましたが、厳密にはその後もフットプリントは記録され続けていました。ただし、偽の、です。我々はこの偽の情報をまんまと信じて追跡調査トレースを行ったわけです」

「つまり、その所長とやらはフットプリントを記録した世府のサーバにハッキングを仕掛けなければならないほどの状況下にあるってことですね」

「ええ。これからインターポールを通して全世府及び非分与主義圏政府に国際指名手配が出されるでしょう」

「それで、その人物の名前は?」

 男は知能机インテーブルを操作する。会議室内のすべてのオーグレイヤに壮年男性の顔写真と、おそらくエストニア行政府のサーバから引っ張り出されたであろう個人情報が表示された。

「バルタザール・ハッケンシュミット。オートロイドの父、ハッケンシュミットの息子です」

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