1-3 Tokyo: Mito, Spera Tower Countermeasure Section working room

 招集会議が終わり、僕たちは監察局に与えられた小さな部屋で急遽与えられた特務の説明を受けていた。先ほどまでいた大会議室の現代的な設備とは打って変わって、現実拡張映像オーグレイヤ投影機は一つも常設されておらず、外部から投影機を持ち込むか角膜接触端末コルネアで全ての情報を補わなければならない。対策課うちの縮小化の現実を思い知らされる状況だ。

「三日後に海都空港出発、ロスの空港はパルスボムの影響で使用できないため、到着はロングビーチに太平洋時間七月三〇日の一三二〇の予定だ。今回の調査チームには連盟内の全行政府が保有する自律業務支援機オートロイド対策機関を参加させるらしい」嶋村が小型投影機を操作しながら説明している。「何か質問はあるか」

「武器の所持はどうなっているんですか?」

 腰に装備した電磁拳銃を意識しつつ質問した。流石にこの事件に対して丸腰で挑むということは無いだろうが、行政府間を移動する際に武器を持ち込むことは連盟憲章で一切禁止されている。

「現地で西アメリカ直々に供与されるとのことだ。聞いたところでは、対オートロイド用に非殺傷の電磁拳銃一丁、パルスグレネード五発、加えて非認証式の旧型火薬拳銃が一丁だ」

「えらく重装備ですね。火薬拳銃までついてるんですか」

「被害状況を重く見た行政府の判断だ。それにまた、いつオートロイドが暴走してパルスボムが投下されるかも分からない状況だ。護身用の火薬拳銃は必須と言っていいだろう」

 西アメリカなど西洋の多くの行政府では現在も護身用の拳銃を所持することが認められているが、あまりにも銃を用いた犯罪が蔓延っていたためかすべての銃が統一政府の指揮のもとネットワークで監視されることとなった。グリップには静脈認証機構、銃身にはネットワーク接続機器がそれぞれ付け加えられ、古い言葉を使うと武器さえもIoTの中に組み込まれることとなった。

 この対策が功を奏し、西アメリカにおいて銃犯罪は激減した。ただ、認証に結構な時間を要するため護身に適しているかどうかは疑問に残るところであるが、実際に犯罪数は減っているのだから大きな問題ではないのだろう。

 旧型の拳銃はこれらの機構が一切用いられていない危険物極まりない代物だ。銃のネットワーク化に積極的であった西米行政府がこれを与えるということ自体がこの件の緊急性を物語っている。

「そもそも認証のついてない拳銃なんてよく残ってますね」志部谷はコルネアを取り外していた。視界には大会議室の比ではない量のウィンドウが浮かんでいる。

「大戦が終わってから統一政府が地道に回収していたらしいが、あるところにはまだまだ出回ってるだろう」

占領地統治委員会OLGOCの活動地域なんかまだ武装勢力がいますからね。最近は比較的落ち着いてきたみたいですけど」

 分与主義社会が成立した今でも、オートロイドによる繁栄を享受できない地域というのはまだ存在している。勝利した大国たちが推し進めたロシア連邦の解体は少数民族の蜂起を促し、中東の混沌と連結、史上最大の紛争地域へと変貌した。

 OLGOCオルゴックはこれらの混乱を鎮めるために統一政府創設と同時に組織されたものの、資本主義時代の残滓に予想以上に苦戦しているようだ。

「本題に戻るぞ。今のロス市内の状況だが、パルスボム投下後に西米特殊部隊群トライデントが降下作戦を開始し、万が一に備え停止したオートロイドの破壊任務に当たっているとのことだ」

「市民の状況は?」

「市内の通信設備が壊滅状態だから詳細は分かっていない。いずれ代替手段として指揮通信車輌が到着するだろうからそれからだろうな」

 前例がない事件のせいで当局もかなり混乱しているらしい。そもそも情報を得る手段が途絶えているのだから当然と言えば当然である。これまで全く意識していなかったが、今の社会はオートロイドだけでなくネットワークや電子情報に大きく依存していることをようやく自覚した。先人たちが生命を脅かす可能性があるものにマニュアルモードを搭載する真の理由もこの件でようやく理解した。

「調査するというのは分かったんですが、具体的には何をするんですか?」

「色々だな。アルゴやら通信ログやらの解析から部品の流通ルート調査、電子攻撃対策の防壁構築、書類上は連邦捜査局の指揮下に入るらしいから特定の犯人や組織が出てきたときには逮捕する仕事まである」

「そんな公安の真似事を俺らにさせるんですか。環太連もなかなか鬼ですね」

「オートロイドに詳しい奴はそういないから仕方ない。まあ逮捕やら何やらは流石に本職の人間に任せることになるだろうが、一応俺たちにもその権利は与えられる」

 本職の人間と言っても、このオートロイドに労働を一任するのが恒常化した時代に職に就いている人間が何人いるのだろうか。今や犯罪捜査すら人工知能が主導で行っていると聞いている。

「説明はこんなもんだ。今のところ西米からも目ぼしい情報は入ってきていないみたいだし、あとは各人渡米する準備をするくらいだな」

 嶋村が投影機のスイッチを切る。僕もそれに合わせて無数に表れていたウィンドウを閉じ、コルネアを取り外して目薬を差した。数時間ぶりに視界が開けると気分が良い。

「あ、そういえば言い忘れていた」嶋村が電源ケーブルを結びながら言った。「状況次第で期間は変動するが三ヶ月程度は日本には帰れんぞ。しっかり準備しておけよ」

 僕と志部谷は顔を見合わせた。聞くのを失念していたこちらも悪いのだが、なぜそのような大事なことをついで程度に扱うのか甚だ疑問だ。恐らく僕の顔は志部谷と同じように歪んでいるだろう。

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