1-4 Tokyo: Mito Airport →→

 計六つのターミナルから成る東京第二国際空港、通称海都空港は、生憎の雨で路面にいくつかの反射鏡を作っていた。過去の災害の影響で規模を縮小したお隣の羽田空港に代わって、国内・世府内の主要空港同士を結ぶハブ空港として機能している。

 窓の外では無人化されたトーイングカーが電気推進旅客機を連れて忙しなく走り回り、雨の事など少しも気にする様子もない。

 滑走路の中に一機、他の旅客機とは様子の違うVTOLが見える。推進部をブルーに光らせているその機体は、ビークルマニアもそうでない人間でも目を惹かれるものがある。西アメリカ行政府が僕たち対策課をロングビーチまで運ぶためにわざわざ新型の軍用輸送機を手配してくれた。

 第二ターミナルの官用搭乗口で虹彩認証を済ませ、機体の下へ向かう。尾翼には西アメリカ軍のロゴがしっかりと刻まれていたが、数秒後に西アメリカ国旗へと姿を変えたことからこのプリントが現実拡張映像オーグレイヤであることがすぐに分かった。

「まさか今話題のルーラーに乗れるなんて思わなかったよ。西アメリカ様々だな」志部谷が中に乗り込みながら言う。「軍用っていう割には中は普通の旅客機みたいになってるんだな」

 志部谷の言う通り、内装は普通の旅客機とさほど変わっていない。僕も軍用機と聞いてもう少し武骨なイメージを抱いていたのでかなり意外だったが、この機体がもともと民間に転用するために設計されたことを後に知った。

 機内の座席シートには、角膜接触端末コルネアとオーグレイヤが普及した現代では珍しいソリッドディスプレイが埋め込まれていた。画面にはロングビーチまでの所要時間と現地の気温が表示されていた。どうやら約十時間ほどかかるらしい。

「十時間か…暇そうだな。この機体はネットに繋がってるのか?」後ろに座った志部谷に問いかける。

「さっき嶋村さんに聞いたんだが、オフだ。仮にも軍用機だしな」

「書籍のアーカイブ落としておいて正解だった」

「これ持ってきたんだが、やるか?」志部谷がおもむろにバッグからゲーム機を取り出す。コルネアにゲーム画面を全面展開するタイプのVRゲーム機だ。

「気が利くな。で、肝心のソフトは?」

「WarGroundの新作。お前FPS得意だったろ。オフ用にもう疑似人格もインストール済みだ。しかも今回の奴は第二次大戦再現だぞ」

 最近はアウトドア方面に趣味を広げていたのでゲームに手を出す機会が少なかった。WarGroundも僕がよくプレイするゲームの一つだが新作が配信されていることをたった今知った。

「ゲームもいいが、程々にな。現地に着いたら早速解体調査だからしっかり体を休めておけよ」

「了解です、嶋村課長。課長もやります?」志部谷がゲームを勧めるが、嶋村のディスプレイは既に何かの映画の再生を始めていた。

「いいや、俺はゲームはしないんだ。年寄りは映画でも見ることにするよ」

「年寄りって、まだ四〇代なのに何言ってるんですか」

 しばらくして機内アナウンスが流れた。どうやらパイロットは生身の人間らしい。西アメリカ国内では先のロスの事件を受け、社会奉仕人員を募ってあらゆる日常業務の有人化を図っているらしく、その流れは同じ環太連の日本でも僅かにではあるが広がりつつある。

 しかし、突然「労働しろ」と言われて素直に労働する市民の数は少ないようで、全体の一割も有人化できていないように見える。この分与主義の社会に移行してから娯楽品すらも上から与えられるようになり、資本主義の社会に必須だった「金」が必要なくなった。

 ただし、あらゆる物品が与えられ、労働の価値が無に等しくなったという訳ではなく、この社会には「資本」の代わりに人間の価値指標を決定づける「社会的評価指数ソレイン」と呼ばれるシステムが存在する。

 このソレインは統一政府によって定義され、社会奉仕活動や技術・文化貢献を行うことで評価を高めることが出来、この指数に応じて与えられる物品の質をより高く、量をより多く申告することが出来るようになる。要するに、善い行いをする人ほど高級品を受け取ることが出来るシステムだ。

 取り分け僕らのような職業従事者はソレインの基礎指数がずば抜けて高く、何か仕事をするたびにこの指数はぐんぐん伸びていく。僕がコルベットなんて高級スポーツカーを乗り回すことが出来るのもこのシステムのおかげだ。

 労働が必要なくなった社会で労働が価値を持っているなんて矛盾しているように思えるが、誰もが富めるはずの社会キャピタリズムも、誰もが平等であるはずの社会コミュニズムも、天地の格差を生む致命的な矛盾を孕みとうの昔に崩壊してしまった。それらに比べればこの矛盾は誰もが与えられる社会ディストリビューショニズムに必須で、存在すべき矛盾だ。

 ルーラーは既に日本を大きく離れ、一時間後には日付変更線を越える位置まで来ていることをディスプレイが知らせていたようだが、眼前に灰色のスターリングラードが広がっている僕はそんなことを知る由は無かった。

「お前、そこで爆撃はないだろ」

 爆撃機操作に切り替えた僕の分身が志部谷のキャラクターをキルしていたようだ。

「悲しいけど戦争だから」

 僕は黙々と瓦礫広がる市街地へと空爆を再開した。

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