第3話

「かばん。そこに鏡があるから、見てみるといいヨ」


 ボスがそう言って、小部屋の壁に歩いていった。

 かばんが鏡を見ると、そこには先ほど消えたはずのフレンズがいた。

 ピンク色のたぬきである。


「えっと、こんにちは」


 かばんがお辞儀をすると、相手もお辞儀をする。

 

「あのっ」


 手を出すと、相手も手を出す。

 

「あれ? これって……」


 首を傾げると、相手もまた首を。


「ひょっとして、姿が写ってるだけ?」

「そうだヨ。かばんの姿が、変わったように見えるんダ」


 サーバルもガイドベルとの話が終わったようである。


「じゃあねー。バイバイ!」

「あ、サーバルちゃんは、どんな……」


 かばんはびくりと身体を硬直させた。

 サーバルがいたはずのところに、大きくてがっしりしたフレンズが立っていたからである。

 ずんぐりとした頭には、カラフルなトサカがある。

 眉毛はなく、目つきは鋭い。顔を斜めに切り裂くような古傷があった。

 鼻は大きく、唇は分厚い。

 それは、マウンテンゴリラという動物のフレンズだった。

 かばんと同じような動物だが、決定的に何かが違うような気がする。

 筋肉が隆々りゅうりゅうとしていて、かわいく――ない。

 むしろ、こわい。

 むさくるしい。


「あれ? あなたはだれ? かばんちゃん知らない?」


 いかついフレンズは、可愛らしい声で問いかけてきた。

 サーバルの声だ。


「あ、あの。その」

「んん? なぁに?」


 眉毛のない無骨な顔が、ぬーっと近づいてくる。


「た、食べないでください!」

「食べないよぅ!」


 ボスが説明をしてくれた。

 アトラクションの参加者たちは、みんな自分が選んだフレンズの姿で遊べるのだという。

 ただし、声だけは変えることができない。


「あー、びっくりした。すごいの選んだね、サーバルちゃん」

「えへへ。強そうでしょ?」


 かばんとサーバルは仲よく並んで歩いていく。

 通路の先は吹き抜けの大広間だった。

 建物の中だというのに、小さな花壇があり、草花が咲いていて、そこに清楚なドレス姿のフレンズが座っていた。

 耳もしっぽも、少しくせのある髪の毛も、純白。

 

『ようこそ、勇者様。わたくしは、ホワイトライオンのアニマ姫です』


 優美な笑みを浮かべたアニマ姫だったが、その表情が突然険しいものになった。


『な、何かしら、この邪悪な気配は!』


 どこからともなく風が吹き、草花が揺れる。

 室内が暗くなり、轟音とともに、壁画に描かれていた化け物が現れた。

 二本の角に、巨大な翼。


『はっはっは、ワシは、魔王――魔王サタンだ』

「みゃっはっは、サーバルだよ」

『愚かな勇者よ。アニマ姫は、このワシがいただいていくぞ。返して欲しくば、城の奥にある玉座までくるんだな』

『あーれー!』


 サタンはアニマ姫を捕まえると、翼をばさばさと動かしながら飛翔して、奥の扉に消えていった。


「みゃ?」

「……」


 サーバルは右手を構えたまま、かばん突っ立ったまま、ぽかんとしていた。 

 あまりにも唐突な展開に、ついていけなかったのである。


「かばんちゃん。今の、まおさんた?」

「たぶん」

「すっごーい! ごっつかったね」


 嬉しそうに飛び跳ねるサーバルの姿も、かなりごっついのだが。

 きらりんと音がして、ガイドベルが現れた。

 

『大変よ、勇者。アニマ姫がさらわれたの』

「う、うん。今、見ていました」

『魔王サタンは、あなたを倒すために、手下の魔物たちを放ったの。ほら、あそこなの!』


 サタンが姿を消した扉から、奇妙な魔物たちが飛び出してきた。

 セルリアンとは違う。

 足が八本あり、身体は――ジャパリマンを二つつなげたような形。

 それは、クモという昆虫を模した怪物だった。

 大きさは鞄ほどもある。


『さあ、勇者。ライトセイバーで、魔物たちを倒すの。あたしは怖いから、消えるの』

「あ、待って――」


 薄情なガイドベルは、光とともに消え去った。

 がさがさと音を立てながら、無数の魔物たちが近づいてくる。

 かばんは生理的な嫌悪感を受けた。

 気持ちが、悪い。


「あ、あう……」


 思わず身をすくませたかばんを庇うように前に出たのは、サーバルだった。


「かばんちゃん。あいつらをやっつけて、さっきの子をまおさんたから取り返せばいいんだよね?」

「う、うん」

「よーし、まかせてー」


 身体を丸めると、一気に跳躍する。


「うみゃー!」


 そのままの勢いで、ライトセイバーを魔物に叩きつける。

 魔物は光の粒となって分解された。


「みゃみゃ!」


 さらに一体。


「みゃみゃみゃ!」


 さらに一体。

 実際のところ、子供向けアトラクションということで、魔物たちの動きは鈍かった。

 冷静になれば、かばんでも倒すことができただろう。

 ただ、いかついマウンテンゴリラが、かわいらしい掛け声を発しながら、広間をぴょんぴょん飛び跳ねている光景は、とてつもない違和感を感じさせた。


「たーのしー!」

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