兄妹

 私には齢の離れた兄が居る。

 私が小学生にあがる頃には、既に小さなお寿司屋さんで働いていた。


 「お兄ちゃん。お寿司握って」

 まだ社会の事が解らなかった私は、よく学校帰りにお店に寄って、兄を困らせていた。


 「ここ、道路危ないから、帰り道に気を付けろよ? 」

 勿論、お金なんて持ってないから、おあいそは兄持ち。

 「美味かったか? 」

 「まあまあかな」ひひっと、笑ってやる。

 嘘。本当はとても美味しかった。


 「この‼ 」兄が怒るふりをしたので、私は逃げた。


 今、思うと店主さんは優しい人だったのだろう。私が冷やかしに店に行く度、新米の兄にお寿司を握らせてくれた。

 もっぱら、私は玉子ばかり貰っていた。生魚は苦手だったから。


 ある日、兄が言った。

 「何か、俺にしてほしい事はあるか? 」


 私は、悩んだ。色々してほしい事が有ったから。


 でも、やっぱり一番は。


 「お兄ちゃん、お寿司握って」


 兄は、苦しそうに微笑むと

 「ああ、いっぱい。いっぱい握ってやるぞ」と言った。





 今年も、蝉が煩いね。お兄ちゃん。

 

 一年ぶりにお兄ちゃんが、家に帰ってきた。

 家に着くと、すぐに。

 玉子のお寿司が敷き詰められたお弁当箱くらいの箱を私の前に置いてくれた。


 「今年も、作ってきたよ。お腹いっぱい食べな」


 そして、りんを鳴らして


 私の遺影写真に、手を合わせる。


 「あ~、あと何年、寿司職人出来るかな?

  そっちに行っても寿司って握れるのかな? 」


 そう言った後、顔を腕で拭うお兄ちゃん。


 泣かないで。お兄ちゃん。

 そんな、寂しい事も言わないで。お兄ちゃん。


 うん。


 お兄ちゃんのお寿司。

 

 やっぱり、美味しいね。

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