1-2 Tokyo: Mito, Spera Tower 1st meeting room
特A招集ということもあり、大会議室の椅子はほとんど埋まっていた。僕がこの仕事に就いてから特Aがかかるのは初めてのことで、科学技術省創設から三回目となる。
窓と壁には
既に
「遅かったな、誉田」
同期の志部谷だ。隣の席が空いていたので座らせてもらうことにした。
「もう帰ってたのか。ネオヴェネはどうだった?」
志部谷のハネムーン先がユーロ=イタリアであることを本人から聞いていたので質問を投げてみる。行ったことが無かったので彼がイタリアへ飛ぶ前から純粋に気になっていた。
「あそこが一番楽しかったよ。このご時世に人間がゴンドラ漕いでるんだぜ。たまたまアクア・アルタの再現も見れたし、もう言うこと無しだな」
「アクア・アルタ…って何だ?」
「旧ヴェネツィアで度々見られた浸水現象。迷惑極まりないが、ある意味都市の名物でもあったらしい。メガフロートのベース位置と浮上出力を上手く調整しながら再現してるそうだ」
「へえ。暇があったら行ってみたいな」
雑談しているとコルネアに通知が入った。会議の開始時刻となったらしく、室内もそれに合わせるように静まり返る。会話に夢中になっていたため気付かなかったが、既に監察局長も入室していたようだ。
「すでに聞き及んでいると思うが、今から約一時間前、ロサンゼルスのダウンタウン及びサウスパーク地区を中心に
ストリーミング映像は相変わらず、視界の隅でオートロイドが市街地を蹂躙している様を垂れ流している。急ぎ投入された無人兵器も通りを走り回っているようだが、あまりにもオートロイドの数が多すぎて捌き切れていない様子だ。身の回りの雑用をすべてオートロイドに頼り切っていたツケが今になって回ってきたのだろうか。
「映像を見て分かるように、オートロイドが集中しているダウンタウン周辺には無人警備隊だけが投入されている。まだ被害が比較的軽微な周辺地域には逐次カリフォルニア州軍が動員され──」
局長の説明中、突如ストリーミング映像が途絶し、「NO SIGNAL」の文字だけが表示された。会議室がざわつき始める。カメラが破壊されたという訳ではなく、向こうの通信装置そのものに異常が発生しているようだ。
静粛にするように促された直後、会議室の扉が開き局員の一人が入ってくる。入ってきた局員は局長に耳打ちするや否や、その場を去ってしまった。
「たった今、ロサンゼルスに広域型パルスボムが投下され、市内の電子インフラがすべて麻痺しているそうだ」
あらゆる電子機器を文鎮にするパルスボム。大戦期に猛威を振るった兵器で、インフラ破壊による市民の死を促進させ、文明の情報技術を21世紀初頭レベルにまで後退させた代物だ。終戦後は条約により広域型を使用することが禁止されている。
「これって、メルボルン条約に引っかかったりしないんですか?」
局員の一人が尋ねる。
「中央の査問委員会は開かれるだろうが、制裁は無いだろう。状況があまりにも特殊だからな」
巨大化した
ストリーミング映像の対象がロングビーチへと切り替わるが、現地の無人兵器と州兵たちが市街地を警戒しているのみで、オートロイドの暴走事態は起こっていないようだ。
「他の地域での暴走は今のところ確認されていないのですか?」
ロスのすぐ南に位置する港湾都市では何も起きていないことに疑問を持ち質問した。
「他の州はおろか、カリフォルニアでもロサンゼルスのみで起こっている事件のようだ。
「では、アルゴエラーではなく人為的に引き起こされた可能性が高いですね」
「そうだ。ただどのように引き起こされたのかは未だ不明だ」
それもそうだ。稼働時はネットワークから切断されるスタンドアローンのオートロイドたちに干渉する術は存在しない。夜間などの非稼働時にアルゴリズムのアップデートのためにネット接続するオートロイドもいるにはいるが、アップデータはUGLOの認定を受けた然るべき第三者機関を複数通さなければ流通することはない。あるとすればこれらの機関に散らばる人間たちが団結して不正なアルゴを流すといったところだろうが、あまりにも非現実的だ。そもそも、欲しいものはすべて世府から分け与えられるこの社会で、オートロイドを暴走させるメリットが全くない。
「まず、技術課は厚労省の要請で地域内すべての基礎アルゴのメンテナンスを総員で行ってほしい。基礎と言っても膨大な数だが、どうかよろしく頼む。これには外部のアルゴ監査機関にも協力してもらう」
知っている限りでは、基礎アルゴというのは数百個の、何万行と書き連なったソースコードのパッケージが日本で利用されているものだけでも何十万も存在していたはずだ。テキストの羅列に慣れている技術課員たちもさすがに項垂れている。
「次に対策課、今回は仕事があるぞ。内容は…」
この対策課というのは、オートロイドの何らかの異常に備えて設立された一部門で、設立当初は局内で最も人数が多く旧自衛軍から対軍事オートロイド戦闘に長けた者やオートロイド技術に造詣の深い者が引き抜かれていたらしい。
だが、オートロイドの異常こそあるものの今回のような人間を殺傷するような事件は一切起こらず、年々対策課の規模は縮小、今年に至っては僕、同期の志部谷、課長の嶋村の三人しか構成メンバーがいない。
もう一つこの対策課は特殊な点がある。日本行政府の中央省庁の中で唯一、非常時以外での武器の携行が認められている。今この瞬間も、廊下で掃除に勤しんでいるオートロイドが突然発狂して会議室に突入しようものなら腰に潜ませている電磁拳銃を引き抜ける。
局長は一呼吸おき、僕らの方向を向いて告げる。同時に、コルネア上にドキュメントファイルが展開した。
「環太連直々の特命だ。今からロスへ向かい現地で編成される調査チームに参加、原因の究明にあたってくれ」
ドキュメントの隅には、環太連労働省のロゴが刻印されていた。
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